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“脳で先に鳴っている”──3つの音を聴くとき、私はピアノを上手く弾けている(気がする)

ピアノが「上手く弾けた気がする」あの瞬間。
私の頭の中では、3つの音がぐるぐる回っているのです。
禅と脳科学もちょっぴり交えて、“自己満足上等”な練習の話を、楽しく語ってみました。

自己満足を、堂々と

素人のピアノ弾きがまず目指すべきは、やっぱり「自己満足」だと思うんです。
良い演奏が聴きたければ、プロの演奏会に行けばいい。聴く楽しみと、弾く楽しみは別物です。

だからこそ、「今日はうまく弾けた(気がする)!」という満足感を味わえるような練習法がもっとあってもいい。
人がどう思うかではなく、ただただ、自分の中の“いい音”“好きな響き”に近づいていく練習法。

そういう目的でピアノに向き合うのは、大人にとって、とても誠実で豊かな時間ではないでしょうか。

音が3回聞こえるという話

ピアノを弾くとき、いつからか私はある感覚を大事にするようになりました。
それは「音が3回聞こえる」という感覚です。

1回目は、鍵盤に触れる直前──これから出る音が、脳内で鳴っています。
2回目は、実際に鍵盤を弾いたときに響く、ピアノから直接出る音。
3回目は、空間に広がって行った音──部屋の反響、ホールの響きです。
(速い曲で広いホールの場合は、3回目の音が聞こえる前に次の音へ移っていることもあるかもしれません)
そして次の音への繰り返し。

この3つの音がぐるぐると循環しているように感じるとき、私は「あ、今回は上手く弾けたな」と思います。

私の体感では、ぐるぐるが回っているときは集中しやすく、周りの音や気配が気になりません。完全集中に近いんですかね。周りに人がいようが物音がしようが、意識が向かない。結果的にミスもあまり起きない……ような気がします。

ただ要注意なのが、「今の音、良かった!」という執着。演奏中はダメです! そこに拘りが生じると次のぐるぐるに向かえなくなって、ミスタッチしたり、最悪止まってしまったりします。

私は以前、禅寺に一週間籠ったことがあるのですが、 座禅の時間には「何かを感じても、それにとらわれるな」「思考が浮かんでも、追わずに流せ」と教えられました。 音もまた、ありがたく受け取り、スッと手放す。 音楽は“流れ”なんだなと感じます。

心理学や演奏研究の世界でも、“今ここ”にいながら流れを止めない感覚が大切だそうで、心地よさを味わいつつ、次へ向かう。 そのバランスがとれているとき、「あ、今日は良い感じだったかも」と、後から思えることが多いのかもしれません。

脳内で聞こえるのは音なのか、メロディなのか?

ここで言う音は、1回目の音── 実際に鳴っているわけではありません。 頭の中で「これから弾く音の高さ」「次の和音の響き」「旋律の進行」が、先行して浮かび上がってくるような感覚です。

それは“音”と呼ぶには断片的で、“メロディ”では長すぎるような。 でもたしかにそこにある“聴こえ”が、指の動きを導いてくれます。

この感覚がぼやけたまま弾き始めると、音量も定まらず、フレーズもぎくしゃくしてしまいます。

脳内予測としての音

神経科学では、私たちが行動を起こす前に脳が“予測”を立てていることがわかっているそうです。 音楽の演奏も同じで、「次にこういう音が鳴る」という予測モデルを脳内で走らせながら、実際の音と照らし合わせていく作業が続いているのでは。

これはスポーツの「動きの先読み」に近くて、「音のイメージ」がくっきりしているほど、演奏も安定しやすいという話もあります。

音が3つ重なるとき、なぜ上手く弾ける“気がする”のか?

脳内の予測、実際に鳴った音、そして空間の響き。
この3つが重なってくれるとき、私は内側と外側の両方から「音楽」を受け取っている感覚になります。

そのときは、時の流れに乗っている感じ。
考えるというより、見通しが立って、今に集中して、過ぎた音はふわっと受け流す。

うまく弾けてる……ような気がする、というのは、きっとそんな「三層構造」のなかに自分がいると感じられたときなのだと思います。

この感覚は、大人にこそ宿る?

大人は子どもよりも、良い録音を集中してたくさん聴いていることが多いですよね。
この“耳の経験値”は、実はかなり大きな財産です。
「こういう音が鳴るはず」というイメージがすでに脳内にストックされている。

素人は、何もかも一から積み上げる必要はありません。 積み上げられた音の山を、うまく使えばいいんです。

このような「弾いたら聞こえた」ではなく「弾く前から聴いている」感覚は、
もしかすると年齢を重ねてからのほうが自然に育ってくるのかもしれません。

経験によって「音の予測力」が磨かれ、空間の響きに耳を澄ます余裕が生まれる。
つまり、音楽を“設計する”能力が徐々に育つということ。

技術の習得と同じくらい、
この「先に音を鳴らす力」もまた、練習によって磨けるのだと信じています。

さいごに

脳で鳴らした音が、指を動かし、空間に響き、耳に届く──
そしてまた脳に戻っていく。

このループがぐるぐるうまく回っているとき、私はピアノを弾いていて本当に楽しいと思います。

きっと音楽は、「聴く」と「弾く」の間に宿っているんでしょうね。

ちなみに「今日は完璧!」と思っても、録音を聴くとたいていガックリするのは、ピアノあるあるです。
それでも良いのです、さらっと受け流しましょう。そして録音はプロの演奏を聴きましょう(笑)

ここまでさんざん人がどう思うかはどうでも良いと書いてきましたが、それでも私はコンクールでトロフィーや賞状をいただくのが大好きです(笑) はい、これも立派な自己満足。

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