連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 14話「湖畔の街にて」(5)
14話「湖畔の街にて」(5)
街のブティックを巡って、ミリアとナイフの「お支度」を整えた一行。
レンガ造りの落ち着いた街並みが広がるローゼンフォード。ブティック街も大きなお店は少ないが、派手さはなくとも1軒1軒、味わい深いデザインのアイテムがセレクトされているお店ばかりで、随分いろいろと回ってしまった。
「この街にアトリエを構える縫製家も多いんだよ。大都市ではないけど、ファッションの街として最近人気が高まっているんだ」と、例によってゴナンに街の案内をするリカルド。エレーネも「この街は初めて来たわ」と、セレクトショップのファッションアイテムがあれこれ気になっているようだ。
ナイフの『男装服』は例によってリカルドがあれこれとうるさく口を出して決まった。しかし、確かにナイフが「これ、可愛いわね」と手にするものは、どぎついカラーに派手な色を合わせて目に刺さるような原色で仕上げる、といった塩梅だったので、今日ばかりはこれで良かったようだ。ミリアの装いはエレーネが無難にセレクトした。
その後は、ゴナンはリカルドと共に図書館で過ごし、他の面々は街でショッピングを続けてと、思い思いの時間を過ごした日中だった。
そして、その日の夜の宿屋。
「どうだった? ゴナン。生まれて始めて、お湯に身体を浸した感想は?」
お風呂から上がってきたゴナンに、リカルドが少しワクワクしながら尋ねた。ゴナンはぽやっとした表情で、こくりと頷く。
「……なんか、すごい、気持ちよかった…」
「それはよかった。眠たそうだね。湯冷めしないうちに布団に入って、寝てしまいなよ」
ゴナンは素直にこくりと頷き、ベッドへと入っていく。
(ふふ、予想通りだ。ゴナンがとろけている)
すぐに眠りについていくゴナンを見ながら、リカルドはニコニコとそう考えていた。シャワーですら気持ちよさそうにしていたし、床屋で頭を洗ってもらうのにもうっとりしていた。今まで、こういう「癒やされる」経験を全くしたことがなかったのだろう。効果は絶大だ。
(今度は、按摩師のマッサージを受けさせようかな? きっとまたとろけるぞ。ああ、温泉にも入れてあげたいなあ)
ベッドのゴナンを見ながらいろいろと画策するリカルド。少し心が弾んできた。エルダーリンドを離れてから、なんだか随分と心が元気になってきた気がする。ゴナンの寝顔を肴にお酒を飲みたくなり、1階の食堂で仕入れてこようと、そうっと部屋を出る。
と…。
「……!」
部屋の外に出た途端、ぐっとリカルドは跪いた。
「……う…」
(くそ…、来た…)
リカルドの体内を痛みが蝕み始めた。発作である。せっかくのご機嫌に水を差されて怒りの気持ちが沸き起こる。フースーの盆地で発症して以来だから、半月以上は期間が空いていた。
「……う…、ぐ…」
廊下の床でもだえ苦しむリカルド。と、気配を察してナイフが出てきた。
「……リカルド…!」
即座にリカルドの体を抱えるナイフ。
「リカルド、ひとまず、部屋に戻るわよ」
「……う…、いや……、ナイフ、ちゃんの、部屋に……。ゴナン……、は、お風呂が……、気持ちよく、寝てる、から……」
「お風呂?」
生まれて始めてお湯に身を浸して、気持ちよさにスヤスヤと眠っているゴナン起こしたくない。リカルドは苦しみながら、そう依頼する。と…。
「どうした?」
「……!」
端の部屋からディルムッドが出てきた。異常な気配を察してきたようだ。
「…リカルド! 何かあったのか…?」
「……あ、ええと…」

痛みにうめき続けるリカルドの尋常ではない様子に、ディルムッドが駆け寄る。どう説明しようかと悩むナイフ。
「……あ、の…。前に帝国軍人にやられた傷の痛みが、まだ、残っているようなの。実は無理していたみたいで……」
先日、全力で鉄拳2発を見舞ったことは棚に上げて、ナイフがそうごまかす。ディルムッドははっとした。軍人達の傷が癒えていなかったことを思い出し、納得する。
「そうか…、やはりか。薬が効きにくいと言っていたな。どうしようもないのだろうか」
「え、ええ…。ゴナンはもう眠っているみたいだから、起こさないように、ひとまず私の部屋のベッドに寝せるわ」
「手伝おう」
ディルムッドと2人で抱えて、ナイフの部屋のベッドに寝せる。布団の中でもうめき苦しむ様子に、ディルムッドは眉をひそめた。
「……これは、本当に大丈夫なのか……? 医師を呼ぼうか」
「あ、大丈夫よ…。薬が効きにくい体質があって、お医者さんに変な目で見られるのが嫌なんですって」
「しかし……」
「本人が呼びたがったら呼ぶから。ひとまずは私に任せて。彼の体調の事はいろいろ聞いているから」
「……そうか」
ディルムッドはまだ納得できない様子だが、ナイフのその説得に頷き、心配そうな目線を残しながらナイフの部屋を出た。ふう、とため息をつくナイフ。
「……ていうか、遺跡で野営しているときなんかに発作が起こったら、どうごまかすつもりだったのよ…」
隠し続けるのはとても難しい気がする。皆に打ち明けたところで、リカルドの危惧するようなことにはならないであろうことは、ナイフはその鋭い洞察力から確信していたが、他ならぬリカルドが知られることにひどく怯えている。ナイフが勝手に、明らかにすべきではないのだ。
(……でも、皆の自分に対する対応が変わってしまうことを『怯える』ということが、今までの彼にはなかった心境の変化のように思うけど……)
ナイフはふう、と、ベッドで苦しむリカルドの脂汗を拭く。彼が一人の時に発作が起きたときは、三日三晩苦しんだと言っていた。今回のはいつまで続くのか…。
↓次の話↓
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