連載小説「オボステルラ」 番外編5「鍛錬のミリアさん」(2)
番外編5「鍛錬のミリアさん」(2)
思い立ったが吉日で、武器屋を出た後、早速鍛錬を始めることにしたミリアとディルムッド。まだ、夕方まではしばし時間がある午後の刻、2人は宿近くの広場で向き合っている。何かあったときに介抱してもらえるよう、念のためエレーネにもついてもらい、ナイフは興味本位で面白そうに見学していた。
「ミリア様。ただ剣を振るうだけではなく、足腰や腕力などの筋力をつけることも大事ですので、それも並行しておこなっていただけますよう」
「ええ、もちろんよ。わたくし、頑張るわ。ナイフちゃんにも教えてもらわなきゃ」
「では今日は、一番の基本となる素振りを行います。まずはこの型を繰り返すことで、体に覚え込ませてください」
そうして、自身も木剣を持って一連の素振りの動きを説明するディルムッド。ミリアは早速、実践してみる。
が……。
「……あっ」
最初の一振りで、よろりとふらつき、前にととと、とよろけてしまった。思わず、こける前にミリアの体を支えるディルムッド。

「あら? 傍目に見ていたら簡単そうだったのに、実際にやってみると、なかなか難しいわね」
「……」
(……手と脚と体の芯の動きがバラバラだ、自分の動きを制御できていない、剣の刃の向きが明後日な方向に向いている、目を閉じてしまっているし、手の力もないから木剣ですら重そうだ……、丹田も全く使えていない、そもそも握力、腕力、脚力、いずれも絶望的に足りない、……)
ディルムッドは脳内に即座に浮かんだそれらの注意点を、しかし言葉にすることなくぐっと飲み込んだ。全てが、どうにもならない。何からどう指導すればよいのか、流石のディルムッドでも迷ってしまう。
と、横で様子を見ていたナイフが声をかけた。
「……ディル。『いろいろ』改善点はあるとは思うけど、そもそも、スカートに足を取られてしまっているのではないかしら」
「……!」
ディルムッドははっとした。ミリアの服装はいつものポー族のテキスタイルのスカートのままだ。そのせいで、確かに足幅が狭くなっていたかもしれない。王女がズボンをはく、という発想がディルムッドの頭の中に全くなかったため、違和感なく見てしまっていたが…。
ディルムッドは膝を折り、ミリアに依頼する。
「ミリア様。ナイフの言うとおり、確かにその装いですと鍛錬にならなさそうです。あまり好まれないかもしれませんが、スカートではなくズボンをはいていただけますと…」
「まあ、確かにそうね……!」
ミリアも今、ハッと気付いたようだった。ナイフが横から助言する。
「ミリア。パンツスタイルだと、脚全体が布に包まれるから、これから来る冬にもよい装いだと思うわよ。温かいわよ。南国の寒い地域の女性達は、高貴な方々も基本はパンツスタイルなのだそうよ」
「まあ、そうなのね。わたくし、これまでズボンは着たことがなかったから」
「それに、王女様がまさかスカートではなくズボンをはくなんて世の人は思わないでしょうから、世を忍ぶには良いかもしれないわよ」
「……!」
それを聞き、ミリアは楽しそうに瞳を輝かせる。
「そうね。きっと、まるで少年剣士のような見た目になるわね。その方が良いかもしれないわ。早速、お洋服を買いにいきましょう! きちんと準備を整えないと」
『少年剣士』設定が気に入ったようだ。ひとまず鍛錬は置いておき、洋服店に向かうことにするミリア。ショッピングはナイフとエレーネにまかせて、ディルムッドはその場で自身の鍛錬を続けることにする。
(……これはなんとも……、先が思いやられることだ…)
* * *
街の洋服店数軒を回り、ミリアが着ているのと同じポー族のテキスタイルで作られた服を見つけた3人。男子向けの子ども服だったが、ミリアにはサイズがぴったりだった。色違いで着替えも購入し、ミリアは早速その装いを身に付けてディルムッドの元へ戻ってくる。腰には、嬉しそうに、これ見よがしに模造剣を下げている。
「さあ、ディルムッド。準備はできたわ。改めて、お願い」
「は、かしこまりました」
そうして再び、素振りの練習となった。構えの状態で先ほどよりも大股で構えることができたため、ひとまずよろけてこけることはなくなったが…。
「……」
ディルムッドは複雑な表情で、必死に剣を振るミリアを見ている。
「ミリア様、まず、振る瞬間は目を開いておいてください」
「ええ、確かにそうね」
「敵がいることをイメージしながらお振りください。敵は正面です」
「ええ、こう、こうかしら」
「刃の向きが平らになっております、それでは何も切れません」
「こ、こう…?」
「体ごと回転させなくても大丈夫です、手首だけ少しこう、返すと良いです」
「こうね……!」
「顎が出すぎておりますし、足幅が変わっております。ひとまずは足の位置は固定です」
「わかったわ、動かないわ」
「そこまで動かないと敵に刃が届きません、むしろご自身を斬ってしまいます」
「……こう…?」
「ミリア様、敵は正面です」
……このような塩梅である。ナイフとエレーネは必死に笑いをこらえながら見守っている。ミリアは至極、真剣なのだ。
と、ナイフがあることに気付く。
「ねえ、ディル。『いろいろ』とご指導お疲れさまだけど、ミリア、ちょっと髪の毛が邪魔そうだわ」
確かに、時折風が吹くと髪が顔にかかって、ミリアの目線を遮っている。
「髪を結んだほうがいいわね。エレーネ、くくり紐は持っているかしら」
「ええ、持っているわ。ちょっと待ってて」
そう言って宿屋からヘアアレンジセットを持って来るエレーネ。そしてミリアの髪を櫛で解いて、紐で結び始めた。
ここで問題がある。
実はミリアは、自分では髪を後ろにくくることができない。旅の道中、何度もチャレンジしていたが、頭の後ろ側となると上手く扱えないらしく、とんでもない惨状になってしまうのだ。髪が長かったときは顔の横に髪をまとめていたが、これは、「ミリアが自分1人でもまとめることができる髪型」として、サリーと2人で練習しながら、なんとか編み出し練習した『技』だったという。
そういうわけで、これからは毎日、エレーネがヘアセットを行うことになりそうである。
「ありがとう、エレーネ。これでいいわね。さあ、ディル。お願い」
ミリアは再度、張り切って模造剣を手にした。そうしてまた、素振りに打ち込むが……。
(さすが百戦錬磨のショーン騎士。なかなか、根気強いわね)
何をどう指導してもいまいち要領を得ないミリアに、しかしディルムッドは苛立つことなく丁寧に教え続けている。それから数十分経って、素振りの型がやや、かなり少しずつではあるが、やや、改善してきた。少なくとも、正面に向かって剣を振ることができるようになったようだ。
「…ミリア様。最初よりかなり良くなってきました。今日はここまでにしましょう」
「ええ、『最初から張り切りすぎると、長続きしない』ものね!」
ナイフがゴナンに指導していた言葉を引用しながら、素直に頷くミリア。頬が紅潮して、なんだか楽しそうだ。ディルムッドはその様子に、微笑を浮かべた。
(……そうだ。ミリア様もお城でダンスなども嗜まれているのだから、型が全くできないと言うことはないだろう。ただ、ものすごく、時間はかかるかもしれないが…)
↓次の話↓
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