見出し画像

何とか生きてた日々

※少し重い内容が続いてますので、無理のない範囲で読んで頂けたら嬉しいです☺️



子供の頃から「あなたは変わった子」と言われ続けた私。

離婚を決意した時、
「どうせ私は変わってるんだから、どこまでも常識から外れてやる!」みたいな反発心が、すごく強かったんですよね 😅

実際に、そのように行動してしまうんですが… 笑


大した経歴もなく、学歴もなく、小さな子供2人を抱えたシンママが生きて行くのは、想像以上に厳しかったです。

子供達の学校や幼稚園も変更せず、住んでた所も変えずに、そのまま通わせました。

元旦那から養育費を頂きながら、深夜から朝までのアルバイトをしてました。
(かなーり変わった人でしょ?笑)


幸いにも(?)同じように離婚したママさんが居たので、私や子供達だけ、特別に浮くことはなかったんです。

子供達の友達も、子供同士は偏見なく付き合ってくれてるようでした。

当時の私は、睡眠時間も午前と午後に分けて、3時間ほど…

子供達と向き合いたくても、毎日ぐったりしている事が多かったです。


それでも、まだ若かったから出来たんだと思います。

ネットで、たまたま知り合った男性と、仲良くなったんです。

遠方に住んでた人なので、話し相手としては、ちょうど良かったんですが…
アレよあれよと、彼のペースに巻き込まれ、直接会うことになって、
そこからは、あっという間に一緒に住むことになっていました😅

年下で、結婚歴もない人でしたが、
子供達がまだ小さかったのもあり、お友達のような感覚だったのか、すぐ仲良くなってました。

実家は遠く離れてるし、深夜のアルバイトをしてたのもあり、子供達の見守り役としても、私としては助かってました。


幼稚園の行事にも、父親役として参加してくれたり、
彼なりに、子供達に対しては、とても一生懸命でした。

でも、彼には 大きな問題がありました…

仕事を長く続けることが出来ない人でした。


私は子供達の為にも、生活費を稼ぐ為に、必死で働き続けていました。

彼がちょっとした体調不良で、寝ている日が続いても、
私はとにかく働きに出て、何とか生活費を作り出してました。


そんな無理が積み重なり、私の身体も悲鳴を上げるようになってきました…

不規則な生活と、過度のストレスにより、原因不明と言われた帯状疱疹や、過呼吸に悩まされたりもしました。


"一度決めた道だから" と意地になってたのもあるかもしれません。

若気の至りとは、この事ですよね 笑


子供達に、また別れを経験させたくなかったのもあると思います。

自分の心と身体に鞭を打ちながら、ボロボロになりながらも、何とか生きてる状態でした。

そんな生活の中でも、子供達が素直に育ってるように感じたのは、私にとって、唯一の救いでした。



子供達は、あっという間に思春期を迎える年頃になってました。

彼とは籍を入れないままでしたが、私はダブルワークで仕事をしながら、合間に趣味の時間を作ったりして、それなりに充実してるように見えてました。

そんなある日…

ずっと子供達の父親役として存在してた彼は、「実家に帰る」と言い出しました。

これから高校受験もある中で、子供達はどうなってしまうの??

話し合ってみたけれど、彼の中の決意は変わりませんでした。

今思えば、あの頃の私は必死だったんだと思います。


そして、また、私達は残されました。

いいなと思ったら応援しよう!

なみ(猫好き) よろしければ、応援よろしくお願いします! 頂いたチップは今後の活動の為に活用させて頂きます☺️