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【2026年エジプトひとり旅3】世界遺産・フィラエ神殿

2026年2月に行ったエジプト旅行ナイル川クルーズ+カイロ・ギザ観光について紹介します。2022年公開の映画『アガサ・クリスティ、ナイル殺人事件』を観て、ロケ地のナイル川沿いの景色の美しさから、「いつかナイル川クルーズに行きたい」と数年前から思っていて、ようやく実現しました!


旅行のスケジュール

  • 1日目 ナイル川クルーズチェックイン フィエラ神殿 ヌビア村 

  • 2日目 アブシンベル神殿 アスワン・ハイダム コムオンボ神殿

  • 3日目 エドフ神殿 エスナ水門

  • 4日目 ルクソール観光 カイロへ移動 

  • 5日目 ピラミッド シタデル ハンハリーリ市場

  • 6日目 大エジプト博物館見学

世界遺産・フィエラ神殿

ナイル川クルーズ1日目船内で昼食をとったあと、フィラエ神殿へ向かいました。クルーズ船はアスワン・ダムの下流に停泊しており、フィラエ神殿はダムの上流にあります。ダムによって川が分断されているため、船で直接行くことはできず、いったんバスに乗って上流側のモーターボート乗場まで移動しました。

フィラエ神殿行モーターボート乗場
モーターボート係留所

バスの車内では、ツアーガイドさんが観光地や歴史について解説してくれました。「古代エジプトの最初の女王の名前は何でしょう?誰か、わかる人はいませんかー。ツアー最終日に試験がありますからね!」と冗談交じりに話していました。「正解はハトシェプストです。ホットチキンスープと覚えましょう。」と暗記術を教わりました。日本語だと語呂合わせとして成り立っていませんが、エジプト語のハトシェプスト、Hatshepsut(ハッチェスー)と英語のHot chicken soupの発音が似ているということのようでした。

フィエラ神殿送迎モーターボート

以前、読んだ旅行記に「フィラエ神殿に行くときに乗船するボートから見える景色は左側の方が断然いいので左側の座席を確保しましょう」というアドバイスが書いてあり、大変役立ちました。

フィラエ神殿送迎モーターボート
進行方向左手にフィラエ神殿

フィラエ神殿は想像していたよりずっと多くの観光客で賑わっていて、次から次へと送迎モーターボートが発着していました。

フィラエ神殿船着場

フィラエ神殿は愛の女神を祀る神殿です。昔、古代エジプトの男性たちは島まで泳ぐレースを行い、水泳中クロコダイルに食べられてしまう者もおり、勝者がお嫁さんをもらえたという伝説があるそうです。

フィラエ神殿横図

フィエラ神殿見学

神殿の壁に残る黒い横線のような跡は、かつてこの高さまでナイル川の水位が上がったことを示しています。

ナイル川の水位を示す壁の黒い線

壁のレリーフに彫られた人物の表面が細かい線状に削られ、ふわふわの毛むくじゃらのようにみえるのは古代エジプトの神々を信仰しなかったローマ人によって削られた痕跡だそうです。

古代エジプト神が削られている壁レリーフ

神殿に入る前にナイル川の水を頭の上からかけてお清めを行いました。

ナイル川の水のお清めレリーフ

ローマ時代にはこの神殿がキリスト教の教会として使われていた時期もあり、コプト教の十字架が残っています。

コプト教十字架
コプト教十字架

もともとはフィラエ神殿はフィラエ島に建っていましたが、アスワン・ハイダムの建設で水没の危機にさらされ、現在の場所に移設されました。元の場所は神殿東側裏手のナイル川に沈んでいます。

フィラエ神殿東側裏手のナイル川

他の方々の旅行記を読んでいたところ、1779年、ナポレオン軍エジプト遠征の際に、ナポレオンがフィラエ神殿を訪れ、神殿の壁に落書きのサインとして名前を彫ったらしいです。探してみましたが、どこの壁だったのか場所がわかりませんでした。
フィエラ神殿のオベリスクは、1815年イギリス人貴族バンクス氏によってイギリスへ持ち去られてしまいました。現在オベリスクは、イギリス南部にある貴族の邸宅に建てられています。高校物理「二重スリット実験」のイギリス人物理学者トーマス・ヤングが、1882年ロゼッタ・ストーンのヒエログリフ解読を進める際に、このオベリスクの碑文がヒントになったそうです。


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