【日本酒の酒蔵 調査レポート】六十餘洲を醸す今里酒造(長崎県波佐見町)
今里酒造株式会社(以下、今里酒造)は長崎県東彼杵郡波佐見町に本拠を置く、1772年(安永元年)創業の歴史ある蔵元です。同社は長崎県内でも屈指の歴史を誇る老舗として知られ、江戸時代後期から現在に至るまでの250年以上にわたり、波佐見の地で日本酒造りを継続してきました。波佐見町は周囲を山々に囲まれた静かな盆地であり、その地形から生じる大きな寒暖差と黒髪山系から流れる清冽な水という良質な米と酒造りに適した自然環境に恵まれています。
同社の最大の特徴は国の登録有形文化財に指定された江戸・明治・大正・昭和の各時代の建築物群を維持しながら、伝統的な手仕事の精度を現代の基準で高めている点にあります。代表銘柄である「六十餘洲(ろくじゅうよしゅう)」は、かつての日本が60余りの国々で構成されていたことに由来し、「日本全国の皆様に飲んでいただきたい」という創業当時の蔵元の切なる願いが込められています。
この想いは現在、国内のみならず、フランス、ルクセンブルク、シンガポールといった国際的な市場へと広がりを見せており、世界最大規模のワイン品評会であるインターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)やフランスのKura Masterにおいて、最高位の賞を相次いで受賞するなど、その品質は国際的な客観的評価によって証明されています。
さらに同社は波佐見町の基幹産業である「波佐見焼」との密接な連携や、地域の観光協会と協働した「グリーン・クラフト・ツーリズム」の推進を通じて、単なる製造業の枠を超え、地域の文化遺産を守る「歴史の継承者」としての役割も果たしています。
第1章 企業概要
今里酒造は長崎県の北東部に位置する東彼杵郡波佐見町において、清酒を中心とした酒類の製造および販売を主業とする伝統的な日本酒メーカーです。
同社の事業は伝統的な清酒「六十餘洲」の製造・販売を中核としつつ、その歴史的資産を活用した地域貢献や観光事業まで多岐にわたります。同社は長崎県内でも有数の寒冷地である波佐見の気候を活かした「寒造り」の伝統を守り、機械による大量生産を行わない「手造り」の品質を追求しています。また、公式サイトでの情報発信、地域の「蔵開き」イベントの運営などを通じ、BtoB(卸売)からBtoC(消費者への直接販売)まで一貫した流通体制を構築しています 。
経営理念と品質哲学
同社の経営哲学は250年を超える伝統の保持と、品質に対する妥協なき探究心に集約されます。
伝統の継承と文化財の保護: 「先人から脈々と受け継いできた酒造りの歴史、技術、そして蔵そのものを守る」という強い意志のもと、国の登録有形文化財に指定された建物を単なる保存対象ではなく、現役の製造施設として活用し続けています。これは、建築物と製造技術が一体となって初めて「生きた文化」になるという同社の信念に基づいています。
「日本全国、そして世界へ」という志: 銘柄名「六十餘洲」に込められた、日本中、さらには世界中の人々に波佐見の酒を飲んでいただきたいという想いを現代の市場戦略に反映させています。小規模な蔵でありながら、国際的な品評会への積極的な参加を続けているのは、その志を客観的な評価で裏付けるためです。
安定性と再現性の追求: 伝統的手法に固執するだけでなく、酒質の安定性と再現性を高めるために細やかな工程管理を重視しています。毎日の工程における「細やかなひと手間」の積み重ねが、酒質の向上(ブラッシュアップ)に繋がるという品質哲学を持っています。
組織体制とリーダーシップ
同社の組織は長年にわたり今里家を中心とした血縁と、地域住民から成る蔵人たちによって運営されています。
代表取締役の歩み: 現在の代表取締役である今里榮子氏は波佐見町内の窯業家の出身であり、高校卒業後に波佐見町役場に就職しました。当時、町長を務めていたのは同社の蔵元でもあった今里久香氏であり、久香氏が榮子氏の仕事ぶりに惚れ込んで蔵への招聘を行ったことが、同社に入る契機となりました。その後、久香氏の長男である一夫氏と結婚し、1996年の一夫氏の急逝という困難を乗り越えて、現在は蔵の代表として経営の舵取りを行っています。
製造・運営部門: 従業員数は約20名規模であり、製造部門では経験豊富な蔵人たちが酒造りを担う一方、販売や広報、イベント運営においても、少人数ながら密な連携が取られています。また、地域の波佐見町観光協会とも密接に連携しており、蔵元としての立場から地域の観光振興にも深く関与しています。
第2章 歴史
今里酒造の歴史は1772年の創業から明治期の大火の回避、そして現代の文化財指定に至るまで、常に波佐見町の発展とともに形成されてきました。
創業前史と「上酒屋」としての出自
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