連載小説「オボステルラ」【幕章】番外編1「アドルフへの手紙」(4)
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番外編1「アドルフへの手紙」(4)
屋敷の外壁の影に隠れるように腰掛け、改めて2通の手紙をよく見る。片方はストネの街から、もう片方はツマルタ、という街名が書かれている。日付が1ヵ月以上離れているので、2通分が一度に届いたようだ。
(……ストネからの手紙は、もう随分前の日付だな…)
先にそちらを開くと、一番上にリカルドかららしいメモ紙があった。いわく、「ゴナンからの手紙を先に読んで、その後で自分の手紙に目を通してほしい」と……。
(……?)
アドルフはその指示に従い、まずはストネの街から出されたゴナンの手紙を開く。
「……へえ、街では、お店で働いたのか……、いい人に出会えてよかったな…。体は男性だけど心は女性で…、優しい人のようだな…。リカルドさんとも、割とすぐに会えたんだな。女性2人も一緒に……? どういうことだろう……。ゴナンはこのエレーネという人に、惚れてしまったのかなあ…。年上がタイプなのか? ミリアという同い年の子もいるようなのに」
少し青春じみた雰囲気も感じて、旅がすこぶる順調のようでホッとするアドルフ。
次に、ストネのリカルドの手紙を読むべきか、ツマルタのゴナンの手紙を読むべきか、少し悩む。しかしリカルドの手紙がどうにも長そうなことを束の厚さから感じ、先にツマルタで出されたゴナンの手紙を読むことにした。
「……ツマルタというのはものづくりの街なのか…。工房も見て、鉱山でも働いて……。すごいなあ…。ゴナンはとても働き者だからな。どこでも重宝されるだろう」
一人悦に入りながら、さらに読み進めるアドルフ。
「……ディルムッド…。へえ、体が大きくてとても強いのか。ゴナンが憧れそうな御仁だな…。え? エレーネさんにベッドに押し倒された…? まさか、関係が進んだのか…? ゴナン、それはまだ早いんじゃ…。製鉄所…。鉄、か……」
ゴナンの興味が次々といろんなものに広がっているのを、手紙から感じるアドルフ。そして、ツマルタからの手紙は、ディルムッドに関する記述がとても多い。しかし騎士の『強い』場面を見ているということは、何か戦闘の現場でもあったのだろうか?
「……鳥は見たけど、不幸なことは起こってない、か。それはそうだよ……」
思いのほか旅は順調に進んでいるようで、アドルフはホッとした。体調も問題なさそうだ。ゴナンの旅路がキラキラと輝いて見えて、アドルフは弟を送り出したことを改めてよかったと感じていた。
「……さて、次に、リカルドさんからの手紙だな……」
ストネからの手紙は分厚いが、ツマルタからの手紙はさらに分厚い。もしかしたら何らかの論文でも綴っているのだろうかと、興味津々で手紙を開いた。
++++++++++++++++++++
「……」
数十分後。リカルドからの長い手紙を読み終えたアドルフは頭を抱えている。リカルドが「ゴナンの手紙から先に」と書いていた意味がよく分かった。
(お金を一切使わず野宿を重ねて、女装バーに拾われて女装して夜の店で働き、高熱を出して、争いに巻き込まれ剣を突きつけられ…。人攫いにあってひどい環境の鉱山で奴隷のように働かされて、脱出できたけどまた発熱して、療養中にまた攫われて、ミリアという娘を守るために大怪我を負って…。これが、わずか2ヵ月ちょっとの間に起こった出来事……?)
リカルドはかなり正確に、ゴナンがどのような旅を送っているかを伝えてきていた。そして、ゴナンをひどい目に遭わせてしまったことへの深い謝罪が綴られている。
「……どういうことなんだ、この国は平和で治安がいいと思っていたけど、実はかなり物騒な国なんだろうか……」
9歳の頃からずっとこの北の村で暮らすアドルフ。書物や人づてに聞いた話から村の外の世界の知識だけは豊富に持っていても、実状は分からない。しょせん、小さな世界の中から外界を想像しているだけにすぎないのだ。
「……それにしても、ゴナン。いくら俺に心配掛けたくないからといっても、この手紙は……」
2通を見比べ、そう口にしてふふっと笑うアドルフ。これを読んだリカルドが、ゴナンの意志を尊重しつつ、でも慌てて補足の手紙を書いてくれたであろうことが想像できる。その様子を面白く感じて、ゴナンの強がりな手紙を再度読み始めた。
と…。
「ゴナンからか?」
と不意に声を掛けられた。ビクリ、と体を震わせ声の方を見る。長兄・オズワルドが立っていた。
「……あ、兄さん…。バレちゃったか…」
「お前が作業をサボるなんて珍しいから、探していたんだ」
オズワルドは、屋敷にライラの姿があることに気まずそうにしていた。自分を探すなどと言いながら彼女から逃げ出してきたのではないかとアドルフは推測するが、口にはしなかった。
オズワルドはアドルフの手元にある手紙に目を遣る。
「読む?」
「……いや。お前宛の手紙だろう。俺は読まないよ。……ゴナンはどうだって?」
「うん…。まあ、いろいろあっているようだけど、やっぱり体調を崩したみたいだね。すごい高熱が出たって」
「そうか、やはりか…」
「ツマルタって街では、咳もひどかったみたい。ケガもしたようだけど」
「……」
「まあ、でもちゃんと治ってるみたいだよ」
そのアドルフの報告に、ふう、と少し息をつくオズワルド。ゴナンのケガの件には、あまり興味を持っていない様子だ。
「それは何だ?」
「…、あ、そうだった。手紙と一緒に託されたらしいんだけど」
そう言ってアドルフは、籠にかけられた布を外す。そこには一羽の鳥が大人しく入っていた。
「……鳥…? 何の鳥だ、これは?」
「あ、もしかして……」
アドルフは籠に入っている手紙に目を通す。
「ああ、やっぱり。これは鳩という鳥で、決まった場所に手紙を運ぶ『伝書鳩』らしい。箱は巣箱で、エサも入っている…。この村にこの鳥の巣ができれば、ストネとここを行き来するようになって、手紙の返事も出せるし、『外』との連絡が簡単になるって。巣を作ってもらう方法も書かれてある」
「『伝書鳩』…。鳥で手紙を運ぶ…、そんな方法を取るんだな」
オズワルドもアドルフも、鳩を見るのは初めてだった。その白い鳥をまじまじと見つめる。
「外との連絡が容易に、か……」
そう呟くオズワルドを見遣ると、アドルフは無言のまま鳥を興味深く見て、そして籠の扉を開けてみた。
「あ……!」
とたんに鳩は籠から飛び出し、そして空へと飛び立っていった。あっという間だった。
「……逃げてしまったか…」
オズワルドはそう呟き、そしてふう、とまた息をついて、屋敷に戻っていく。アドルフは鳩が飛んでいった方向をじっと眺めている。
ゴナンが旅立ってから半年近くが経っている。きっとゴナンは、すでにツマルタの次の旅路へと歩みを進めているだろう。もう、16歳になったか。今はどこにいるのだろうか? もう熱は出していないか? 安全に過ごせているのだろうか?
遠く同じ空の下にいるはずの弟を思いながら、アドルフはずっと空を見つめていた。

〈「アドルフへの手紙」終わり〉
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