【第16話逃げた女の名前を、いまだに呼んでしまう朝がある】
誰もいない部屋で、
ふと名前を口にしてしまうことがある。
あの女の名前を。
逃げたのは向こうだ。
でも、追い詰めたのは俺だ。
病気のことも、金のことも、
何ひとつちゃんと伝えられへんかった。
「そんなん、言われても困る」
あのときの声が、いまでも耳に残ってる。
別れたあと、何度も後悔した。
でも会って謝れるほど、俺はもう“人間”じゃない気がした。
それでも時々、
朝の空気にまぎれて、
知らん間に名前を呼んでる自分に気づく。
そんなときは、
この世界に、自分が“まだ誰かを想える人間”として
生きてることだけが、ほんの少しだけ救いに思える。
ほんの少しだけ。
