『馬とくらす』ということ〜後編〜
私は、馬とひとつ屋根の下に暮らす「南部曲り家」にずっと憧れを抱いてきた。
おはよう、と扉を開けたら馬がいる。
お茶をいれて、ふと顔を上げると馬がいる。
しんどいな…っていうとき、ニンゲンには頼れなくても、馬がいる。
そういうくらし。

現実問題ひとりで世話するのはムリだから、馬好きな人を集めて共同飼育チームを作らなくてはいけないと思う。
家で飼うのが難しいなら、馬のいるところに通えたらそれでいいのだけど…入居者さんが協力して馬を含む動物たちの世話をしながら暮らしているアパートが市内にあるらしいから、そこにボランティアなどで潜り込むのが一番現実的かなあ。
夢は夢。
たとえ一生実現できなかったとしても、ずっと「馬飼いになりたい」と言い続けることは許されていたい。
それだけでもいい。
それが、ワークショップに参加する前の私が想う「馬とのくらし」であった。

まあでも現実問題、馬を飼うことは実現せず、今までと同じように時々馬に会いに行くくらいで終わる可能性の方が9割9分だろう…と考えていたのだった。
馬を飼うことを考えた場合の不安と障壁
実現が難しいと思うのは、数多くの「できない理由」が考えつくからだ。
1.土地
馬が飼えそうな広さの土地自体はいくつかある。ただ、それぞれに難点がある。
◆義実家:簡単に通える距離で広さも十分だが、家主が動物も他人の敷地内への立ち入りもNG。
◆周囲の山林や田畑:家屋から離れているのでなにかと心配。それぞれの土地はそんなに広くない。杉と下草が鬱蒼としている未管理の荒れ地。
◆実家:毎日は通えない距離。特に冬場はムリ。世話も頼めない。
◆除草剤を含む農薬の影響をなくさなくてはいけない。
2.治安
◆近隣住民に音やニオイや衛生面などを理解してもらえるか。
◆馬にいたずらされたり、勝手に触って怪我されたり、変なもの食べさせられたりしないか。
◆熊がウロウロしている地域なのだが、襲われないか。
3.お金
◆初期費用・維持費用に加え、病気などで突発的にどのくらいのお金がかかるのか。
◆ゼロベースからだと、何にどのくらいお金がかかるのか。
◆馬運車も必要なのか。
4.自分の体調や不在時のこと
◆虚弱体質だし、老化はするし、自分が世話できないときだってある。泊まりがけで出かけることも、馬がいるからといって一切諦めるのは違うと思う。
そんな時にお世話を代わってくれる人は、複数集めておかなくてはいけない。
◆夫:動物苦手で聞く耳持たず。子:まだ小さいので未知数、この先数年は戦力外。というわけで今のところ味方はゼロ!
5.終生飼養
馬は30年生きるということを前提に考えなくてはいけない。
自分が飼い始める年齢と残りの年数、まだ見ぬ協力者の年齢、それから馬の年齢、性格。どのくらい調教された状態か。
犬猫だってそうだけど、いくら終生飼養のつもりで飼い始めたとしても、不測の事態が起きたらどうするのか。
***
自分は机の上でしか馬のことを知らない。
何かをやると言って、やり切るほどの自信がない。
怖い。
「馬飼いになりたい」と口では言いながら、「できない理由」をさがして現状維持しようとする意識が存在していることに気づいてはいた。
馬のことを実践で知れるというワクワクによって、懸命にその意識を覆い隠しながらのスタートだった。
馬が先生
馬とふれあう際に気をつけることは初めに教えるし、もちろん危険があれば都度声掛けはするが、基本的に三陸駒舎ではスタッフの方から利用者に対してプッシュ型で働きかけることをしない。
「あらゆることは馬が教えてくれる」
子どもに対してはもちろん、大人に対しても、この前提に立っているからだ。
ただ、子どもと大人では、その教えの受け取り方に違いが生じる。
自分が馬に向けた何かに対し、馬が反応を返す、または何も返さないときに、なぜそうなったのか?
子どもはそれを「感覚」で感じ取り、学んでゆく。
ほとんどの場合、そこにスタッフからの助言は必要としない。
一方で大人はたいがい、世の中のいろいろをごちゃごちゃと「言葉」で考える癖がついている。
だから「あなたがこうしたときに、馬からこう返ってきたのは、つまりこういうことです。」と、言葉で補足する方が肚落ちしやすいのだという。
これは、人間の子どもと動物のどちらが上とか下とか同一視するとかいった扱い方を議論する気はないというのをご理解いただいた上で読んでほしい。
まだわが子が赤ちゃんだった頃、私は愛玩動物飼養管理士の資格試験で学んだ動物のしつけやコミュニケーションの方法を子育てに応用し、それなりにうまくいっていた部分もあったように思う。
それが、子どもが成長して言葉でのやりとりが中心になるにつれ、なんだかうまくいかなくなってしまった。
馬が先生だという話を聞いているうちに「うまくいかないのは、子どもを『言葉』でなんとかしようとしてしまうからではないだろうか。」と思い至った。
言葉ではうまく伝わらないことも、自分と子どもの間に馬を介すことで、非言語的に子どもに伝えられるかもしれない。
自分のためだけでなく、わが子のためにも、きっと馬がそばにいてくれた方がいいのだろう。
馬は自分を映す鏡
自分がどんな人間であるか、馬と対峙するとそれをもろに突き付けられる瞬間がある。
今回実践したワークの中でそれを実感するできごとがいくつもあった。
引き馬
ただ馬にヒモを着けて歩くだけでは?と思われるかもしれないが、たったそれだけのことに多くの学びが詰まっているのが馬のすごいところ。
引っ張られて自分のペースで歩けなかったり、逆にいくら引っ張っても全く動かなかったり、曲がりたい所で全然曲ってくれなかったり、文字通り道草を食って止まってしまったり。
人より大きい馬は、力だけでは動かすことができない。
適切なコミュニケーションが取れなければ、一緒に歩くことさえままならないのだ。

乗馬クラブに通っていても、せいぜい厩舎と馬場の移動をするくらいで、特に「引き馬の練習」をすることはない。
自分の引き馬が客観的に見てどうなのか?これが初めてフィードバックを受ける機会だった。
しかも基本的に馬の左側しか歩かない乗馬とは違い、ホースセラピーに使う馬は両側どちらでも歩けるようにしておく必要がある。
馬の右側でリードを持つことにもかなりの違和感が伴った。
私の引き馬は、肩に力が入り、肘から先が上がっているとの指摘を受けた。
実は乗馬クラブで馬を移動するときもけっこう馬のペースに引きずられたり、冬場に蹄鉄に氷が着いて馬が転びそうになって怖い思いをしたことがあったりして、引き馬には苦手意識があったのだ。
緊張が伝わると馬もリラックスできないし、結果として行きたい方向に歩いてくれない。
言われてみれば、私は普段から必要のない時にも周囲を警戒して身体がガチガチに固くなる癖があるようで、ひどい肩こりがある。
最終日に再び引き馬を見てもらう機会があったので、意識的にではあるが、力を抜いて腕を下ろして歩くようにしてみた。
すると、行こうと思う方向に馬が着いてきてくれた。
見ていた参加者からも「最初と違って馬もリラックスしていた」と言ってもらえた。
あくまでもまだ“意識して”やっているんですが…と伝えると、黍原さんから「まずは意識的にでもいいんだ」と、自分がやろうとしたことを肯定してもらえて嬉しかった。
調馬索での運動
調馬索(ちょうばさく)という馬をコントロールするための長いロープと追い鞭を持って、丸馬場で円を描くように馬を運動させる方法がある。
これも乗馬クラブで見ることはあっても、実際に体験する機会のないもののひとつだ。
参加者全員初めての経験。もちろん私も。
簡単そうに見えるが、これがとても難しい。
右手・左手・目線・自分の体と馬の体・馬場の形と今いる位置…全部無意識に連動するようになって初めてうまく馬を走らせることができる。
初めてなので、もちろんひとつひとつ意識しないと動けない。
あちらを立てればこちらが立たずで、思うように馬のスピードが上がらなかった。
ここでまたしても追い鞭を握る手に変な力が入っていたらしく、痛くなってしまったのだった。

駈歩までスピードを上げることができた参加者もいた。
それについて私は「Cさんは駈歩まで出せたのに、自分はできなかった…」と、つい比べて劣等感を抱いてしまった。
そんな自分がとても嫌だった。
そのことを口にするか迷いながらの、夜のトークタイム。
ここで全部出さずに置いたら、なんのためのワークショップか?と思い、最終的にみんなに話すという選択をした。
数日後、そのことを考えたときにふと思った。
悔しいという気持ち、負けず嫌いなのは悪いことではない。
そこで止まってしまわずに、じゃあどうするか?が大切なのではなかろうか。
◆なぜ自分はできなかったのか?
◆どうしたらできるのか?
◆Cさんの良かった所は?
◆Cさんはどんな意識で、どんなことに気をつけて臨んだのか?を訊いてみたらよかった。
馬とのくらしは、感情で終わらずに考え続けることの重要性にも気づかせてくれる。
馬に触れずに集団で走らせる追い運動
最終日に他団体のみなさんと一緒に実践したワークでは、己の無力をまざまざと実感させられることとなった。
3〜4人のグループを組んで、馬場にいる3頭の馬に直接触れることなく同時に走らせることができるか?というチャレンジ。
黍原さんはたったひとりで木の枝1本を振りかざし、見事に3頭の馬を駈歩で走り回らせた。

それを見た後なので、まあ4人で大騒ぎすれば馬も慌ててすぐ走り出すだろうと思った。
ところが…
私たちがどんなに体をドタバタさせてワーワー大声で騒ぎ立てても、馬の方はというと「…ん?何やってんだコイツら…変なの。」「あー脚かゆー。てか眠…。」「道草食おー。」ってなもんで、走り出す気配がない。

見かねた黍原さんに道具の所持を許可されたが、多少「うわ、なによびっくりしたなあ。」くらいでトコトコ歩いたと思ったらすぐ止まってしまう。

完敗だった。
私たちに足りないものは何だったのか。
ワークを終えた直後には、イキモノとしてのエネルギー値が全然足りない実感があった。
馬に向かってエネルギーをぶつけたくても、暖簾に腕押し糠に釘で、カスカスと空間に霧散する感じがした。
それからきっと、途中で諦めない気持ちが足りなかった。
ちょっと歩き出したとしても、止まりそうになるとそこで気持ちが切れてしまって「やっぱダメだ(笑)」と苦笑いして仕切り直し〜というのを繰り返していた。
後に、黍原さんはどのように臨んでいるのかをみんなで訊いた。
これはワーク中にもチラッと思ったのだが、やはり馬場全体、3頭いたら3頭全員に常に意識を向けていないといけないようだ。
私たちにはまだ誰一人、馬場全体に意識を向ける余裕がある者はいなかったと思う。
それから、黍原さんだって最初からキレイに全頭を走らせることができたわけではないんじゃないか?と思い至った。
一体、どのくらいの頻度で練習して、どのくらいの期間でできるようになったのか。
私たちにはまだ、群れの一員としての信頼感を出すことができなかったのではないか。
じっくり馬とのくらしの日々を重ねながら練習していきたい技術だ。
こういうことは、大人より子どもの方が感覚的にすんなりとできてしまったりするのだという。
「なぜできなかったのか?」などと言葉で考えている時点で、馬にも子どもにも完敗なのである。
馬は個体識別していない
馬も、人や犬と同じように「このニンゲンは飼い主」「このニンゲン好きだけどコイツは嫌い」などと思っていると考えていたのだが、どうやらそうではないというのが驚きだった。
関わってくるニンゲンやほかの馬たち、なんなら「自分」という認識すらあいまいなのだという。
例えば放牧地に黍原さんと我々参加者がいたとすると、こんな感じ?


本当のところは馬に訊いてみないとわからないけれど。
例えば黍原さんのことを馬たちはニオイや雰囲気など相手が発するものから「毎日食べられる物を置いていくヤツ」とあくまでも「身体的」には認識しているかもしれないが、「これはニンゲンで、黍原という名前で、自分の飼い主。」というラベル付けはしない。
言い換えれば、相手にも自分にも「固有名詞を付けない」ということだ。
乗馬クラブなんかではよく「馬にナメられないようにしろ。指示通りに動かないのはナメられているからだ。」(意訳)と言われたりするので、私は馬に指示を出すことに関して自信をなくしていた。
馬には「このニンゲンは下手くそだなあ。さっきのニンゲンは上手かったのに。」とか思われているんだろうなあ…申し訳ない…と思っていた。
ところが、そうではないのだと黍原さんは教えてくれた。
馬は個体識別をしないから、だれかと誰かを比べたりもしない。
馬と人は常にその瞬間、一対一の関係にある。
そもそも比べていないから、上とか下とかナメるナメないという話ですらない。
うまくいかないのは単に「しっかり伝わる指示ができていなかった」という事実があるのみ。
つまり、指示の出し方を失敗したなと思った時は、正しい方法でやり直すことで上書きしてやればいいだけ。
しかも馬という生き物は、人が正しい指示を出せるようになるまで辛抱強く待ってくれるのだという。
先に書いた通り、すぐ他人と自分を比べて劣等感を抱く癖もあるが、他人と比べられて評価されることに対する恐怖心も非常に強い私は、それを聞いて安心した。
馬から評価されることまで恐れているなんて滑稽に思う人もいるかもしれないが…乗馬クラブに通った経験のある人には、わりとある感覚ではないだろうか。
ただ、ワークショップ中はまだ引っかかる部分も少し残っていた。
例えば道草を食うときや指示に従わないときに強くリードを引いたり、大きめの声で叱ったり、思い通りに動くよう舌鼓や追い鞭で強く指示を出したりするのは、馬が嫌がっているのに無理やり動かそうとすること…それこそ「こっちがリーダーなんだぞ!」とナメられないようにしていることではないのか?犬のしつけと同じようなことなのだろうか?と。
これもまた数日後に、ハッと答えのようなものが見つかった。
最終日に他団体のみなさんと一緒に受けた『リーダーシップ』に関する黍原さんの講義にヒントがあった。
「リーダー」というと、従来のイメージでは誰かひとりが先頭に立ってメンバーを引っ張っていく「トップダウン型のリーダーシップ」が一般的だ。
そうではない「シェアドリーダーシップ」という考え方があって、メンバー全員が時と場合に応じて様々なタイプのリーダーシップを発揮し共創するというチームの在り方が注目されているという。
実は馬には元来そういったシェアドリーダーシップ的な群れの性質がある。
「馬の群れのリーダーというのはある特定の1頭に固定されていて、世代交代やメンバー交代、時には下剋上によって入れ替わるものだ」と思っていたのだが、実際はその日その場所その状況よってリーダー的存在がコロコロ入れ替わるらしい。
シェアドリーダーシップはメンバー全員がリーダーとして対等な関係にあり、そこに上下関係、つまりナメるナメないで成り立つような関係は存在しない。
あるとしたら、この目標のためにこれをやってほしいと伝えること。
つまり私が引っかかっていた馬に対する態度というのは、強く指示することで「こっちがリーダー(格上)だぞ!」と支配しようとしているわけではなく、単に「やってもらうために伝わる方法で伝えているだけ」ということか。
ちなみに犬のしつけについては、かつては飼い主がリーダーとして犬を支配・服従させるという考え方が一般的だった。
しかし近年は、犬も飼い主を「リーダー」としてではなく「信頼できる存在」として認識しているという研究結果があるそうだ。
犬が言うことを聞かないのは上下関係の問題ではなく、信頼関係ができていない、指示が理解できない、集中力が切れているなどが原因と考えるべきだという。
これに関しては、馬は存在認識のしかたと信頼関係の話において大きく異なる部分があることに気づかれるだろうか。
そう、馬は個体識別しないから「この人は飼い主。信頼できる存在だ。」などと思っていない。
その瞬間に正しく理解できる指示を出してくれる者に従うだけだ。
この性質のため(まあこれは冗談半分の小噺と思いたいが…)馬どろぼうには注意しなくてはいけないと黍原さんが言っていた。
初めて会った相手でも「ほら、行くよ~」と引かれれば、ノコノコとついて行ってしまうのが馬なのだ。
私も悪い人に騙されやすいタイプなので、正直馬には同情してしまう。気を付けなくちゃ…
馬っぽい人
「馬は“自分”という認識すらあいまい」という話を聞いたとき、私が自他境界のあいまいさから他者との距離の取り方をたくさん間違えてきたことを想起した。
自分という認識がない=自他境界があいまいということだろうか。
でも、馬はパーソナルスペースや縄張りはしっかり持っている。
どういうことなのか?混乱したまま、トークタイムに投げかけてみた。
黍原さんの答えはこうだった。
(心とは何かというハナシは別として)
「馬は自分という認識すらあいまい」というのは頭・気持ち・意識の話。
「馬はパーソナルスペースや縄張りがしっかりある」というのは身体感覚の話。
心のことと体のことを一緒くたに考えようとしているから混乱しているのだとわかった。
こうした「境界に関する話」ですら、境界なくごった煮にしてしまう癖もあるんだな…となんだか情けなく思っていると、やや食い気味に黍原さんと研修生のいのりさんからこのようなことを言われて面食らった。
「そういう意味でなまこ。さんは馬っぽい。もっとも馬っぽい人だと思う。」
「うんうん、馬っぽいw」
いや、正直馬が好きすぎて普段から自分は馬だと思っているところもあるし、ネギ・ニンニク類食えないとか腸が長くてお腹が弱いとか体質的に馬に近い所はかなりあるとは思う。
馬っぽいと言われれば嬉しい。
ただ、それはあくまでも馬好きとしてのジョークに近いものという感覚だった。
それが、馬のことやってご飯食べてるレベルの人たちに「馬っぽい人」と評されるとなると意味が変わってくるではないか。
前述の内容を踏まえると、心の点では自他境界があいまいであり、体の点では常に周囲を警戒して緊張している…“良くも悪くも”馬っぽいということなのだろうか。
それでいて馬と私が違うのは、そのことで馬が苦心していないという点だ。
ぜひとも馬には「他者との適切な距離の取り方」を学びたいものである。
***
馬とくらしたい・馬と生きたいという想いについて「そもそもなぜ馬なの?よりコミュニケーションが取りやすくて扱いやすい牛や犬ではダメなの?」と訊かれたときのことを話してくれた参加者がいた(Mさん)。
Mさんが見つけた答えのひとつは「コミュニケーションを取るのが難しい馬だからこそ、伝わった!と思えた時の喜びや、気づきから得られるものが大きいからではないか。」というものだった。
私はどうかと考えてみたが…馬といると嬉しくてほくほくするからとか、馬がいると息がしやすいからとか、どうしても感覚的な結論にしかたどり着けない。
まだ言語化できるほど考えを深められていないだけなのか、それともやっぱり人間の中ではだいぶ馬の方に近いからだろうか。
いずれにせよ、人間として生きるのが向いていない自覚はある。ヒヒン。

馬の暮らし型セラピー
先ほどから出ている「あいまいさ」という言葉をMさんが「グラデーション」という言葉に置き換えた時にハッとした。
境界があいまいであることが、急にポジティブなことでもあるように思えたのだ。
“馬の暮らし型セラピー”を提供するホースセラピストの三嶋鋳二さんは、黍原さんとの対話の中で三陸駒舎のことを「柔らかい場所」と表現している。
三陸駒舎は人が縁側から出入りするような感じ。
研修生にしても短期間で出入りしたところでギスギスすることがない。
「乗馬を提供するために作っている場所」「ホースセラピーをするために作っている場所」といった「機能的な場所」とは違うという意味で“柔らかい”という。
また、家という空間をみんなで共有しているという点で「時間の占有率が高い」とも。
馬が持つあいまいさ≒グラデーションが、三陸駒舎が持つ外と内のあいだのグラデーションやそこにいる人々の人生に対する時間占有率の高さをつくりだしていて、それを三嶋さんは「柔らかい」と言っていると私は理解した。
これは捉える人によっては、働き方改革へのアンチテーゼになりかねない話ではある。
スタッフの誰もタイムカードを持つわけでもなく、馬の時間に合わせてゆるやかに作業に入り、馬のごはんが済んだら人のごはんを準備して、共に食卓を囲む。
私は定時を超えるサービス残業が当たり前の氷河期末期世代であり、その働き方に誇りを持って仕事をしていた。
でも、お金を稼ぐためだけに仕事をするのであれば定時でしっかり線引きするべきだと思うし、働いた分の賃金はきっちり払って当たり前だと思う。
いわゆる「働き方改革」にはおおむね賛成派だ。
そんな私でも三陸駒舎のスタッフの在り方を肯定的に感じ、実際スタッフのみなさんも朗らかでいられるのはなぜなのか。
三陸駒舎は「職場」という感じがしない。
かといって、もちろん「プライベート」ではない。
ここで「しごともくらしの一部」だとすれば、三陸駒舎は「くらしの場」といったところだろうか。
スタッフそれぞれの人生の舞台装置として三陸駒舎がある感じ。
くらしのグラデーションの中に三陸駒舎があるだけで、「職場」という独立した場所ではない。
それに納得している人たちが、ここにいるのだと思う。
“セラピーを提供するための場所”として在れば、そこは三嶋さんが言う「機能的な場所」ということになり、つまり「職場」になる。
三陸駒舎は真に“馬の暮らし型セラピー”を実践しているから、三嶋さんの言う「柔らかい場所」となり、「くらしの場」たり得るということではないだろうか。
馬のことがわからないから良かった
人によっては聞き流すような些細なことかもしれないが、黍原さんと三嶋さんとの対話の中で、三嶋さんの「慌てずにやってこられている」というひとことが私には非常に沁みた。
やると決めた時に、私はつい焦って「1分1秒でも早く、アレもやってコレもやって…!」と120%の力で暴走した末に、突然電池切れで何もかも投げ出してしまう…みたいなことを繰り返して生きてきた。
復興支援活動からの成り行きで馬に出逢った黍原さんは、馬の知識や技術がしっかりある状態で三陸駒舎を始めたわけではない。
そこに不安はなかったのか?と思うが「馬のことがわからないから良かった」と言う。
“馬のことがわからなくても、馬は待ってくれる。
馬とくらすことで、「馬とくらせる自分」になる。
それを、馬が助けてくれる。”
そのことを三嶋さんが表すと
“馬と人が同時に育っていく”ということになる。
だから、別に慌てても結局良いモノにならないわけだし、慌てずにやってこられているというわけだ。
この時点で「家で馬を飼いたい」という気持ちがかなり高まっていた私は、果たして慌てずにやっていくことができるだろうか?という不安によって、かえって焦りだしていた。
こういう人間だから、さっさと馬を迎えてしまってから、慌てる余裕もなく日々日々馬に教えてもらう生活に入った方が幸せなんだろうなと、1週間経った今は思う。
「なまこ。さんは今すぐ馬とくらした方がいい、すぐ、今すぐ!」そう強く勧められた理由がなんとなくわかってきた。

馬のためならエンヤコラ?
この2泊3日は、心身ともに相当な無理をした。
帰宅した夜に急激に具合が悪くなり、翌日から翌々日の昼過ぎまでまともに起き上がれなかった。
想定内と言えばそうで「2泊3日だから120%無理してもいいや」と思ってやったことだ。
でも、Mさんが言っていたように「馬の世話は雨の日も風の日も雪の日も365日続く」。
仕事は辞めてしまえば逃げられるかもしれないが、馬はそう簡単にはいかないし、大きな病気などよほどのことがない限りは無責任に手放すことなどしたくもない。
まあ黍原さんはその辺りも「人間いつどうなるかなんてわからないんだから、飼えなくなることを考えていたらいつまでも飼えない。ダメになったら元の場所に返すことも、どこかに譲ることもできる。初めから“借りる”という方法もある。」と、あまり考えすぎないように助言してくれた。
私が今よりもっと馬のそばでくらすために取れる選択肢を、改めて考えてみた。
【1】動物たちと高齢者が気ままに暮らすアパートのオーナーさんとコンタクトを取り、お手伝いに通わせてもらう。
まずはなんとかコンタクトを取って、話を聞きに行こうと思う。
家で馬を飼おうとする場合にも、参考のために訊きたいことが山ほどある。
今回のワークショップで三陸駒舎の例を知ることはできたが、地域によって馬とのくらし方にも違いがあるので、地元で実際に馬とくらしている人の話を聞くことは必要だ。
【2】無理なく馬の世話をし続けられる協力者を集めて、「家で馬を飼う」を実現する。
義実家の敷地を使わせてもらうには、家族の理解がどうしても欠かせない。
まずは馬を飼うメリットを地道にプレゼンして、徐々に絆して行こう。
そのうち実際に馬が来てしまえばもう追い出すこともできないし、なんだかんだでかわいがってくれると思う。
そういえば昔から、生き物を迎える時はいつもそんな風にして既成事実を作っていたような…。
子どもの教育や発達に良い。
当然、私の心の安寧にはとても良い。
荒れ地でも放っておけばキレイに食べてくれるから草刈りの負担が減る。
牛糞や鶏糞より馬糞は臭くない。
バラ科の植物が良く育つ馬糞堆肥が作れる。
馬はツキノワグマより大きいから熊除けになる。
ガチガチに柵を作らなくてもソーラーの電柵でOK。
敷料になる米ぬか・稲わら・おが粉はおそらく0円で調達できる。
エサ代はおそらく1頭あたり月1万円くらいで済む。
単頭飼いでも大丈夫。
そんなことを言い続けていたら、なんとなく夫の態度が軟化した気がする。
家主も「こっちは面倒見れないよ」くらいの言い方になってきた。
子どもは相変わらず虫嫌いだが、お世話する気はある。
もしかしたら、まさか私が本当の本当に馬を連れてくるとは思っていないから…というのもあるかもしれないが。
馬文化のある地域とない地域
三陸駒舎がうまく行っているのは、やはり地域とのつながりと近隣住民の理解というファクターがかなりの部分を占めているということをひしひしと感じた。
実は私が馬を飼うことを難しく感じる理由の中で、ラスボス的存在が「地域との関わり」の問題である。
隣県の話でありながら、山をひとつ越えるだけで馬文化の有無は正反対なのだ。
岩手県はかつて有名な馬産地であった。
三陸駒舎のある釜石は、沿岸の大槌からは海産物、内陸の遠野からは米や炭を馬で運ぶ「駄賃付け」の街道が通っていた。

今でも馬とひとつ屋根の下でくらした頃から使われてきた曲り家が点在し、馬を飼育している施設や個人も多く、馬に関する祭りがあったりと、馬文化が色濃く残る地域である。


また釜石は近代製鉄発祥の地でもある。
製鉄所には県内外から人が出入りしてきたため、ヨソモノを受け入れる風土があるのだそうだ。
その上で三陸駒舎は「子どものための事業」を掲げたため、より地域の歓迎を受けやすかった。
本格的に馬を導入する前に、復興支援事業として馬と子どもとのふれあいイベントを開催してワンクッション置いたことも奏功したと考えられる。
耕作放棄地の草刈りを馬がやる代わりに放牧地として貸してもらうとか、馬糞堆肥を譲ったら野菜になって返ってくるとか、現在の地域との関わり方もとてもうまく回っていると思った。
「どうしてもわかってもらえない人とは、無理に付き合おうとしなくてもいい。全員と仲良くなる必要はない。」
確かに、何事もそのスタンスで居なくては、何も始められはしないだろう。
一方、私が住む地域ではもう馬文化は無いに等しい。
親世代は「農家では一家に1頭馬が居た」と言うが、私より少し上の世代で「牛はいたが馬はいなかった」となり、私はせいぜいヤギか鶏くらいのもので、物心ついた時から農家はみな普通にトラクターやコンバインを乗り回していた。

「馬文化のある地域だから今でもそうやって馬が飼えるのであって、こっちは違うから無理だろう。」夫にはそう言われた。
でも、できない理由なんていくらでも出てくるのだから、それを探していたらいつまでたっても本当にできっこない。
地域を知り、地域とつながるためには、何ができるだろうか。
「馬文化がない」と言うけれど、この辺も地名に馬が付いている所があるんだから、かつては確かに馬が居たはずだ。
地名の由来を調べることからその地域を知るというのは、オーソドックスな方法ではないか。
最近、馬が好きな元図書館司書の方と知り合ったので、調べ方を相談してみようと思う。
町内会長に、馬が居たころのくらしを知っている人がいないか訊いてみるのも良さそうだ。
馬を飼いたい旨を伝えれば、もしかしたら協力してくれる人が見つかるかもしれない。希望的観測、ではあるけれど。
『馬とくらす』ということ
私以外の研修生を含むワークショップ参加者の『馬とくらす、馬と生きる』はこうだった。
ホースセラピーができる場所や人を各地で育てて周りたい。
馬とアートを結び付けて何か素敵なことをしたい。
馬耕などのパーマカルチャー的なことをやっていきたい。
養蜂と馬を組み合わせ、季節の花や果実の中で子どもたちが安心して走り回れる場所をつくりたい。
私はほかのみんなとは違う、と思った。
私の『馬とくらす、馬と生きる』は、事業にもならない、社会の役にも立たない。
急に考え方の癖が変わるわけもなく、私は最後まで劣等感と闘っていた。
自分が癒されたい、虚無感を埋めたいがために、
子どもとうまく関われず、言葉で支配しようとして傷つけてしまう毒親ムーブの連鎖を断ちたいがために、
愛玩、否、伴侶動物として馬とくらしたいと思うのは、エゴで馬を利用しようとしていることになるのだろうか。
自己を正当化しようとしているだけと言われればそうかもしれない。
けれど、日本在来馬の歴史を深堀りしてきた私はこう考える。
馬は産業動物であるという性質から、人が利用しなければいなくなってしまう動物だ。
この病んだような現代社会においては、自らにホースセラピーを施す目的でただ馬と一緒にくらすというのも、馬の保護活用としてはアリではないか。
むしろそういう人間が増えた方がいいのではないかとさえ思う。
もし馬を迎えることができたら毎日でもSNSで発信したいし、写真集やコミックエッセイを出版したり、オリジナルグッズを作ったりするのもいいなあと思っている。
***
Webまわりの業務を委託してくれている住宅会社の社長に、ワークショップのことを報告した。
社長はこれから古民家の再生に力を入れて行こうとしているところだから、曲り家の古民家に泊まってきたと言ったら興味を示してくれた。
「馬を飼いたいんだ」と伝えると、「公道を歩けるのか?」とか「いくらくらいで買えるのか?」とか、馬のことも気になるようす。
もしかしたら柵や小屋のことなど、ハード面で助けてもらえるかもしれない。

古民家と馬は相性が良いと思う。
「再生した古民家で馬とのふれあいイベントをしたり、馬のいるマルシェみたいなのを開催したり、いろいろと横展開できるかも!」などと調子よく口走ってしまった。
いよいよ長年塩漬けしていた資格を使って、動物取扱業を取得する日が来たりする…のか?
やりたいことを言葉にして周りに言っているうちに追い込まれて本当にやらざるを得なくなるという効果はある。
そして、思わぬところで応援してくれる人が現れることもあるかもしれない。
***
帰ってきてからの日々はというと…
「やれる!」と思う日もあれば、関節が痛かったり具合が悪くなったりして「やっぱムリかも」と自信がなくなったり、雨が降ってくると「うわぁ濡れるの嫌だなぁ…こんな日も外に出るのかあ」と憂鬱になったりする。

きっとこの先も、こうしてモチベーションの浮き沈みを繰り返していくだろう。
本当に馬を迎えて、沈んでいる暇もなくなるだろうその日までは。
馬活する人・佐藤なまこ
三陸駒舎公式サイト
いいなと思ったら応援しよう!
馬とくらす文化研究家(Equine Cultural Curator)・佐藤なまこの活動に共感いただきありがとうございます🙏今後の活動のために大切に使わせていただきます!引き続きよろしくお願い申し上げます🐴✨