連載小説「オボステルラ」 番外編5「鍛錬のミリアさん」(4)
番外編5「鍛錬のミリアさん」(4)
時は進み、無事ゴナン・リカルドと巨大樹の街エルダーリンドで合流した後、遺跡を拠点に巨大鳥探しを始めたころである。
今日の探索を終え、夕食の準備までの僅かな時間に、遺跡周辺で素振りの鍛錬に励むミリア。近くで狩りを済ませて来たゴナンは、そんなミリアの姿をじっと見ている。
ちなみにミリアがおこなっているのは、まだ最初に習った1つ目の基本の素振りだ。鍛錬の積み重ねの効果が出ているのか、体力はちゃんと付いているらしく、以前よりは回数を多くこなせるようになってきていた。とはいえ弱々しい振りはそのままで、ディルムッドはなかなか次の型に進めることができない。
獲物を捌きながらも、時折ミリアをじっと見ているゴナン。ミリアはその視線に気付く。
「まあ、ゴナン、どうしたの? 私も夕食の準備を手伝った方がよいかしら?」
「え、いや、こっちは大丈夫だよ。すごく一生懸命頑張ってるなあと思って」
ゴナンはいったん手を止めて、ミリアの方に近づいて来ながらそう答える。
「ええ、そうね。こういうことは積み重ねが大事だってことは、ゴナンの様子を見て深く理解しているから」
「俺も全然、まだまだだけどな」
「それに……、同じ女性なのに、エレーネもルチカも、とても強いじゃない。ルチカなんて、あのディルを蹴り飛ばしたりしていたでしょう? わたくしも、ディルを蹴り飛ばしてみたいわ」
この日は、『もう一つの遺跡』でルチカが女性だと分かった数日後である。ミリアのその物騒な願望に、近くで様子を見守っていたディルムッドがピクリと反応する。
「ご所望でしたら、私はいくら蹴っていただいても構いませんが……」
「まあ、ディル。そうすると、あなたはわざとらしく飛ばされる振りをするに決まっているじゃない。それはそれで楽しそうだけれど、そういうことではないのよ。……わたくしだって、何かがあったときに、自分で対処できるようになりたいの」
「うーん、まあ、でも、あの2人は、普通の女の人とはちょっと違うって感じがするけど…」
そう言って、遠くで夕食の準備を行うエレーネに目を向けるゴナン。しかし視線に気付きエレーネが見返すと、さっと目線をずらしてしまう。
そうして、ミリアの素振りの様子を見て、ゴナンはまた話しかけた。
「ミリア、その素振りだと、見た目はちゃんと振れているように見えるけど、なんていうか、力が入ってない気がする」
「え?」
その申し出に、ディルムッドとナイフも「お」と反応する。的確な指摘だ。
「まあ、そうなの? どのようにすると良いかしら?」
「え……と」
聞かれて、ゴナンは戸惑ったようにディルムッドを見た。自分が教えても良いものかと心配したのだ。ディルムッドは優しく頷く。
(あらあら、ゴナン先生はどんな指導をするのかしらね)
ナイフも興味深く、夕食の準備の手を止めて見守る。ゴナンはミリアの木剣を借りて実践しながら教え始めた。
「ミリアのはさ、こう、ひゅーい、って感じだけど……」
「えっ? え、ええ……」
「多分、もっと、こう、ひゅおっ、て感じにやったほうがいいよ。足も、ふって、いや、違うな……、ふん、て感じでこう踏んで…」
「ひゅーい、ではなくて、ひゅおっ…」
「それで、腕のここを、きゅりってすれば、もっと……」
「きゅりっ…」

そう言って木剣を返されるが、戸惑った表情のミリア。ナイフは苦笑いしている。
(ゴナンは、感覚で学ぶタイプ……。決して教え上手ではなさそうね…)
武芸でも学問でも、感覚タイプと理論タイプ、どちらもいるものだ。ゴナンはどうやら前者のようである。
ミリアはしかし、真剣な表情で、「ひゅーいではなくて、ひゅお……、足を、ふん……、腕をきゅりっ」と先ほどのゴナンの動作を反芻しながら動いてみる。と……。
「あら、なんだか、わかったわ、ゴナン」
「うん、今のは少しいい感じだった」
(……えっ?)
ミリアの言うとおり、確かに振る剣に少し力が入った。驚くナイフ。ミリアはそれを何度か繰り返し、そして「ひゅおっ」な動きが身についていく。
(……驚いた、ミリアには通じたのね。何か、感覚的な波長が合ったのかしら)
教えられる方も、理論より感覚的に教えてもらう方が理解しやすいタイプもいる。ミリアはその典型かもしれない。ディルムッドも興味深そうにその様子を見ていた。
「なるほど……。参考になるな。ミリア様には口でくどくどと理論を説明するより、あのように擬音で教える方が伝わりやすいのか…」
「といっても、あのゴナンの教え方は逆に難しいわよ。ミリアでなければなかなか理解できない言い回しね」
そう苦笑いするナイフ。なんだか、ミリアの素振りが格段に良くなっている。その様子を、ディルムッドは複雑そうな表情で見ていた。
「……ミリアの剣の技術が上がることを、あまり歓迎していないような表情ね」
「ん?」
ナイフに指摘されて、驚くディルムッド。そして情け無さそうに笑う。
「……あなたには何でもバレてしまうな。とはいえ、ミリア様が上達しないように手を抜いて教えていたわけではないぞ」
「それはもちろん分かっているわよ。最初はあんなに絶望的、いえ、壊滅的な状況だったのに、ここまでになるまで、本当に根気強く教えていたからね」
そうウインクするナイフ。そして、物憂げなディルムッドに提案する。
「……敵と戦うとかはともかく、護身用に小さな刃物を持たせるくらいは、問題ないんじゃないの? ナイフ状のものが危なそうだったら、暗器系のもっと小さな刃物でも…」
「……」
「私みたいに教えで縛られている訳でもないし、別に武器を身に付けるのは構わない気がするけど」
言われてディルムッドは、必死に素振りに励むミリアをじっと見つめる。そのまま、答えた。
「いや、ナイフ。私はミリア様に、本物の刃物を持つことを許可するつもりはない。どれだけあの素振りが上達しようとも」
「……どうして?」
女性とはいえ、貴い身分の人が護身用の武器を隠し持つことは、ままあるものだ。ましてや王女様ともなれば、むしろそうあって然るべきのような気もするが…。
「……武器を持つと言うことは、ご自身を傷つける手段を持ってしまうということだ」
「……?」
「……ナイフ。王族というのは、我々が思う以上に誇り高い方々だ。ミリア様も今はあのように市井に馴染んでいるように見えるが、決して例外ではない」
「…まあ、それはわかるけど…」
「……それで、万が一、万が一だが、何か尊厳を損なわれるような出来事が起こってしまった場合、そしてそれが、国のためにならない結果となりうる場合、生きて恥をさらすよりも迷わず自ら命を絶つ道を選ばれる、そのように教えられ、育った方々だ。私はそれを目の当たりにしたことはないが、過去を遡ればいくらでも前例はある。時には、我らショーン騎士の手でその所業が行われたこともな」
「……」
「……しかし私は、王族に従う騎士として、このような考え方は誤りかもしれないが、ミリア様の身に例え何が起ころうとも、そのような選択をしてほしくないのだ。死んでしまっては、全てが終わりだ。誇りも尊厳も、生きてこそなのだ、全ては」
ディルムッドの脳裏には、今もう亡いかつての主君と弟の姿がよぎっている。
「そのための手段を、少しでも排除したい。だから、ミリア様が武器を携えられることをよしとはしたくないのだ。私の我が儘でも、あるのかもしれないが……」
「……」
眉間にぎっと皺を寄せ、厳しい表情でうつむくディルムッド。ナイフは必死に剣を振るミリアの姿を見ながら、しばし考え、そして口を開いた。
「……あなたは現状、『元』騎士でしょ。ただの一般市民の考えとしては、それは全く誤ったものではないと思うわ。生きてこそ、だというのは何にも勝る真理よ」
「……」
「……それに、ミリアがそのような選択を迫られる場面に遭わないよう、あなたがついていて、そして私が自分の店もほっぽり出してここにいるんでしょ? もっと自信を持ちなさいよ」
「……ああ、そうだな…」
諭され、ディルムッドはふう、と息をつく。その様子にナイフも小さくため息をついた。
「……ま、確かに、そういう意味でも、ミリアが武器を持つ必要はないのかもしれないけどね。あなたがミリアの盾であり、剣なのだから、ディル」
「……」
そう微笑むとナイフは立ち上がり、夕食の準備の続きに取りかかった。ゴナンも獲物の調理に向かい、ミリアはまた一人、一生懸命に木剣を振り始める。
と、エレーネがミリアの方へやって来た。
「ねえ、ミリア。さっきゴナンと私の方を見ていたようだけど、なにか用があったのかしら?」
「え? ……あっ…!」
と、ミリアの叫び声と共にその小さな手から木剣がスッとすっぽ抜けた。そしてそれはそのまま、まるで狙い澄ましたかのように、エレーネのおでこめがけて飛んで行く。なまじ力を入れるコツが分かったせいか驚くほどのスピードで飛び、避ける間もなくコン、とエレーネの眉間に当たる木剣。
「……いっ」
「エレーネ! 大丈夫? ごめんなさい、わたくし、わたくし…。淑女のお顔に……」
慌てて駆け寄るミリア。エレーネは少し痛そうにうずくまるも、すぐに立ち上がって「大丈夫よ、急に話しかけてごめんなさい、気にしないで」と答えた。
(……見事に、急所に向かって飛んだわね…)
冷や汗をかきながらその様子を見ていたナイフ。あれが本物の剣だったらと思うとゾッとする。
(確かに、ミリアに刃物を持たせるのは危険だわ、いろんな意味で…)
[鍛錬のミリアさん・了]
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