連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 16話「ねがいごと」(5)
16話「ねがいごと」(5)
ミリアはうつむくゴナンの横顔をじっと見ている。しかし、また両手でゴナンの左手を取った。
「ミリア? 汚いよ。糞が付いた後だよ。まだ手を水で洗えてないから」
「ゴナン。わたくしはあなたの村の有様を見ていないから、ひどく無責任なことを言ってしまうかもしれないけど、今、あなたが村に戻って、いったい何ができるのかしら」
「……!」
その言葉に、ゴナンはぐっと言葉に詰まった顔をする。
「……嫌な言い方に聞こえてしまったら、ごめんなさい。その、今朝来られたデンさまは、ご自分のお父様とお母様が無事かを確かめるためっていう目的があるわ。でも、あなたが今戻っても、それでも何かの意味はあるのかもしれないけど、きっと、それで村が何か大きく変わることには、ならないと思うの」
「……」
「国民の危機だから、流石に近隣の組織が支援に動いているはずだわ。リカルドが手配してくれているキャラバン隊もいるし」
リカルドを通して、国の機関へも北の村の惨状を連絡してもらっているミリア。
「だから、きっと、あなたが戻らなくても大丈夫」
「……そうだな…。俺は、いてもいなくても、一緒だから…。うちの食い扶持が増えることになるから、いないほうがマシか…」
さらにシュンとなるゴナン。しかしミリアはさらにギュッと手を握る。
「違うのよ。あなたは何でもできるけど、もっといろんな事ができるようにと、あなたのお兄様は村の外へと飛び立たせてくれたのではないのかしら? 逃げたのではないのよ、あなたは」
「……」
「……そして、そうさせてくれたお兄様の思いに、あなたは報いるべきだわ」
ミリアのその言葉に、ゴナンは顔を上げてじっとミリアを見た。
「報いる…」
「ええ。いま、故郷に帰ってしまっては、きっと、あなたのお兄様の思いは、台無しになってしまうわ」
ゴナンはぐっと唇を噛みしめる。そのまま、また、長い沈黙のとき。
「……そうだな…。……ミリアの言うとおりだ…」
「わたくしは、あなたに帰ってほしくないの」
ミリアはゴナンをじっと見て続ける。そのミリアの言葉は、リカルドがゴナンに伝えようとしてなかなか伝えられずにいた言葉でもあった。
そして、展望台の真下で大人3人が盗み聞きしているが、ナイフが「ミリア、押しているわね……!」とテンションが上がっている。ディルムッドは、「真下だと様子が見えないので、逆に護りにくいのだが…」と少し困り顔だ。

と、ここでミリアははっと自分の言葉に気づき、そしてうつむく。
「……ああ、ごめんなさい、駄目だわ。忘れていた。ゴナンには旅を続けてほしいけど、わたくしと一緒ではだめ」
「?」
「わたくしはこの街で皆と別れて、旅をしようと思っているの」
「えっ?」
その言葉に、展望台の下の3人も驚く。ディルムッドに尋ねるように目線を遣るが、ディルムッドも何も聞いていない。首を横に振るばかりだ。
「…わたくしのせいで、皆に何か起こってしまっては、取り返しが付かないわ。といってもわたくしは一人旅をするにはまだ、少し難しいことが多いから、どうしてもディルにだけは着いてきてもらわないといけないけど…」
「ミリア? いつもの不運のこと? 別に何も起こってないから、心配ないよ」
「でも、今は大丈夫でも、いつか…」
そう口にするミリアは、泣きそうな瞳になっていた。ミリアだって、本当に皆と別れて旅をしたいわけではないのだ。ミリアの表情を見てそう気付き、ゴナンはミリアが握ったままの左手にぐっと力を込める。
「……ミリア。そういえば、行きたい場所があった。お散歩」
「……えっ?」
「もう、湖は見飽きちゃったから、次に行こう」
「え、ええ……」
唐突にそう提案しておもむろにミリアの手を引くと、少し早足で展望台を降り、街の方へと戻っていくゴナン。大人3人は慌てて身を隠し、そして2人の後を追った。
「…ディル。今、ミリアが言ってたこと……」
エレーネが道すがら、小声で尋ねる。
「いや、私も初めて聞いた。しかし、別れる必要はない。ミリア様は思い込みすぎなのだ」
「……」
エレーネはナイフと顔を見合わせる。昨晩、王妃がミリアにどのようなことを話したのか、何となく気付いた2人だった。
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