第1話:5歳児が母の寝息を聞きながら、一人で朝食を済ませた話
■ プロローグ:昭和の匂いと黒電話
母が起きない朝は、空気の匂いがいつもと違った。
5歳の僕は、その匂いを嗅いだ瞬間に“自分で動く日だ”と悟る。
この日も、母の寝息だけがアパートに流れていた。
アパートの薄い壁越しには、まだ夜勤明けの誰かが鳴らす黒電話の呼び出し音が遠くジリリリ……と聞こえる。
昭和の朝特有の、ちょっと湿った空気と灯油ストーブの残り香が漂っていた。
■ 登場人物紹介
僕(幼稚園児) 黄色い帽子がトレードマーク。 特に天才でも問題児でもないが、自分のことは自分でやるという生活能力だけが異様に高い「できる子」。
周囲が駄々をこねる意味がいまいち理解できないリアリスト。
母 女手一つで僕を育てる若きシングルマザー。 夜はスナックという名の戦場で戦い、朝方、戦士の休息(爆睡)に入る。
その寝顔は、一日の激闘を物語るように深い。
■ 夜と朝が交差するアパート(昭和80’s)
僕が通っていた幼稚園には、派手な黄色いバスが迎えに来てくれた。
路地には、古い木造アパートが斜めに並び、入口には赤い郵便ポストが立っている。
向かいの家では、玄関先に立てかけた新聞紙の束が風で揺れているのが見えた。
どこかの家のラジオからは、松田聖子やチェッカーズのヒット曲が時折漏れてくる。 それが僕にとっての「朝のBGM」だった。
朝、そのバス停に立つまでの時間は、僕と母にとって「夜の終わり」と「朝の始まり」が交差する、一日の中で最も不思議なひとときだった。
母は夜のスナック勤め。
街のネオンが消えかける頃に帰宅し、明け方の新聞配達のスーパーカブのエンジン音と入れ替わるように玄関を開ける。
それが、昭和のアパートで暮らす僕らの日常サイクルだった。
通常運転の日なら、母は重い瞼をこすりながら僕の世話をし、朝ごはんを作り、バス停まで手を引いて送ってくれた。
そして僕をバスに乗せて見送った後、ようやく彼女の一日は終わり、泥のように深い眠りにつく。
母の睡眠時間は、僕が幼稚園で遊んでいる間だけという、昭和の薄いカレンダーのように頼りない綱渡りだった。
けれど、その綱が時折ぷつりと切れる。
連日の激務、客との深酒、夜の匂いを纏ったままの帰宅。
母は玄関から布団へ一直線に倒れ込み、化粧も落とせず、スナックの煌びやかな服を着たまま、その場で「機能停止(シャットダウン)」することがあった。
玄関には脱ぎ捨てられたヒール。 部屋にはヘアスプレーの甘い香りと、外から流れ込む朝の冷たい空気が混ざり合っている。
昭和のアパート特有の、少し湿った畳の匂いもした。
母は、もうピクリとも動かない。
そんな時、幼稚園児の僕はどうしたか?
泣いて母を揺り起こしたか?
「お腹すいた、ママ起きて」と喚いたか?
否。
僕はいつものように、標準装備された「自己完結OS」を静かに起動させるのだ。
■ 5歳児のモーニングルーティン
母が起きないことを確認すると、僕は忍者のように音を立てない足取りで台所へ向かう。
冷蔵庫から食パンを取り出し、自分の背丈には少し高い位置にあるトースターへセットする。
ここからが重要だ。 トースターのタイマーを回すと「ジジジジ」という音が鳴り始める。
そして焼き上がりの「チーン!」という音は、静寂な朝のアパートにはあまりにも大きすぎる爆音だ。
だから僕は、トースターの前でじっと待ち構える。
パンが焼け、タイマーがゼロになるその寸前、バネが弾けるコンマ数秒前に手動でダイヤルを戻し、音もなく取り出すという高度な配慮を忘れない。
これは母の安眠を守るための、僕なりのミッションだった。
メニューは決まって、程よく焦げ目のついたトーストと、お湯を注ぐだけのインスタントのコーンスープ。
まだ足の届かない椅子によじ登り、足をぶらぶらさせながら、自分で用意した朝食を一人で齧る。
部屋には、時計の秒針の音と、奥の部屋から聞こえる母の規則正しい寝息だけが静かに響いている。
食べ終われば、次は身支度だ。
洗い物を流し台に置き、制服に着替え、黄色い帽子を深々とかぶり、肩掛け鞄をセットする。
忘れ物はないか、ハンカチとティッシュは持ったか、一人で点検を行う。
「行ってきます」
返事のない寝室に向かって小さく声をかけ、僕は一人で玄関の鍵を開け、重い鉄の扉を閉める。
外の世界へと踏み出し、自分の足でバス停まで歩き、何食わぬ顔で黄色いバスに乗り込むのだ。
バスの窓から見える景色はいつもと同じだったが、心の中では「今日も任務を完了した」という小さな満足感があった。
■ 「できる子」というあだ名と、その正体
幼稚園での僕は、先生たちから感心したようにこう呼ばれていた。
「ななかふぇくんは、本当に『できる子』ねえ」
確かに、身の回りのことは全部自分でできた。 着替えも、片付けも、食事も。
同級生たちが「ボタンが留められない」「靴が履けない」「ママやってー」と甘えたり、 門の前で母親と離れるのが寂しくて泣き叫んだりしている中、 僕は淡々と、まるで事務作業のようにタスクをこなしていたからだ。
だが、それは僕が優秀だったからではない。 ましてや、早熟の天才児だったわけでもない。
単に「やらざるを得なかった」からだ。
やらないと、幼稚園に行けない。 やらないと、お腹が空く。 やらないと、誰もやってくれない。
僕にとっての自立とは、誰かに褒められるための立派な心がけではなく、 ただ生存するための必要最低限の「生活スキル」に過ぎなかった。
だからといって、当時の僕が孤独を感じて惨めだったかというと、そうでもない。
むしろ僕は、そんな自分を少し誇らしく思っていた節がある。
泣いている同級生を横目に、 「他の子はお母さんにやってもらってるけど、僕は一人で全部できるもんね」 という、根拠のない自信と優越感。
それは、「自分は自分の足で立っている」という、幼いなりの誇りだったのかもしれない。
特に問題を起こすような荒れた子供でもなく、かといって神童と呼ばれるような特別な才能もなく。
ただ、「自分の食い扶持(トースト)くらいは自分で焼く」という、妙に生活感のある幼稚園児。
それが、大人たちが知らない、幼少期の僕のリアルな姿だった。
第2話へ続く
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