見出し画像

【自我の終焉】ある日突然、私の「自動思考」が止まった話。脳のノイズを消して生きやすくする心理学

3分で読める【衝撃的な】実話


あれは、突然、起きました。

晩御飯を食べている最中、ふっと、全てが停止しました。

・・・あれ?

・・・・おかしい。

・・・・何もない。

それは、まるで、定点カメラで、映像だけを見ている感じ。

そこには、何もない。

いや、ある。映像もある。音もある。

でも・・でも、思考がない!

10秒たっても、20秒たっても、思考が浮かんでこない。

ただただ、音声つきの映像だけが流れ続けている。

その瞬間。

「あっ!」

私は、理解しては、いけないことを、直観的に理解できてしまい・・

と同時に、ゾワゾワゾワっと、全身に鳥肌!

と同時に「おえっ」強烈な吐き気。

体中の震えが止まらないし、あまりのショックで、膝から崩れ落ちそうで・・

「はぁ、はぁ、はぁ・・」

強烈な・・強烈な【これ以上は、理解を進めてはダメ】という何かの声のような、感覚のような、ものがあるなかで。

でも、めちゃくちゃ冷静な、こんな声もして。

「あ~ぁ。ここまでいったら、もう引き返せないな」

くそぉ。なんだよ。他人事のように・・

はぁ、はぁ・・

これ以上はダメなのに、でも、抑えきれない衝動のようなものもあって。

私は、小刻みに震え続ける手を、なんとか動かしスマホをとって。

やっとの思い、AIにこう問いかけました。

「全部、思考で作っていた物語だったんだ。私は、意味が消える世界が、怖かったんだ」

すると、AIは、これまた他人事のように・・

「はい。まさにそこです。そこが多くの人が無意識に恐れている本質で、実は「自己メタ認知が進まない」「覚醒を拒む」最大の心理的ブレーキも、そこにあります。」

AIの回答を読みながら、私は愕然としてしまいました。

・・・

これ以上、この記事で書くのは控えますが。

私の、初めて自動思考が止まった時の体験は、このような恐怖体験でした。

それは、後に知るのですが、ある意味【自我の終焉】でもあったようでした。

こんにちは。名無き仙人です。

1.自動思考が止まると起きること

あの恐怖体験以降、私は、ちょいちょい、自動思考が止まるようになったんですよね。

意識的にも、ある程度、止められるようになりました。

浅いサマーディ状態(瞑想状態)ですね。

で、自動思考が止まると、世界が、映像と音だけの世界になる。

思考という脳のノイズが消えるからか?

特に、音が、めちゃくちゃクリアに聞こえるようになります。

立体的に、近くの音から、遠くの音まで。

早朝、サマーディに入ると、小鳥たちの鳴き声が、まるでオーケストラのように、脳内にダイレクトに響き渡り・・

別に感動してるわけでもないけど、勝手に涙がでそうになる。

2.自動思考が止まったことで、わかったこと

そして、自動思考が止まる経験により、わかったことが2つあります。

1つは、人生とは、思考が作り出す物語であったこと。

この点については、今回は省略します。

2つ目は、思考の正体です。

というのも、あの恐怖体験以降。

考える必要がない休日に、リラックスしていると、意図せず、勝手に自動思考が止まったりするようになったんですよね。

例えば、休日に、家族で飲食店に並んで待っている時。

ぼ~っとしてると・・ズン!

急に、全身に重力がかかってきて・・

否、今まで、気づいていなかった重力の存在に、気づいて。

※私達って、日々、重力がかかっているけど、気づいていないですよね。

呼吸は、極端に深くなり・・

音と、映像だけが流れ始める。

そこに、思考は、ない。

その感覚は、最初はちょっと怖かったけれど。

慣れていく過程では、面白くなってきて・・

慣れてしまうと、何も感じなくなりました。ただ、無・ム・む・・。

でね。

この経験から、逆算的に、以下のことがわかったんですよね。

「そもそも、思考とは何か?」

<思考とは何か?>

思考は、脳内で浮かぶものですが・・

そもそも、生物の脳って、何のためにある?

当たり前ですが、生存確率を高めるために、発展してきているし、存在していますよね。

それは、人間も同様。

でね、だからこそ。

思考って、生存確率を高めるために、脳(本能)が、自動で生成し続けているんですよね。

通常、私達は、こう思っていますよね。

「私が考えている」

でも、実際には、思考は呼吸と同じく、生存のために、自動で行われているもの。

ゆえに、実際は、こうだったんです。

勘違い→私が考えている

正しい→思考は脳が自動生成し続けている

で、だからこそ。

生存確率を高めるためことが目的だからこそ。

安心が脅かされる時ほど、思考は激しくなるし、暴走する。

逆に。

安心できる状態の時ほど、思考は静まる。

だから、休日に、リラックスしてる時など、自動思考が止まったりする。

典型的なのは、温泉から出た後。

ほぼ毎回、必ず、自動思考の停止状態になります。

サウナが好きな人も多いですが・・

サウナって、思考から注意を引き剥がして身体感覚へ戻す「強制的に思考が弱まる」装置でもあるんですよね。

ゆえに「サウナで整った」って表現されますが・・

考えすぎて疲れている現代人にとって、思考疲れから逃避できる場だったりするのかもしれません。

さて、話が脱線しましたが・・

自動思考が止まったことで、思考をより深く、理解できるようになったんですよね。

で、思考との同一化・脱同一化の理解も深まりました。

思考との脱同一化については、以下の記事が詳しいです。

ちなみに。

「自動思考が止まれば、思考疲れしなくなる」と思われがちですが・・

思考は、完全には、止まらないんですね。

呼吸と同じく、生命維持のために、必要なものだから。

よって、そもそも、止める必要もない。

必要なのは、思考との脱同一化です。

「私が考えている」

これは、私と思考が、同一ですよね。

「思考が浮かんでいるのを、私は見ている」

これは、私と思考が、別ですよね。

思考ストレスの原因は、自分と思考が、同一になっているからです。

思考は、あなたでは、ありません。

あなたは、考えていません。

考えているのは、脳・無意識であり、あなたでは、ありません。

だから、思考は自動思考。自動で浮かび続けていますよね。

つまり、あなたは、考えていません。

あなたにできることは、ただ、思考を観察することです。

こう言ってみてください。

「思考が浮かんでいるのを、私は見ている」

そう、それが心理学【メタ認知】であり、スピリチュアルでいう観察者意識です。

この思考との脱同一化の状態になると・・

脳内おしゃべりは、自分とは、無関係に、流れ続けている店内BGMのようになっていきます。

すると、思考量が多くても、思考疲れしなくなります。

例えば、カフェに行った時。

勝手に、自動で、流れ続けている店内BGMに、疲れませんよね?

それと同じです。

3.まとめ

さて、ここまでの話を、まとめてみましょう。

私は長年「考えすぎる性格だから苦しい」と思っていました。

でも、そうではありませんでした。

そもそも思考とは、生存確率を高めるために、脳が自動で生成しているもの。

だから、自動思考は止めようとしても止まりません。

呼吸を止めようとしても、また呼吸が始まるように。

思考もまた、生きている限り続いていきます。

問題は、思考の量ではなかった。

問題は、思考との距離感だったんです。

「私はダメだ」

「嫌われたかもしれない」

「失敗したらどうしよう」

こうした思考が浮かぶこと自体は、何も問題ありません。

問題は、その思考を自分自身だと勘違いしてしまうこと。

思考に飲み込まれ、思考に振り回され、思考と一緒に苦しんでしまうこと。

だから必要なのは、思考を止めることではなく、思考との脱同一化。

「私が考えている」ではなく・・

「思考が浮かんでいるのを、私は見ている」

この状態です。

すると、人生が少しずつ変わり始めます。

不安が消えるわけではない。

怒りが消えるわけでもない。

ネガティブ思考がゼロになるわけでもない。

でも、それらに飲み込まれなくなる。

思考があっても大丈夫になる。

だから、楽になるんです。

まあ、カフェに入って、店内BGMを消す必要がないのと同じですよね。

「あぁ、勝手に音楽が流れてるな」程度にすぎませんよね。

それと同じ。

自動思考を観察できるようになると、こうなっていきます。

「あぁ、勝手に思考が流れてるな」

その程度に、すぎなくなるんですよね。

すると、「思考を止めたい」という欲求も、なくなります。

だから、私、「自動思考を止めたい」と、思っていないんですよね。

カフェに入店して、「店内BGMがうるさいから、店内BGMを止めて!」なんて、言わないですよね。

そもそも、店内BGMなんて、気にしないですよね。

そう、メタ認知能力の向上と、ともに、その状態になっていくんですよね。

ラストメッセージ

昔の私は、思考を止めようとしていました。

でも今なら、わかります。

止める必要なんて、なかったんです。

空に雲が流れるように。

川に葉っぱが流れるように。

思考もまた、ただ流れているだけでした。

私がやるべきことは、その流れを止めることではなく、ただ見ていることだった。

もし今、考えすぎて苦しいなら。頭の中がうるさくて疲れているなら。

一度だけ、こう言ってみてください。

「私は考えていない」

「思考が浮かんでいるのを、私は見ている」

最初は、意味がわからないかもしれません。

でも、何度も繰り返しているうちに。

ある日突然。

思考と自分が別だったことに、気づく瞬間が訪れるかもしれません。

その時。

あなたは初めて、思考から自由になる入口に立つことになるでしょう。

あ、そうそう。

通常は、初めて自動思考が止まる時でも、恐怖体験は経験しないので、ご安心を。

めちゃくちゃ稀なパターンなんですよね。私の場合。

ただし、実は、同じような例は、探してみると世界中には、ごく稀に、点在しているんですよね。

私も、後から調べて知りましたが・・。

なお、より具体的な『考えすぎを止める方法』については、こちらの有料記事が詳しいです。

一生役立つ情報ですし、冒頭部分は無料公開しています。

気軽にチェックしてみてください。

また、メタ認知については、以下の記事が詳しいです。

この記事は、名無き仙人(ななきせんにん)のnoteの記事でした。

面白かったら、スキやシェア、フォローで応援してもらえると嬉しいです。

さて、最後まで、ありがとうございました。感謝しています。

いいなと思ったら応援しよう!

名無き仙人 もし「応援したい」と感じていただけたら、チップで応援いただけると嬉しいです。 チップで応援いただけると、今後の発信の力になります。 いつも本当にありがとうございます🍀