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連載小説「オボステルラ」 番外編6「受難の宿屋」(5)


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番外編6「受難の宿屋」(5)


 その翌日のことである。

「ただいま。ごきげんよう、わたくしは普通のアンナよ」

 夕方、またあの妙な挨拶に、まねっこのカテーシーを加えながらアンナが帰ってきた。今日も先生のところで青空学校だったのだ。食堂の厨房で料理の下ごしらえをしている主人の元にとことことやってくる。

「おかえり。今日も普通のミリアちゃんやゴナンくんと勉強したのか? エドくん……は、キィの収穫期だから、今は学校には来れない時期だな」

 ケンカをしているらしい2人のその後が少しだけ気になり、それとなくゴナンの様子を尋ねる主人。しかしアンナは首を横に振る。

「ううん、少し前から、お昼間はどこかにお出かけしているみたいで、学校には出てきていないの。全然会えていないわ。夕方には戻ってきているみたいなんだけど」

「へえ、そうなのか。それは寂しいな」

 ゲオルクやアーとまるで同じ動きだ。もしかしてこの3組は、何か共通の目的でこの街に来ているのだろうか?

「ねえ、お父さん。お祭の日のおめかしは、私、フワフワの長いスカートがいい。大きなリボンも付けて、ドレスみたいに着たいの。そして、ごきげんようって皆に挨拶するの」

「ええ? しかし、うちの街にはそんな服は売ってねえだろう。チュートまで行く時間もないし……。母さんに作ってもらうか?」

「あっ、そうね。もう、大人の服を着たっていいんだった、私。ママに頼んでみよう」

 アンナは12歳にしては背が高めだ。母親の方はママと呼んでいることに少し引っかかりつつも、大人服が着られるくらいに背が伸びてしまったアンナの成長を感じる主人。そうしみじみとしていたのだが……。

「失礼、邪魔する」

 と、急に男性が2名、ズカズカと宿に入ってきた。受付を素通りし、主人とアンナがいる食堂に直行してくる。帯剣し武装しており、明らかに旅行客ではないが、盗賊の類にしては品が良すぎる。軍人のように見えるが……?

「へえ、お泊まりですか?」

 主人は料理の手を止め、営業スマイルを浮かべて尋ねたが、男共は答えず、そしておもむろにアンナの腕を取ってぐいっと引っ張った。

「いたっ!」

「……アンナ! おい、何をする!」

 主人が厨房から飛び出すが、男の1人が抜剣し主人に向ける。

「動くな!」

 そう、主人を制して、男共はアンナをジロジロと見た。

「どうだ?」

「髪の色も目の色も違う。こいつじゃない」

 アンナの腕を掴んだ男は、その言葉を聞くと自身の剣を抜き、アンナに突きつけて主人の方を見た。

「アンナ……!」

(くそ…。ゲオルクさんはまだ帰って来ないのか…。あの旅の人達……、ショーン騎士か、ナイフちゃんさんが来てくれれば……)

 主人は手元にあった包丁をそっと手にしつつ胸中で願うが、そうそう物事は都合良くは動かない。男共は主人に、高圧的な態度で尋ねてくる。

「おい、この娘と同じぐらいの背の少女を探している。サリーという名で、深緑色の髪色だ。この辺にいるはずなのだ。宿に泊まっているのではないか?」

「……!」

 名前は違うが、見た目の特徴は「普通のミリアちゃん」と一致している。その言葉に主人はピクリと反応してしまった。男共は主人が何か知っていると察して、アンナへ刃を近づける。

「……パ、パパ……」

「やめろ……! アンナを離せ! 関係ないだろう!」

「愛娘に傷をつけられたくなかったら、教えろ!」

 男が叫ぶ。主人は悩んだ。流石にただの脅しで、大の男が少女に傷をつけるなんてやるはずがないのでは…。

「おい、答えろ!」

 と、男がさらにアンナに刃を近づける。服の胸元に裂け目が入り、アンナは震えて涙を浮かべている。ゾッと戦慄する主人。娘の方に動こうとするが、自身にも刃が向けられている。

「…おい、なんでこんなことをするんだ! 金が要るのか? 必要なら、そこから持ってけ! 娘を返せ!」

「うるせえ! そんな盗賊のような真似をするか! サリーという少女を知ってるかを訊いているんだ!」

 主人は答えに窮する。こいつらはどう見ても「悪い奴等」だ。金で片が付かない分、盗賊よりもタチが悪い。こんな悪人共に屈していいのだろうか…。娘が命の危機にあるが、ミリアのことを教えてしまうと、あの子も同じ目に遭ってしまうのではないだろうか…。

 主人は、なけなしの冒険心で精一杯の正義感を振りかざす。

「…サリーなんて名前の子はこの街にはいねえ。そんな子は見たことない」

「さっき、何か知ってそうだったじゃねえか」

「娘と同じくらいの背の子なら、何人だっているからだ。でも、深緑色の髪の子なんて、この街にはいねえよ」

「……」

 主人のふとましい全身から脂汗が吹き出て、体はブルブルと震えている。素直にミリアのことを教えた方が良かっただろうか。すでに主人は、自身の発言を後悔していた。と、アンナを拘束している男がさらに剣に力を入れる様子が見える。その瞬間、主人の頭は真っ白になった。

「…アンナ! ……ぅ、……うわああああ……!」

 主人はそう叫び声を上げると、自身に向けられていた剣をまな板で防いで、おそらく彼の人生で一番とも思えるスピードでアンナと男に向かっていった。包丁を男に向けながら突進し、剣を包丁で跳ね上げ体当たりして、弾みで転んだアンナの上にかばうように被さる。

「パパ……」

「ハア、ハア、だいじょうぶか……」

 主人はそのままきっと男達に向き直ると、ブルブルと震えながら包丁を向けた。思わぬ反撃に、男達は少し興ざめしたような表情で顔を見合わせる。



 その時、宿の外からもう1人、男が中に声をかけて来た。

「おい、いないなら、ここはもういい。マーケットで訊いて回るぞ」

(まだ仲間がいるのか……)

 男共はその指示に従い、剣を収めると、せめてもの意趣返しか食堂の椅子をいくつか蹴り倒して去っていく。嵐は過ぎ去った。

「……何だったんだ…」

 はあ、と包丁を落とし、脱力する主人。

「アンナ、大丈夫か?」

「うっ、うう……、パパ……」

 アンナは座り込んだまま、震えて泣き始める。刃を向けられていた箇所を確認するが、服が少し破れただけでケガはしていないようだ。主人は肩を抱き寄せてポンポンと慰めるように背を叩いた。

「よしよし、怖かったな。頑張ったぞ」

「……パパ…、汗びっしょりで、気持ち悪い……」

「仕方ねえだろう! パパも怖かったんだよ」

「……パパ、ありがとう…。でも、もうちょっと痩せてよ……」

 泣きながらも、軽口を叩ける余裕はあるようだ。ふう、と安堵のため息をつく主人。と、ここで買い物に出ていた妻が帰ってきた。

「ちょっと…! どうしたの、アンナ……!」

「変な奴等が現れて荒らしていった。アンナを頼む。俺はちょっと様子を見てくる。他の店にも乗り込みそうだった」

 主人は未だ震えて泣いているアンナを妻に託し、念のため受付の棚から護身用のナイフを手にして、男達を追って外を見に行った。まだ、ほのかな冒険心が、主人の胸に灯っていた。




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