日本在来馬に会いに行く~北海道和種(どさんこ)編
例年にない酷暑が続いた北海道。
それでも道南は少しは過ごしやすく感じられた2025年7月26日、函館どさんこファームさんに初めてお邪魔した。
持病のためトレッキングには行けなかったが、日本最後の駄鞍づくり名人であり、北海道和種(どさんこ)界隈のレジェンド的人物に直接話を聞くことができた。
華麗な側対歩を初めて生で見ることも叶い、日本在来馬愛好家としてはトレッキングできなくてもおつりが来る経験をしたので、その模様をお伝えしたい。
函館どさんこファームについて

函館どさんこファームは、外乗トレッキング・馬匹の販売を主とする観光牧場。
GLAYのTERUさんが南海キャンディーズのやまちゃんと番組で訪れ、白馬に乗って現れたことでご存じのGLAYERもいるだろう。
TERUさんが乗った子はこちらの「コウテツ」くんだ。

ちなみに「テル」ちゃんという名前の馬も在籍している。
小2のわが子の引き馬に選ばれたのはこのテルちゃんだった。ラッキー☆

2025年7月現在、引き馬は馬場1周1,000円。
1周では乗り足りないわが子であったが、この時期はサシバエやアブが無数にブンブンしており、とにかく虫嫌いのため騎乗中も寄ってくる虫にパニック状態…「もう帰るー!!!」と大騒ぎだった。
馬が虫に刺されないよう、腰と腹にネットを巻いているのが写真でもご確認いただけるだろう。
これを着けると着けないでは全然違うそうで、のちに登場するレジェンドも“昔からあるものはやはりよく考えられている”とおっしゃっていた。
「外乗トレッキング以外のメニューは引き馬しかない」と事前にメールで聞いていたのだが、実際行ってみるとミニにんじん3~4本も入って1カップ100円という破格のエサやりが可能だった。
あげすぎ注意である。

トレッキングコースは30分1万円~(要予約)。
2日間または3日間の「流鏑馬集中レッスン」も用意されている(要乗馬経験)。
くわしくは函館どさんこファームのホームページを参照。
緊張の初訪問
“事前にメールで聞いていた”というのも、TERUさんが体験したのが「丘の上コース(60分)」で眺望が良く人気とのことだったので、予約できるかどうか問い合わせていたのだ。
しかし私は全身の関節がゆるくて痛みが出やすい難病持ちであり、極度に筋力がないため馬の乗り降りには補助が必要。
黙っておけば外見ではバレないのだが…
万が一何かあった時に困るので素直にお伝えしたところ、やはり「ハイリスクなので受け付けできない」との返答。その流れで「ふれあいメニューは無く、外乗以外は引き馬のみ」「どさんこの話ができればいいけど、繁忙期だから厳しい」「駄鞍が見たいなら展示してあるのでご自由にどうぞ」と、なんだかツレナイ感じ。
まあ、向こうも商売。お金にならない相手に構っているほど暇ではないのだから仕方ない。
池田茂氏との運命の出逢い
そんなことがあったので「とりあえず子どもを引き馬やらせて、サッと見学して帰るか…。」と、ちょうど行きたかった丘の上コースへ向かう集団を横目に、少し緊張しながらクラブハウスへ足を踏み入れたのだった。
そうしたら目の前ににんじんカップがずらっと並んでいるし、混んでもいないしで、メールの印象とはずいぶん違ったので拍子抜けしたのがまず一歩目であった。

未舗装の道路の先にある山奥の施設。
みんなコースに出てしまった後なので、クラブハウスはシーンと静まり返っており、近くの工事車両の音だけが響いている。

駄鞍もずらっと並んでおり、現在調整中の1鞍は間近に見ることができた。

隣には和あぶみも置いてあった。
駄鞍もあぶみも信じられないくらい重くて、こんなのを着けた上で人や物を載せるの!?と驚いた。
それでも「いやいや、ウエスタンの鞍の方が重いよ?」と言われたので、馬のパワーを思い知らされる。

受付には、作業着をまといながらもシュッとした雰囲気の年配の男性がひとり。
「あの~、引き馬と施設の見学したくてメールさせてもらった者ですが…」
???
どうやら、メールの件は知らないらしい。
ここで、この人物についてある予測が立った。
私は、函館どさんこファームのサイトにこう書いてあったのを思い出していた。
“函館どさんこファームの会長は流鏑馬を行い、壊れてしまった和鞍を研究を重ねて修理修繕している。
(中略)
どさんこが荷を積む際に使っていた駄鞍。会長は国内最後の駄鞍づくり名人として全国に知られている。”
探りを入れるようになってしまって申し訳なかったのだが、徐に名刺を取り出しつつ「日本在来馬が好きで、駄鞍が見たくて来たんです。」と伝えてみた。
ぱっと見、冷やかし程度に観光に来た家族連れの母親でしかなかっただろう私を見る姿勢が変わったのがわかる。
その方はやはり、函館どさんこファーム取締役会長・池田茂氏その人であった。
少し話すと、どさんこ保護活用研究の第一人者と言ってもいい北大名誉教授の近藤誠司氏や、遺伝子研究の側面からどさんこの保護活用にアプローチしている酪農学園大学の天野朋子氏にも助言を求められるレベルの重要人物であることがわかり、平静を装いながらも心の中では小躍りどころか20万人レベルの超巨大野外フェスが開幕した。
どさんこの保護活用談義
夫と子どもそっちのけですっかり意気投合した池田茂さんと私、こうなるとどさんこ談議が止まらない。
酪農学園大学の天野氏があるどさんこ集団を調査したところ、生まれながらにして側対歩ができる遺伝子を持つものが50%にのぼることがわかったそうだ。
側対歩とは、同じ側の脚が同時に前に出る歩き方で、競技用の乗馬では調教することで身に着けさせることもある特殊な歩法である。揺れが少ないのが特徴だ。
どさんこ以外の日本在来馬でも、生まれながらに側対歩ができるものが見られるという。
人間で言うと、現代では“緊張しすぎて右手と右足が一緒に出る”などと笑うことがあるが、実は江戸時代に侍が歩くときには手で袴をつまみながら同じ側の手足を動かす…つまり側対歩と同じ歩様で歩いていたとも言われている。
科学的に見てどうなのかはわからないが、まるで“飼い主に似る現象”のようで面白い。
2025年3月に日本学術会議の公開シンポジウムで『日本在来馬は、どこから来て、どこへ行くのか?』がオンライン開催され、日本在来馬とは何か?という基礎的なところから、最新の知見まで専門家たちの議論を視聴する機会があった。
実はこのシンポジウムで「どさんこの活用方法」について、酪農大の天野氏から池田茂さんへ相談があったのだそう。
茂さんはかねてより“日本の伝統行事には日本の馬を”という信念があり、1999年から毎年、函館八幡宮の騎馬参拝を続けている。
シンポジウムに際しては、伝統行事としての流鏑馬からスポーツ流鏑馬まで積極的にどさんこを使って行くことを提案したのだという。
私が見たあの日の議論はココからつながっていたのだと思うと、感慨深いものがある。
当の茂さんご本人はデジタルがからっきしで、お孫さんにいろいろやってもらったものの、この配信は結局観ることができなかったらしく残念がっていた。
天野氏の発表以外では、北大の近藤氏が「基準に合うものは保護、基準外のものは食肉用にして保護活動のための資金にすべし」とおっしゃっていたことをお伝えした。
最初にこの発言を聞いた時は私も少し驚いたが、どさんこが現に食肉用として出荷されるものがいることを知っていたので、家畜としての性質と純血性の維持を鑑みればもっとも合理的な方法のひとつかもしれないと納得した。
茂さん曰く「厳密に言えば側対歩ができない個体は基準外」…つまり半数はそこで“北海道和種ではない”となってしまうわけだが、さすがにそれは残り1,000頭余りの種に対して厳しいのではと私は思うのだが、どうだろうか。
「馬肉を食べるという文化があるのだから、それも一手。」という茂さんの言葉には、なるほどなと思った。
人と共に生きてきた日本在来馬が「文化」なのであれば、馬肉を食べるという習俗もまた「文化」である。
それらが同じ文脈の中で語られるのは、ある意味自然なことかもしれない。
どさんこに人生をかけるということ
いま茂さんは、非常に重要な仕事に取り組んでいる。
宮内庁から依頼され、伝統行事の「母衣引」で使用するための候補馬を育てているのだ。
2024年9月にJRA馬事公園で行われた『愛馬の日』で披露されたのをご覧になった方もいるだろうか。
母衣引は、紋付き袴の和服姿で大和鞍(やまとぐら)にまたがった騎手二人が、徐々に馬の速度を上げながら、母衣を後方に展開していき、最終的には、母衣を地面と水平に長くたなびかせる馬術です。
(中略)
母衣引のために調教された馬を調子馬(ちょうしうま)といい、生まれながらに側対歩ができるトロッター種が適しています。
現在宮内庁の母衣引で使われている馬は外国産馬である。
それこそ、トロッター種なのだろうか。
その馬が軒並み高齢となり、新しく馬を…となったタイミングで、日本在来馬で側対歩ができるどさんこに白羽の矢が立ったというわけだ。
実は20年ほど前、茂さんの方から宮内庁に「伝統行事にどさんこを使ってはどうか」と奏上したことがあるのだそう。
ただその時は“日本の伝統行事には日本の馬を”という気運もなく、丁重なお断り文を受け取るに留まった。
さらに今回のどさんこ起用の話も、先に候補に挙がっていたのは別の施設だったらしい。
でも結局“しっかり側対歩ができる純血のどさんこ”を育てているのは茂さんだということがわかり、その任務を仰せつかったというわけだ。
諦めずに持ち続けた信念が時代を超えて繋がった形である。
茂さんはこのために新たに6頭のどさんこを仕入れ、そのうち特に側対歩の才能に見込みのありそうな2頭を選抜して日々調教に励んでいる。
2025年現在それぞれ3歳と4歳の馬で、“乗れば側対歩で走り出す”という段階まで仕上げて来ている。
いくら生まれつき側対歩ができる馬だとしても、スピードを上げると歩法が崩れて斜対歩に移行してしまいがちになるものなので、側対歩で長時間ハイスピードを維持し続けるように仕込むのが難しいのだ。
その動きが馬の体に染み込むまで、毎日の訓練が欠かせない。
いま教え込んでいる動き以外の乗り癖がついてはいけないので、茂さん以外の人間が騎乗することは徹底して禁止されている。
「馬は5歳になるまでものにならない。来年あたりにどのくらいまで仕上がるかどうか…。」と茂さんは言う。
(ここでふと「そう考えたら競走馬なんて馬として仕上がるよりも全然前にほとんどが引退してるんだよな…」という思考が掠めるが、それはまた別のお話なのでいったん頭の隅に置いておく。)
宮内庁号の華麗な側対歩
ありがたいことに今回、調教中のうちの1頭の走りを見せていただくことができた。
動画では見たことがあっても、目の前で生で側対歩を見たのは初めてだったので、その華麗さとかわいらしさにとても感動して興奮してしまった。
動画に自分の感嘆の声が入りまくっていたので、AIで音声分離してなんとか消したという経緯がある(お金かかった)。
※茂さんとどさんこについてお話する中で特別に撮影させていただいたものであり、通常一般に公開しているものではないのでご了承いただきたい。
この馬は、どうか無事に宮内庁に召し上げられますようにという願いを込めて…なんと「宮内庁」という名前がつけられている。

かわいいかわいいまじでかわいい(馬バカ)

側対歩を維持するところまではできてきたとはいえ、母衣引は10mもある長い布をなびかせながら走り続けるものだ。
馬は見慣れないもの、視界にヒラヒラと入ってくるようなものは特に苦手だ。
これを克服できない限りは、暴れ回って側対歩の維持どころの話ではない。
宮内庁ちゃんも、少し長い布を見せてみたところ、やはり物見してしまって走れなかったという。
「側対歩が維持できるところまでの調教を超えて、母衣引に使えるようにするところまでも我々が担うのは果たして…」と、茂さんは苦心しているようだった。
なんとか馬が慣れてくれて、数年後にはどさんこが宮内庁で活躍している姿を拝みたいものである。
“大げさな言い方に聞こえっかもしんないけど、おれはこれに人生懸けてやってんだ。”
山を背に、少しはにかんだ顔でそう語るレジェンドがパーッと輝いて見えたあの光景が脳裏に焼き付いている。
茂さんの野望
茂さんには、まだまだどさんこでやりたいことがあるという。
伊勢神宮を筆頭に全国各地で御神馬がいる神社はいくつかあるものの、そのほとんどが外国産の馬となっている。
引退競走馬のセカンドキャリアとしてその道もあるということを否定するものではないが、岐阜県・妻木八幡宮の木曽馬の例を思えば、御神馬は日本在来馬である方がしっくり来はしないだろうか。
そこで茂さんは、どうにかどさんこを御神馬に、できることなら伊勢神社に…!という想いを持っている。
こちらの佐目毛のきれいな白い馬が、茂さんのイチオシ御神馬候補とのことだ。

どさんこという文化を失わないたいめに
どさんこが純血を保ちながら飼育頭数を増やすことはもちろん命題としてあるわけだが、同時にどさんこの馬装だや「だんづけ」と呼ばれる駄載技術の継承といった点は、早急になんとかしなければいけない課題である。
茂さんが“国内最後の”駄鞍づくり名人と呼ばれているわけで、できる人が跡を継いでくれなければ技術が途絶えてしまう。
頭絡の結び方ひとつとってもどさんこ独自のものなのだそうで、多くの人に伝えたいと思っているとのことだ。

茂さんがいなくなれば途絶えてしまうものが数多くある現状。
近くに住んでいれば、ワークショップを開催するなどやりようはあると思うのだが…と歯がゆい思いである。
函館どさんこファームから全国の他の牧場に送ったどさんこもいるそうで、「引っ越した後は会いに行ったことがないから見てみたいなあ」ともおっしゃっていた茂さん。
そういった他地域の拠点とオンラインで繋いで『どさんこの頭絡結び教室』をやったりするのもいいのではないだろうか。
これを読んで、実際に動けそうな方がいらっしゃれば助けていただけるとありがたい。
動けば、引き寄せられる、引き寄せる
私が持病でトレッキング受付不可だったのを残念がると、茂さんはこんなことを言ってくれた。
“人手と採算不足でできなくなってしまったが、過去にはここで障害者乗馬をやっていたこともある。
今外乗から帰って来た中にも障害を持っている子がいる。
子どもの頃から何十年も通っている障害者もいる。
身体機能を改善するには、かえって乗馬をした方がいいんじゃないか?(←これは本当に何回もおっしゃっていた。)
経験がゼロならまだしも、乗馬経験があるなら体が覚えているから、短いコースでも乗ればいいのにな。”
もちろん商売上リスクは取れないのを承知の上でとはわかっているが、その気持ちがとても嬉しかった。
“こんなにどさんこの話をわかってくれる人はいない!逢えたのも運命のような気がする!”とまで言っていただいたが、それはまったく逆で、私の方が、たまたまこの日この時間にレジェンドが受付にいてお話できたことに大感謝なのである。
在来馬コミュニティのメンバーに今回の体験をシェアしたところ「やはり行動する人は持っている」という言葉をいただいた。
私は普段実際に馬と接する機会がほぼない。
机の上で馬のことを考えてばかりいると「本当に自分はリアルに生き物としての馬が好きなんだろうか?ちょっと会うのが怖い感じがしていないか?“モチーフとしての馬”や、あるいは“馬が好きな自分”が好きなだけになってはいないか?」と恐ろしくなることが、実はしょっちゅうある。
ただの馬好きであって、馬の世界で何か成せているわけでもない自分に、情けなさや焦りを常に感じている。
そんな自分がひとの目に「行動している」と映ったことが嬉しかったし、どさんことの邂逅を第一歩に、生涯をかけてすべての日本在来馬種に会いに行くことを改めて目標に置きたいと思った。
2025年7月30日 馬活する人・佐藤なまこ
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日本在来馬情報まとめサイト『WE LOVE 日本在来馬』
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