連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 3話「彷徨のゴナン」(2)
3話「彷徨のゴナン」(2)
翌朝。
周りが明るくなり、ゴナンは目を覚ました。巨大鳥がゴナンのそばから離れたらしく、一気に朝日がゴナンに降り注いだのだ。
(……すごく、たくさん、寝た気がする…)
ゆっくり体を起こした。落ちるように眠って、夢も見なかった。と、腕に小さな痛みが走る。
「…っ…!」
そういえば帝国達に襲われたとき、両腕に少し斬撃を受けたのだった。そして服の左腕の肩に近い部分に入った、ミリアの手刺繍に気付く。
(…せっかくミリアが繕って、刺繍してくれた服なのに、また斬られて、血が付いちゃった…)
慌ててゴナンは上衣を脱ぎ、少しでも血を落とそうと、泉で水洗いを始めた。水はとてもキレイな湧き水のようだ。北の村で掘り当てた泉と同じくらい、透明度が高い。
「…あ…。傷も洗わないと…」
傷口から毒が入って命に関わる病になることがあると、ディルムッドに習った。ゴナンは両腕の傷を水洗いする。幸い、どの傷も大した深さではなく、すでに血は止まっている。傷を洗った後は、また服を洗う。少しこすり洗いをしていると、血の跡はだいぶ薄くなったようだった。近くの木に服を干し、そしてまた泉の縁に座り込む。
(…でも、俺がこんな小さな傷を気にしたって、リカルドは、もう…)
また膝を抱えて顔を伏せ、涙をこぼし始めるゴナン。と、またコン、と頭の上に何かが落ちてきた。

「…いてっ」
そう顔を上げると、また手元にゴンの実が落ちている。見ると、巨大鳥がくちばしで枝を引っ張りながら木を揺すっている。やはり、ゴナンに実を渡そうとしたような素振りだ。ゴナンはゴンの実を手にはしたが、お腹は空いているはずなのに食欲がない。巨大鳥はじっとゴナンを見ている。
「…なんだよ…。もう、どこへでも飛んで行けよ…」
ゴナンは巨大鳥にそう、力なく言った。
「…それか、卵を今、産んでくれよ…。そうすれば、リカルドを…」
そこまで口にして、ゴナンははっとする。卵が、死んだリカルドを…。そんなことは、あり得るのだろうか…。
(…死んだ人が生き返ることはないって、兄ちゃんが…)
だったら、ミィだって、村で飢えて死んだ人達だって、ミリアの兄や騎士だって、みんな、戻ってくる。でも…。
(…分からないけど…。卵は、そういうことはできない、そんな気がする…。気がするっていう、だけだけど…)
そこまで考えて、ゴナンはまた顔を膝に伏せた。もう、何もやる気力がない。考え事をすると、リカルドのことを想って涙が溢れてくる。巨大鳥が何をしようと、飛び立とうと、知らない。もう、ゴナンにはどうでもよかった。
* * *
---そのまま、夕刻になった。
周りの気配が薄暗くなったことに気づき、「もうすぐ、夜かな…」とゴナンはふっと顔を上げる。すると…。
「…えっ?」
とっくにどこかへ飛び去ったと思っていた巨大鳥が、まだ横にいた。泉の水を飲んでいたが、ゴナンが顔を上げたことに気付くと、またじっと見てくる。
「…お前、ずっと、ここにいたのか…? なんで…?」
すると巨大鳥はまた大きな体を動かしてゴナンの背後に行き、くちばしで木を揺らす。コン、コン、と2個のゴンの実が、ゴナンの脇に落ちてくる。ゴナンの周りには、昨晩や今朝の分も合わせて、ずいぶんな数のゴンの実が転がっていた。
「…要らないよ…。何も、食べたくない…」
ゴナンはそう言って、目線をまた泉の方に落とす。膝を抱え、もう、ぼんやりと何も考えない。何かを考えると、後悔の念ばかりが押し寄せてくるからだ。そのまま、水面が映す景色が橙になり、薄紫になり、そして漆黒に沈んでいくのを、薄く開いた目でただ、眺めていた。
やがて、夜。するとまた、巨大鳥がゴナンのすぐ脇に座り、そして羽でゴナンを包む。
「…おい、だから、それはいいって…!」
ゴナンは巨大鳥を押し退けようとしたが、この巨体をゴナンが動かせるはずもない。その場を立ち上がろうとするも、羽がゴナンを押さえつけてそれを許さない。仕方なく、そのままゴナンは座る。程よく暖かくて、そして心地よい空気に包まれるゴナン。
(…いやだな…。こいつの傍が、こんなに、居心地いいなんて…)
そしてまたゴナンは急激に眠気に襲われる。あがらうこともできず落ちるように眠りについたゴナン。また、夢も見ずに深く深く熟睡した。
翌日も同じ1日だった。
睡眠だけは十分に取れているゴナンだが、気力はなく、食欲も湧かない。かろうじて泉の水を少し飲み、そして昨日干しておいた上衣を着て、また泉の縁に座り、時に死んだリカルドを想って涙し、時にボンヤリとし、動かない。そして巨大鳥もその場を飛び立たない。逐次、木を揺らしてゴナンの元にゴンの実を落とし続けるから、ゴナンの周りはもう、20個以上の実が転がっていた。しかし、ゴナンはそのどれにも手を付けない。
そして昼になり、夕暮れになり、夜になると、巨大鳥が羽でゴナンを包み、ゴナンは熟睡する。その翌日も同じだった。動く気力もないゴナンの周りに、さらに巨大鳥が落とすゴンの実が増え続けるだけである。ゴナンは未だ、何も口にできずにいた。
「…俺…、何のために、ここにいるんだろう…」
ゴナンの気力は、底も見えぬ奈落へと落ちきっている。何も食べていないせいもあるだろう、かろうじて用を足すときだけなんとか立ち上がるが、水を飲むことすら厭うほどであった。
まだ夕方だが、ゴナンは身の回りのゴンの実を避けて、横になる。一度、横になってしまうと、もう、体を起こせない。北の村、あの川辺で動けなくなったときのようだ。
(もう、いいや、どうでも…)
ゴナンはすうっと目を閉じる。何も考えない。と、幾ばくか時間が経ったのち、また巨大鳥が寄り添うように座り、ふわりと羽で包んでくるのを感じた。その心地よい空気に包まれ、ゴナンはまた眠りへと落ちていく。
* * *
ただ、その夜は夢を見た。
「…ゴナン、何でもいいから、とにかく口に入れて。最初に会った時と一緒だよ。まずは、お腹に食べ物と飲み物を入れるのが大事だから。そうしたら、少し心に余裕が生まれるから、そこでいろいろ考えよう」
ストネで、ゴナンがマルルの実を食べられず泣き出してしまったときの、リカルドの言葉だ。初めて会ったときも、食べ物が大事だといって分けてくれた。でも、もうリカルド自身は、何も食べられないじゃないか…。
「ゴナン、僕は大丈夫だから」
いつもそう言っているリカルド。それはいつも、嘘じゃなかった。毒矢を食らったときだって、すぐに回復した。
「ね、大丈夫だったろ?」
リカルドがそう、声をかけてくる。何度も、何度も。その度にゴナンは「本当に? 本当に?」と尋ねたいが、声が出せない。でも、「大丈夫」というリカルドの声が、ずっと脳裏に残った。
↓次の話↓
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