連載小説「オボステルラ」 【第三章】12話「1年前」(2)
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12話 「1年前」(2)
「あれっ、どちら様?」
午後、リカルドは、拠点を訪問してきた男性を見て、思わずそう尋ねた。
「まあ、リカルド。何をおっしゃってるの? 昨日会ったディルムッド・ショーンじゃない」
「あ、ああ…。そうだよね」
宿から一緒に来たらしい。ミリアがディルムッドの隣ですっと背筋を伸ばして、そう説明した。リカルドはふふっと笑って、皆を中に案内する。ミリアはもう、いつも通り。昨日のあの状態を微塵とも感じさせない。
(…王女様、すごいなあ……)
そうミリアを見遣ったのち、ディルムッドに目を向ける。ナイフもまじまじとその顔を見ている。
「まあ、驚いたわよね。どんな荒くれ者かと思っていたけど、割と品のある顔立ちだったのね」
「……」
髭を剃り、伸びっぱなしだった茶色の髪を後ろにくくって、服も新品に着替えているディルムッド。錆色の瞳の端整な顔立ちが露わになっている。昨日の脱獄囚のような異様な姿が嘘のような、品のある出で立ちだ。
「まあ、よくよく考えたら、ショーン侯爵家の次男坊で、王国騎士で王族の護衛ですものね。貴族の中でも軍の中でもエリート中のエリートだから、不思議ではないわね」
「…元、騎士だ。ナイフ殿」
そう修正するディルムッドを、ミリアがさらに修正する。
「ディルムッド。ナイフ殿、ではなくて、ナイフちゃん、ね」
「……?」
「ナイフちゃんと呼ばないといけないのよ」
「ナイフ、ちゃん…」
特に理由は説明しないが、すっと胸を張ってそう諫めるミリアに少し戸惑うディルムッド。じっとナイフを見るが、しかし、すぐに首を横に振る。
「……いえ、ミリア様。このように麗しい格好をしていようと、見ただけでわかります。これほどまでに優れた武人を、私は『ちゃん』などと呼べません。ご勘弁を」
「お堅いことね。その『殿』というのもこそばゆいから、呼び捨てでいいわよ。ディル」
「あ、ああ……ん? 『ディル』?」
腕を組んでそう呼んだナイフに、ディルムッドは聞き直す。
「ええ。昨日ヒマワリちゃん…、ああ、本名はルチカだったけ? 彼がそう呼んでいたじゃない。短くて呼びやすいわ」
「…いや、しかし、そのような気安い呼び方は…」
「まあ! それはいいわね。確かにディルムッドは呼ぶには少し長いもの。ディル。なんだか可愛いわ」
ミリアにそう言われてしまうと、ディルムッドは逆らえない。ナイフと二人、「ディル、ディル」とキャッキャとはしゃいでいる。

「…仰せのままに…。……ところで、ゴナンの様子はどうだろうか?」
「ああ、まだ熱が高くて、奥で寝ているよ」
呼び名のことはさておいて、ディルムッドはリカルドに導かれて寝室に寝ているゴナンを見舞った。
「…切り傷から土の毒が入った症状ではなかったか? もしそうだと、命にも関わることもあるが…」
「午前中にお医者さんに来てもらったんだけど、恐らくその心配はなさそうだって。ただ、以前も高熱を出したことがあったんだけど、結局これといった原因がわかっていないんだ。前回は咳は出ていなかったしね。まあ、疲れとか、環境の変化によるものではないかって…」
「そうか…」
大きなベッドの真ん中で寝込んでいるゴナン。熱が高くぐったりとしてはいるが、柔らかいベッドに清潔な寝間着を着て、氷嚢を乗せ、枕元には薬も置いてある。きちんと看護されている様子を見てホッとした。本当にあそこは、劣悪な環境だった。
と、人の気配に気付いてゴナンが目を覚ます。
「ゴナン、すまない。起こしてしまった」
「……? あ、いや、大丈夫。……です…」
薄く目を開けて、ボンヤリとした様子でそう答えるゴナン。そのまま不思議そうに、ディルムッドを見ている。
「苦しそうだな。ゆっくり養生してくれ」
「…お見舞い、ありがとう、ございます……」
「……?」
妙に他人行儀なゴナン。リカルドが背後でクスッと笑った。
「ゴナン。彼はディルムッドさんだよ」
「……ディルムッド……。え? ドズさん…?」
ゴナンは驚いて思わず体を起こそうとする。氷嚢がずれ落ちてしまった。鉱山で一緒にはいたが、顔をきちんと見るのは初めてなのだ。ディルムッドは慌ててゴナンをまた寝かせて、氷嚢を額に乗せ直す。
「ゴナン、ゆっくり寝ていてくれ。お前をこの場所に戻せてよかったよ」
「……」
ゴナンはじっとディルムッドの顔を見る。
「……どうした?」
「…俺、ドズさんは50歳くらいのギャングのおじさんだと、思ってたから…、不思議で……」
「ごじゅ……! ……私は27歳だ。まだ若輩者だよ」
ゴナンは、まだ馴染まない雰囲気でディルムッドを見ながらも、ウトウトと再び眠りについていった。リカルドがクスクス笑う。
「……ゴナンには、体調が回復してから僕から話すから、その、詳しい話をこれからお願いできるかな?」
「ああ」
そう答えて、リビングの方に戻る。ミリアも神妙な表情になっている。ディルムッドはリビングの椅子に座った。もともと広くはないリカルドの拠点。体の大きなディルムッドまで入ってきて、かなり窮屈になっている。
「…さて、あの場にいた皆に話したいことが……」
「…ねえ、ちょっと待って、ディル」
エレーネが話を遮った。もうすでにディル呼びが定着している。
「あの…、今から話される事は、この国の王家に関わる内容よね。私は外国から来ている旅人なのだけど、話を聞いても良いのかしら」
「…む、そうなのか…?」
ディルムッドは腕を組み、ミリアとエレーネを見る。
「…いきさつはわからないが、ミリア様を護衛していただいている以上、無関係というわけにはいかない。それに、これから詳細を話すのは、不十分な情報による憶測で誤った噂が出回るのを避け、正しい状況を知っていただいた上でしっかり『口止め』をするためだ。聞いてもらう必要がある」
「……そう。わかったわ」
「わたくしが取り乱したせいで、申し訳ないわ」
ミリアはそう口にして、ディルムッドに話を任せる。
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