連載小説「オボステルラ」 番外編6「受難の宿屋」(2)
番外編6「受難の宿屋」(2)
「失礼、今日から少しの期間、宿泊したいのだが、部屋は空いているだろうか?」
それから数日が経ったある日、宿に一人の旅人が訪れてきた。初めて見る顔だ。背の高い黒髪の男性で、40代くらいに見える。身なりが良く佇まいに品があって、貴族であろうと推測する主人。
「ええ、もちろん空いていますよ。うちは満室になることは滅多にありませんから」
「そうか、それはタイミングが良かった。出発日はハッキリとは決めてはいないが、こちらであるという収穫祭を見に来たのだ」
「祭ですか? まだ半月ほど先ですが、大丈夫ですか?」
日にちをよく知らずに来たのだろうか? 娯楽も何もないこの街に長く滞在する羽目になるのは、さぞや退屈だろうと主人は心配になり尋ねる。しかしその男性は、アメシスト色の瞳を煌めかせながら笑みで応えた。
「ああ、知っているよ。ゆっくり滞在したくて、早めに来たのだ。この国の農村の暮らしをゆっくり見てみたくてね」
「お客様は……、シュナイダー様は、どこか外国からのご旅行で?」
記入してもらった宿帳を見ながら、主人は尋ねる。
「ああ、帝国からね。少し長く旅をしているんだ。せっかくの平穏な世だから、なるべく王国を見て回りたくて。以前は旅して回ろうものなら、スパイだと疑われすぐに捕まえられてしまっただろうからね、ふふ」
「帝国……」
そう聞いて、主人は一瞬、その男、ゲオルク・シュナイダーを観察する。
(……帝国人か……。初めて見るな。といっても、王国人と見た目が何か違うわけではないだろうが。この街に帝国人が来るなんて珍しい、ていうか、俺が知る限りじゃ初めてじゃないか? 今の話からすると、軍人のようだな)
6年前まで起こっていた帝国との戦乱も、戦地から遠く離れているこのウキの街では、自国のこととはいえ遠い地の出来事である。ただ、長らく敵国であったというイメージと、そして志願兵としてウキから意欲ある若者が3名、戦地に起ち、その全員が骨となって帰ってきたという事実もあって、主人はあまり良い印象を持てなかった。
(……それにしても、なぜ、こんな田舎街に…。もっと見応えのある観光地はいくらでもあるだろうに。農村を見たいという意味がわからないな…)
とにかく、何かトラブルは起こさないでほしいという一念を胸に秘め、粛々と宿泊の手続きをする。主人の懸念をよそに、ゲオルクは爽やかな笑顔で愛想も良く、なにか問題を起こす雰囲気は感じられなかった。
部屋へと案内すると、その様子をずっと隠れ見ていたアンナが出てくる。
「お父さん。今のお客さん、貴族の人?」
何年か前までは「パパ」と呼んでくれていたのに、いつのまにか「お父さん」になっている。そのことを改めて感じて少し寂しく思いながらも、そんな愛娘がポッと頬を赤らめている様子に気付いた。
「ああ、多分、貴族の方だろうね。一番高いスイートルームを希望されたしね」
「なんてお名前?」
「ゲオルク・シュナイダーさん。帝国のお方だそうだよ」
「へえ……」
ゲオルクが去った階段を見つめる瞳が熱い。主人はギョッとする。
「アンナ? あの人は結構なおじさんだぞ。俺と同い年くらいだ」
「そんなの関係ないわよ。カッコいい……」
なんとも早熟なことだ。主人は慌てる。
「アンナ、あのようなおじさんのどこがいいんだ? 年上がいいというのなら、ほら、エドくんなんか、好青年じゃないか? 背も高いし」
農家の一人っ子で(いや、最近妹が産まれたと言っていた)野菜の納品によく来てくれるエドワードは、明るくて人当たりも良い。やや不真面目そうな雰囲気はあるが、あの年頃の少年なら許容範囲だ。主人はエドワードのことを気に入っているのだが、アンナは渋い顔をして顔を横に振る。
「エドはまだお子様だから、いやよ」
「お子様って……。エドくんはお前の3つも年上だろう……」
「それに、ゲオルクさんはおじさんじゃなくて、素敵な大人の男性じゃない」
「じゃあ、パパも素敵な大人の男性だな」
「お父さんは、ただのおじさん!」
そんな不毛なやり取りをしていると、ゲオルクが上層階の客室から階段を降りてきた。「きゃっ」とアンナが恥ずかしがって主人の影に隠れる。
「ご主人、少し散歩をしてこようと思う。晩メシはこちらで食したいので、準備をお願いできるだろうか?」
「へえ、もちろんです。お気を付けて」
ニッコリ営業スマイルを向けた後、アンナに「ほら、挨拶しな」と促すが、恥ずかしがって顔を出せないアンナ。ゲオルクは少し背を屈めると、爽やかな笑顔を影に隠れたアンナに向けて、宿を出て行った。

「なんだい、アンナ。お話するチャンスだったじゃないか?」
「だって……、何を話していいか、わからない…」
そう、うつむき加減にぼそりと呟くアンナ。すっかり女の顔だ。主人は、まだ娘のそんな顔は見たくなかった。
* * *
翌日、食堂の買い出しにマーケットへと出かける、宿の主人。途中、「帝国人の旅人が宿に泊まってるんだってな?」と何人も声をかけられた。ゲオルクは昨日来たばかりなのに、噂が回るのが恐ろしく早い。聞けばゲオルク自ら帝国人であることを名乗って、街の人々にあれこれ質問をしているのだそうだ。
「大丈夫かよ、帝国人なんか泊まらせて」
「いや、もう戦争は随分前に終わってるんだぜ。他所でも普通にあちらから旅行客も来ているそうだから、大丈夫だろう」
「この前から変な客人が大勢、先生のところに来ているじゃないか」
「あの人達は何か調査しに来ているらしいぞ」
「子どもも来ているようだな。うちの子が仲良くなってたよ」
……。
余所者が珍しいので、ウキでは大きなニュースになる。皆、興味津々で噂話をしながら、新たに現れた帝国人がどのようなひととなりかを主人に聞いてきた。まだ挨拶程度の言葉しか交わしていない主人には詳細を答えようがなく、「よくわかんねえが、いい人だよ。多分、心配ねえよ」などとなだめながらマーケットへと向かう。と……。
(げっ……)
主人の目線の先には、先だって少年の受け入れで揉めた、あの黒髪黒服の男がいた。あの少年と、厳つい2人も一緒にいる。少し気まずく感じていたが、相手の方が先に声をかけてきた。
「あ…、その節はどうも、お騒がせしました…」
「いや、こちらこそ。強い応対になって申し訳なかった。…その子も、無事、治ったようだな」
頭を下げてくるその男性、リカルドに、主人はほっとして自らも謝罪する。その後、多少嫌味は言われたが、なんとか水に流せたようだ。
「何せ田舎なもんでね、外から来る者には必要以上に警戒してしまうんだ、勘弁してくれ。今も、帝国人が泊まりに来ていてね。この街にそんな人が来るのは珍しいから、うちだけじゃなく近所も戦々恐々としているところさ」
「帝国人? いつから? 何人で? どんな人?」
主人がつい愚痴ったその言葉に、4人はものすごい勢いで食いついてきた。何なんだ。結局、そのまま4人は、帝国人の顔を見たいと申し出てくる。
「…じゃあ、その人が戻るまで食堂に居させて欲しいんだけど。ああ、もちろんお茶くらい注文するから」
「構わないよ。しかし、揉め事は勘弁してほしいがな…」
リカルドは主人の言葉に、冷たい微笑みを浮かべる。相変わらず、怖い笑顔だ。
そうして宿で偶然を装って顔の確認をしてみると、この一行のうちの1人とゲオルクとは、互いの名を知る仲のようだった。この日も散歩に出ていたゲオルクと巨大な男との会話を脇で聞きながら、ひとまず揉めそうな雰囲気はなさそうなことにホッとする。
(……しかし、やはり軍人か……。そしてこの巨大な男、ショーン騎士といったか?)
戦や軍や王家とは縁遠いこの地にいても、もちろんア王国のヒーローであるショーン騎士のことは知っている。流石にこのディルムッドの名を聞いても、彼が本家の次男坊で、戦場でショーン兄弟として畏れられた人物だとまでは知らなかったが、思わぬ人々の来訪に主人は心中穏やかではない。とにかく、厄介ごとが起きてほしくないのだ。そのまま食堂の方で4人と話をしている様子を見ながら、ソワソワした気持ちになった。
(いつもと違うことが起こるっていうのは、本当に嫌なモノだな…)
↓次の話↓
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