自分の人生くらい、自分で決めていい
前の職場にいた頃、ときどき思っていた。
「チームって、何なんだろう?」
その頃の上司は、仕事をとても細かく管理する人だった。
誰が何をしているのか。
どこまで進んでいるのか。
次は何をするのか。
本当によく見ていた。
だから、ちゃんと管理されている職場だったと思う。
でも、不思議なことに、人が辞めていく。
細かく管理されればされるほど、自分で考えて動くことが難しくなっていった。
何かをするときも、
「これでいいですか?」
「次はどうしましょう?」
「こうしたいと思うんですが……」
と、いちいち確認しなければならない。
仕事をしているのに、ずっと誰かの許可を待っているような感じだった。
「チーム」という言葉は、よく聞いていた。
でも、実際には上司が仕事を全部把握して、全部仕切っている。
それでは、チームというより、
「上司を中心に動く組織」
だったのかもしれない。
人が自分で考えて動くというより、言われたことを間違えずにやる。
だんだん、人がロボットみたいになっていく。
そんなふうに感じたこともあった。
じゃあ、
「細かく管理しなければいいんじゃない?」
というと、それも違う。
自主性に任せようとすることもあったけれど、結局は最後に全部確認する。
任せているようで、任せきれない。
それでは、なかなかうまくいかない。
それと、もう一つ。
「このチームは、どこに向かっているんだろう?」
ということが、ずっと見えにくかった。
もちろん、目標はあった。
でも、その目標を達成した先に何があるのか。
自分たちが、なぜそこを目指すのか。
そこが、私にはあまり見えなかった。
たとえば、
「ここを目指します」
だけじゃなくて、
「ここに行くと、あなたにはこんな経験ができるよ」
「こんな力が身につくよ」
「あなた自身の目標にも、こうつながっているよ」
そんな話を、一人ひとりとしてもらえたらよかったんじゃないかなと思う。
組織には組織の目標がある。
でも、そこで働いている人には、それぞれの人生がある。
会社の目標と、自分の成長がつながっている。
そう感じられたら、頑張る意味も見えてくる。
でも、そこがあまり感じられなかった。
そして、上司からいろいろ言われることがあっても、
「それって、結局は上司自身のためなんじゃないかな」
と思ってしまうこともあった。
もちろん、これは私から見た景色だ。
上司には上司の考えがあったと思う。
だから今になって、あの人が悪かったと言いたいわけではない。
ただ、あの経験をして思うようになった。
人を動かすことと、
人が自分から動けるようにすることは、
ちょっと違うんだな、と。
何でも自分で決める。
何でも自分で把握する。
何かするたびに確認してもらう。
それでは、その人が持っている力を出しにくい。
リーダーって、
「自分がいないと何も動かない状態」を作る人ではなくて、
「自分がいなくても、それぞれが考えて動ける状態」を作る人なのかもしれない。
……なんて。
会社を辞めた今だから、そんなことを言えるのかもしれないけれど。
58歳で仕事を辞めてから、
私は今、自分のこれからを考えている。
これから何をしたいのか。
どんなふうに暮らしたいのか。
何に時間を使いたいのか。
そう考えていると、
「これからは、自分で自分の人生をマネジメントするしかないんだな」
と思う。
誰かに、
「これをやっていいですか?」
と確認する必要もない。
「ちょっとやってみたい」
と思ったら、やってみればいい。
やってみて、
「あれ、ちょっと違ったな」
と思ったら、やめてもいい。
また別のことをやってみてもいい。
そうやって、自分で考えて、自分で決めていく。
前の職場で、
「チームって、何だったんだろう」
と考えていた私が、
今は、
「じゃあ、自分の人生をどんなチームにしていこうかな」
なんて考えている。
もちろん、
社長も部長も平社員も、全部自分。
なかなか大変な会社です。
でも、これからは、
自分の意見もちゃんと聞いてあげようと思う。
自分の人生を、自分で選んでいく。
そう考えると、
「じゃあ、私は本当は何がしたいんだろう?」
というところに戻ってくる。
そんなことを考えていた頃の記事があります。
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