連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 10話「みたび、遺跡のリカルド」(6)
10話「みたび、遺跡のリカルド」(6)
午後も深まり、そろそろ夕ご飯の支度である。
リカルドの件がクリアになったため、皆で石室内に寝ることにしたが、流石に中で火はたけないので屋外で調理の準備をする。と、リカルドがなんだかソワソワとしながら、ゴナンの周りをまとわりついてくる。
「どうしたの? リカルド」
「……えっ。いや。あの、ゴナンと野営、ひさしぶりだなあ…、うん」
「?」
「…楽しみだなあ…。なにか、いろいろ、してくれるのかなあ……」
(……あっ!)
そういえばナイフが、「ゴナンが新しい野営の技をサプライズで披露したがっている」とごまかしていたのだった。すっかり忘れていた。
(サプライズ、サプライズ……。あ、そうだ……)
ゴナンは一つ、思いつく。ちょうどリカルドに報告したいと思っていた事柄だ。弓矢を手にして、リカルドの腕を引いた。
「リカルド、あの、ちょっと見せたいのが、あるんだけど……」
「ええっ! 何だろうー!」
まだ何も見せていないのに、ひどく大仰に驚くリカルド。ゴナンは気にせず説明する。
「…この矢、俺が手作りしたんだけど…」
「ああ、そうだね。たくさん作っているね」
ゴナンは弓を構え、キョロキョロと空を見回した。少しして、狙いを定め、びゅっと空に向かって射つ。やがて、矢に射られた野鳥がドサッと落ちてきた。
「うわ、すごい。ゴナン、弓の腕がものすごく上がったんじゃない?」
「……もう1回…」
ゴナンはもう一度、空に射つ。今度はそこまで狙いを定めなかったが、また野鳥がドサリと落ちてきた。
「すごい…。連続で……」
「……もう1回…」
「えっ?」
今度は地面を見回す。そしてまた狙いを定めて、びゅっと射つ。何かに当たった感覚があった。2人でその場所に行くと…。
「……ミニボア…。一矢で、これを……」
流石に、この当たりようが異常なことにリカルドも気づいたようだ。様子を見ていたディルムッドも近づいてくる。
「ゴナン。すごいな。矢が随分と走っていたようだが、……ん? ミニボアを、弓矢で……?」
「……」
ゴナンはスッと、手作りの矢を2人に見せる。
「これ…、巨大鳥の羽をつけてる矢」
「……!」
「これをつけると、凄い確率で獲物に当たる。そんなに狙いを定めなくても。俺の手作りの矢でさえそうだし、リカルドからもらったちゃんとした矢につけてみたら、ものすごい威力になった。当たりすぎて怖いから、普段の弓矢の鍛錬は、普通の矢でするようにしてるけど……」
「……ゴナン、借りていい?」
リカルドが空の鳥の群れに向けて射ってみる。弓矢を射つのは随分と久方ぶりだったし、大して狙いも定めなかったが、やはり野鳥が1羽、落ちてきた。続いてディルムッドも試してみる。ゴナンが射ったときの何倍にも感じるスピードでグンとうなりを上げる矢、そして…。
「……一矢で3羽だと…?」
1本の矢に3羽の野鳥が連なって落ちてきた。射手の力量は影響するようだ。
「……どういう仕組みなんだ…。巨大鳥の、羽……」
リカルドはじっと、矢の茶色い羽を見つめている。
「……これは、恐ろしいことだな…」
そう呟いたディルムッドの言葉に、ゴナンも深く頷いた。
* * *
そして夜。遺跡のすぐ外で夕ご飯だ。そして…。
「……何なのだ、この豪華な野営食は……」
ディルムッドが、目の前に並んだ食事を見て感嘆している。彼は、ゴナンが元気な状態での野営食は初めてなのだ。
「驚いたな…。しかも、ほとんどが現地調達の食材だとは。ゴナンは本当に、狩りや採集が得意なのだな」
そう褒めそやすディルムッドに、無表情ながら嬉しそうに瞳を光らせるゴナン。
「でも、今日のは巨大鳥の矢のおかげだよ。獲れすぎたから、罠で取れてたウサギは逃がしちゃったし」
ミニボア1頭でも全員分の夕食を余裕でまかなえるボリュームだ。それに、やたらと射ってしまった野鳥もある。
「いや、しかし、この野草類も美味しいものばかりだ。水ばかりで味気がないからお茶もありがたい。このホクホクの芋も随分掘ってきているし、果物もたっぷりあって、ちょっとしたディナーコースだよ」
ディルムッドがモリモリと肉をかじりながら、そう続けた。
「……うん、でも、冬が近いからかな…。探すのが難しくなってる気がする。それに北の村とかと土地が全然違うから、俺が知らない植物も多いし。この芋は先生からもらった図鑑に載ってて、見つけられた。身体にいい芋なんだって。多分、見たことがない生き物もいそう」
そう言ってゴナンは、傍らに置いてある図鑑に目を遣った。ジョージがゴナンに贈ってくれた動物と薬草の図鑑だ。
「植物も、薬草も、動物も、もっと勉強しないと」
「そうだな…。恐らく、冬にしか獲れない美味な獲物もあるはずだぞ。旅にも役立つな」
そう言うディルムッドにゴナンはコクリと頷く。その隣でリカルドは随分と大人しい。遠くに巨大樹が見えるからだろう。ナイフは、不自然に巨大樹に背を向けて座るリカルドを不思議そうに見て、ゴナンに話しかける。
「……結局、リカルドは巨大樹をただ、避けようとしている、って感じかしら?」
「……うん…、そうかも…。街で樹を見て倒れたときも、そんな感じだった…」
「……」
リカルドだけがこのような状態なのだから、ユーの民の何らかに関わることで間違いなさそうではあるが。ナイフはリカルドの元に行き、耳元で小声で尋ねる。
「ねえ、リカルド。他のユーの民の人にも、遺跡やこの巨大樹の街に来てもらうことはできないの? 同じ症状が現れるのかとか、呪いを解除するヒントが得られないかとか、確認できそうな気がするのだけど」
「……ああ、そうだね…」
今、生きているユーの民は、リカルドの他にあと2人いる。リカルドは少しだけ考えるが、冷たい微笑を浮かべた。
「……難しいかもしれないな…。村の人は、呪いの解除なんて望んでいないどころか、むしろ嫌がるだろうからね。今は2人とも村に住んでいるから、村の外には出さないと思うよ」
「でも、あなたは希望通りに王都の学校で学んで自由気ままに旅して、ユーのお金もドバドバ使ってるじゃない? 別に村に引き戻されたりはしないんでしょ?」
「まあ、僕は結構、無理矢理出てきたからね。それに僕の場合は家庭環境がアレだったから、境遇に同情してくれる人も何人かはいたし」
「……」
「それに、村の人は誰も、僕がユーの呪いの謎を解くために学んで、旅をしているとは思っていないよ。せいぜい、短い生を好き放題生きている、そんな風にしか思われていないさ」
ツマルタでユー村のポールから投げつけられた言葉を思い出すナイフ。
「……そして、僕がどこぞかで野垂れ死んだってニュースが届くのを、毎日ワクワクと待っているだけだよ。ああ、それか死ぬときには村に戻ってきてほしいって思ってるだろうなあ」
「リカルド」
ナイフが咎めるように名を呼ぶ。横で聞き耳を立てているゴナンが泣きそうな表情になっているのに気付いて、リカルドは「ああ、ごめんね」と微笑んだ。
* * *
リカルドとナイフがコソコソ話をしている対面で、ミリアは北側にある巨大樹の方を眺めている。
「見て、エレーネ。とてもキレイだわ」
「ええ、そうね……」
ちょうど日が暮れた直後のマジックアワー。紫色の空に、巨大樹の影が映っている。そのすぐ上には月。満月に近いようだ。
「とっても絵になるわね。この巨大樹の景色を見るために、昔の人はこの場所にこの遺跡を作ったのかもしれないわね」
そう、呟くように口にするエレーネの言葉に、ミリアも頷く。と、ヒュウっと風が吹き、ミリアはくしゅんとくしゃみをした。もう、夜は冬のような寒さである。

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