連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 13話「うごめく、何か」(3)
13話「うごめく、何か」(3)
「エレーネ、すまない。用事は済んだ」
宿の部屋に戻ったディルムッド。と、ミリアがベッドでスヤスヤと眠っていることに気づき、小声になる。
「痛み止めが効いてきたようだな」
「ええ、体調不良はそんなに長引くものではないとは思うけど、やっぱり、疲れが溜まっている様子だから、ゆっくり休ませてあげたいわね」
そのエレーネの言葉に頷き、テーブルに買い物袋をドサリと乗せるディルムッド。
「ついでに、精が付きそうな食べ物を適当に見繕って買ってきた。疲れが溜まっているのは貴女も同じだろう。しっかり食べて、ゆっくり休んではどうだ。私はドアの外で警護する故」
「ナイフに、過剰な警護はダメだと言われていたのではなかったかしら? せめて部屋の中にいては?」
そう微笑みながら、ディルムッドが買ってきた惣菜の袋を開く。肉、肉、さらに肉。かろうじてパンが添えられている。見るだけで胃もたれしそうな、ザ・男飯なラインナップだ。しかも、かなり大量で、思わず顔をしかめたエレーネ。食べるのが貴族の令嬢だと分かっていてこのセレクト、かなり重症な筋肉脳である。
「……ちょっとこのボリュームは、私1人では全部食べられそうにないし、ミリアにも重すぎるわ…。一緒に食べてくれないかしら?」
「……ああ、そうか、すまない。こういうのはナイフの方が、気の利いたものを選べるのだろうな」
そう頭をかき苦笑しながら、椅子に座るディルムッド。2人で食事をすることにした。
「……」
ディルムッドは肉をガツガツと食べながら、エレーネの様子を見ている。食事に手をつける前に、自身の荷物から例の常備薬の薬瓶を取り出し、飲んでいた。ウキからこの街に来るまでの道中でもそうだったが、あえて皆に見えるように薬を飲んでいるようだ。皆に心配をかけないためだろうか。
「……? 何?」
「……いや…。その薬の補充は、事足りているのか?」
「ええ、大丈夫よ。多めに仕入れているし、きちんとルートを確保しているから。心配ありがとう」
「……」
道中、真っ黒いマントを頭まで被った怪しげな人物が薬を届けに来るのを、ディルムッドも何度か目にしている。どこへどのように手配しているのかは謎ではあるが…。
「ところで、何事だったのかしら?」
「あ、ああ…。実は、逃げ延びていた帝国軍人達の姿を見かけたため、この街の駐屯軍に捕らえさせた。鳥を追って、このような人目の多い街を呑気にうろついていたようだ。まだ我らと交戦したときの傷が癒えていなかったようなので、捕らえるのに難儀しなかったようだが……」
「そう……。リカルドはもうすっかり、元気そうなのにね」
「……! そういえば、そうだな…」
傷のひどさで行くと、あの帝国軍人の誰よりもリカルドは重症だったはずである。
「……元気そうに見えて、実は相当に無理をしているのかもな」
「そうね…。彼にこそ、宿屋での休養が必要だったかもしれないわね」
本当はもうリカルドの傷はすっかり治りきっているのだが、もちろんこの2人が知るところではない。
「それと、ルチカがいた」
「……ふっ」
その名を聞き、エレーネが吹き出す。
「?」
「……いえ、なんだかんだ言って、あの子との関わりが多いのがおかしくて」
確かに、二度と会わないとか関わるなとかいう言葉を、一行はもう何度も聞いている。
「ただ、今日は我らではなく、帝国軍人を追ってここに来ていたようだった。特に危険もないかと思い、放置しておいた」
「そう」
「それと……。もう一組、気になる輩がいたのだが……、それは、こちらの気にしすぎかもしれない」
「……大丈夫なの?」
「恐らく…。……彼らは、ア王国の隠密の部隊の者だ。彼らがアーロン殿下の死を把握しているかどうかはわからない。そして、誰の命令で動いているかによって、ミリア様の敵にもなり得る、そんな立場の者共だ」
「……」
エレーネは息を呑む。
「……平和に見えて、どの国も、王家って血なまぐさい争いがあるものなのね」
「そうだな。のどかな日々を過ごしすぎて、私もすっかり忘れていたよ。気を引き締めねば」
そう言ってディルムッドはギラリと目を光らせ、ガツガツと肉をさらに食う。エレーネは食べる手を止めて、物憂げにベッドで眠るミリアの顔を眺めた。
* * *
その夜、結局ディルムッドは、宿の部屋のドアの外で一晩、立ち警護をしていた。貴族の来訪が多いこの街では、そこまで過剰な警護には見えないはずだとのディルムッドの考えからであったが、宿の者からは「夫婦げんかをして、旦那さんが部屋から追い出されている」とひそひそ噂話をされていた。
そして翌朝。ミリアの腹痛はすっかり治まった。
「迷惑をかけてごめんなさい。さあ、遺跡へ戻りましょう!」
張り切ってそう、2人に声をかけるミリア。しかし、2人は首を横に振る。
「ミリア。まだ顔色が悪いわ。きっと貧血が出ているのよ。せめてもう1日は休みましょう。いえ、できればもう2日……」
「わたくしはもう大丈夫。病気でもなんでもないのだから」
「しかしミリア様。野営ですとどうしても疲れが溜まってしまいます。もう数日休まれた方が」
「まあ、一晩寝ずに護衛をしたあなたの方こそ、疲れが溜まっているのではないかしら?」
「私は問題ありません。いつものことですので」
「だったら、十分に寝ているわたくしだって大丈夫よ」
ああ言えばこう言うで、全く納得する素振りもないミリア。そして、おもむろに着替えのために寝間着を脱ぎ始めたため、ディルムッドは慌てて背を向ける。
「……ミリア様…」
「どうして、わたくしをここに止めようとするの? 何か都合が悪いことでも?」
ミリアは着替えながら、ディルムッドの大きな背中に問いかける。どう答えるべきか思案するディルムッド。
「……ただ、御身を心配しているだけです。昨日、ルチカがこの街をうろついているのを見かけました。鼻の利く男……、ではなかった、女性です」
「……だから、ルチカはわたくしが一度お話をすれば、それで済むように思うのだけれど」
「ですから、何度も申しますが、そうかもしれないし、そうではないかもしれない。私は、ミリア様がどんな書物を読まれようと止めは致しませんが、少しでも危険の可能性がある場面に行かれるのは、強くお止めします」
「……」
少しの間、無言になるミリア。そのまま直立不動でディルムッドが立っていると、ひょこっとその目線の下にミリアが現れる。もう着替えは済んでいるようだ。
「…わたくし、『あなユラ』でお勉強したのだけど」
「……?」
「殿方は気になる女性に対して、わざと冷たい態度を取ったりいたずらをしたりするのですってね?」
『あなユラ』とは、ア王国内で流行している恋愛小説『あなたの瞳はユラリアの花の色』の略称である。
「?」
「……あなた、もしかしてルチカに対して、そういうことではないの?」
「ミリア様?」
「あなたは基本的に女性に対しては優しく紳士的なのに、ルチカにだけは容赦がないというか、扱いが違うじゃない。もしかして……」
王女の目線がワクワクと好奇心で輝いている。遠くでエレーネがふっと吹き出し笑っている。

「……ミリア様、そのようなお戯れを…。奴については、つい先日まで男性だと思い込んでいましたからそういう対応になってしまいますし、女性と分かった今でも、立ち向かってくるのなら敵には変わりなく、そうでなければ頼れる機械士、そして騎士として守るべき国民の1人、ただそれだけです。……いや、今は私は元、騎士ですが……」
「……そうなの? 残念だわ」
何か甘いストーリーを思い浮かべていたらしいミリア。そうこうしているうちに、自身の身支度をすっかり終えてしまっている。どうでもいい雑談で煙に巻かれていたことに気付くディルムッド。
「さあ、参りましょう」
ミリアがまた、王族オーラを無駄遣いしながらそう宣言する。ディルムッドは反射的に背筋を伸ばし「はっ」と返事をしてしまった。どう説得しても聞かなそうだ。見ると、いつの間にかエレーネももう支度をしてしまっている。ふう、とため息をつきつつ、ミリアに声をかけた。
「……ミリア様、街中にいる間は、どうぞ伊達メガネの装着をお願いいたします。また、顔見知りに会うといけませんので…」
「ええ、わかったわ」
(……隠密部隊の件は、お伝えせずともよいか…。余計な心配をおかけするだけだ)
そう考えたディルムッドの意図を、エレーネも汲み取ったようだった。
↓次の話↓
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