ケルト神話ーレボル・ガバラ・エレン1ー「再投稿版」
ケルト神話は口承で伝えられていたため、文字での原典はほぼ残っておらず、現存するテキストは中世の写本・キリスト教修道士の筆写によるものが中心で、古代ケルト語の文献として直接の原典はほぼ存在しない。
中世に記録されたケルト神話は、多くが修道士やキリスト教化された筆者による書き換え・解釈の影響を受けて、元来の多神教的、口承的世界観が、キリスト教的道徳観や善悪の二元論聖人伝・預言者像との整合といった形で歪められている。
民族性の痕跡や価値観の変化を考察してもらうための翻訳。
Lebor Gabála Érenn
第1回:序文
世界が創造されて後、人類の起源と、その諸民族がいかにして地上に広がったかを語らずして、アイルランドの来歴を正しく知ることはできない。
というのも、すべての民族は一つの始まりから生じ、その後、罪と洪水と分散とを経て、それぞれ異なる地へと導かれたからである。
最初に、神はアダムを創り、アダムからセトが生まれ、セトからエノス、エノスからカイナン、カイナンからマハラレル、マハラレルからヤレド、ヤレドからエノク、エノクからメトシェラ、メトシェラからラメク、ラメクからノアが生まれた。
ノアには三人の子がいた。
すなわち、セム、ハム、ヤフェトである。
洪水の後、地上のすべての民族はこの三人から分かれ出た。
ヤフェトの子孫から、ヨーロッパの諸民族が生じ、そこからさらに、多くの島々と国々が満たされた。
その系譜の中に、後にアイルランドへと至る者たちの祖が含まれている。
この書は、彼らがいかにして生まれ、いかなる遍歴を経て、最終的にエリウ(アイルランド)へ至ったかを記すものである。
【注釈】
本序文の性格
聖書的世界史(創世記)を意図的に導入し、アイルランド史を「普遍史」に接続するための枠組み。
神話というより擬史の宣言部。
語順について
原文は系譜列挙を動詞省略で連ねるが、日本語では最小限の補語を追加。
「エリウ(Ériu)」
アイルランドの女神名であり、島そのものの古称。
この段階では地名としてのみ使用。
写本差異
序文は写本間で内容差が小さく、構造はほぼ共通。
第2回:洪水後の分散と最初の到来 ― ケサイルの民
【翻訳本文】
洪水の後、地上のすべての人々は、ノアの子らから分かれて増え広がった。
しかし、洪水以前にも、アイルランドに至ろうとした者たちがいたと、この書は語る。
最初にアイルランドへ来たのは、ケサイルと呼ばれる女であった。
彼女は、ビスの娘であり、ビスはノアの子孫であったが、洪水から救われることはなかった。
ケサイルは、洪水が来ることを知り、それから逃れるために、西の果てにある島を求めた。
彼女は三人の男とともに旅立った。
すなわち、フィントン、ラドライ、ビスである。
また、彼女とともに四十九人の女がいた。
彼らは、洪水が地を覆う七日前に、アイルランドへ到達した。
その時、この島には人の住む跡はなかった。
彼らは三つの地に分かれて住んだ。
フィントンは男一人に対して女たちを配し、ラドライもまた同様であった。
しかし、ビスはその配分を受けなかった。
洪水が来ると、すべての者が滅びた。
ただ一人、フィントンのみが生き残った。
彼は姿を変え、時に鹿となり、時に鷲となり、時に鮭となって、アイルランドの歴史を見届けた。
【注釈】
ケサイル
聖書外系譜に属する女性指導者。
洪水以前の到来という設定は、正統史からの逸脱を意図的に含む。
「洪水七日前」
創世記的時間感覚を踏襲しつつ、独自年代を挿入する擬史的操作。
女49人+男3人
人口比の極端な偏りは、象徴ではなく「説明不足を承知で書かれた設定」。
後世の合理化を前提としない。
フィントンの変身
神ではなく「知識の保持者」としての不死性。
後の到来者たちに歴史を語る役割を持つ。
写本差
女の人数や男の名に細部差異あり。
生存者がフィントンのみという点は共通。
第3回:パルホロンの民 ― 最初の定住と全滅
その後、
長い時を経て、
再び人々がアイルランドへと到来した。
彼らを率いたのは、
パルホロンと呼ばれる者であった。
パルホロンは、
セラの子であり、
セラはマゴグの子、
マゴグはヤフェトの子であった。
彼は、
ギリシアの地から追放され、
放浪の末に、
アイルランドへ至った。
彼とともに来たのは、
二十四人の男と、
二十四人の女であった。
彼らは島に定住し、
初めてこの地に
耕作をもたらした。
四つの平野が切り拓かれ、
七つの湖が湧き出し、
九つの川が流れ出た。
彼らの時代、
アイルランドに病はなく、
裏切りもなく、
争いもなかった。
しかし、
彼らはフォモールと呼ばれる者たちと戦った。
フォモールは、
海から来る異形の存在であり、
この島に害をなす者たちであった。
マグ・イタの地において、
戦いが行われ、
パルホロンの民は勝利した。
その後、
彼らは三百年をこの島で過ごした。
だが、
一夜にして疫病が広がり、
ただ一週間のうちに、
パルホロンとその民はすべて死に絶えた。
一人も残らなかった。
【注釈】
パルホロンの位置づけ
洪水後、最初の「本格的定住者」。
農耕・地形生成の起源を説明する役割を持つ。
地形生成描写
平野・湖・河川の出現は、神的創造ではなく「人の到来と同時に現れた事実」として記述される。
自然現象の神話化というより、擬史的説明。
フォモール(Fomóire)
明確な種族定義はなく、海・混沌・外来性を表す存在。
神とも人とも断定されない。
疫病による全滅
戦争ではなく疾病で完全消滅する点が重要。
後続の到来者の「正当性」を確保する構造。
写本差
滞在年数(300年/312年)に差異あり。
全滅という結末は共通。
第4回:ネメドの民 ― 定住・災厄・フォモールの支配
【翻訳本文】
その後、
再び人々がアイルランドへ来た。
彼らを率いたのは、
ネメドと呼ばれる者であった。
ネメドは、
アグノマンの子であり、
アグノマンはピアムの子、
ピアムはタイトの子、
タイトはマゴグの子、
マゴグはヤフェトの子であった。
彼は、
四隻の船に人々を乗せ、
アイルランドへ渡った。
そのうち三隻は海で失われ、
ただ一隻のみがこの島に到達した。
ネメドの民は、
この地に住み、
多くの平野を切り拓き、
砦を築いた。
彼らの時代、
十二の平野が開かれ、
四つの湖が湧き出した。
しかし、
彼らの上に多くの災厄が降りかかった。
最初に、
疫病が広がり、
ネメド自身と、
多くの民が死んだ。
その後、
フォモールがこの島を支配した。
フォモールの王は、
コンダとモルクであった。
彼らは、
ネメドの民に重い貢納を課した。
すなわち、
毎年、
夏の初めの日に、
子供、穀物、乳を差し出さねばならなかった。
ネメドの民は、
長くこの支配に耐えたが、
ついに反乱を起こした。
彼らは、
三万の戦士を集め、
フォモールの塔を攻めた。
激しい戦いの末、
コンダは殺された。
しかし、
海が荒れ、
ネメドの民の多くは溺れ死んだ。
生き残った者はわずかであり、
彼らは島を去った。
【注釈】
ネメドの特徴
定住・開拓・砦建設が強調される。
「文明化の進展」と同時に災厄が増加する構造。
船三隻喪失
移住そのものが選別過程であることを示す。
神的保護の不在を暗示。
フォモール支配
初めて明確な「被支配—貢納」構造が描写される。
子供の貢納は、象徴ではなく制度として記述。
反乱の失敗
軍事的勝利(コンダ殺害)と、自然災害による敗北が同時に起きる。
人為と自然の非同期性が示される。
写本差
フォモール王の名・貢納内容に細部差異あり。
反乱後の大量死と離散は共通。
