連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 6話「巨大樹の街」(2)
6話「巨大樹の街」(2)
出発から3日経った午前。
「ゴナンくん、ほら、見なよ、樹が見えてきたよ!」
御者席からイライザがゴナンに声を掛けた。荷台でウトウトとしていたゴナンははっと目を覚まし、のぞき窓から前方を見る。そこには、まだはるか遠くにあるはずなのに、空高くそびえ立つ大きな樹。麓の街はまだ、見えない。
「……えっ、こんなに、大きいんだ…!」
「近くに行くと、もう、見上げても見上げてもてっぺんがわかんないほどだよ。本当に、すごいよねえ…」
そういうイライザに、うんうんと頷くゴナン。
(……こんなに大きな樹なのに、エルダーリンドに来たときに巨大樹を目にしていないって、リカルド…)
巨大樹の大きさを知ることで、リカルドのその挙動の異常さを改めて理解するゴナン。そうこうしているうちに、馬車はエルダーリンドの街へと到着した。
「さてと…、私達も観光したいところではあるけど、お客さんが待ってるからね、残念だけど」
馬車を駐めてゴナンをおろし、イライザが少し口惜しげに呟く。
「巨大樹には大きな洞がいくつかあってね、観光客が入れるのもあるそうだよ。余裕があれば、行って見なよ」
「…はい…。あの、本当にありがとうございました……」
ゴナンは一行に深々と頭を下げる。その健気さに、温かな微笑みを浮かべる大人達。
「元気でな、ミラニアのナイフちゃんにもよろしく。無事、会えるといいな」
「はい、サイロスさん。ありがとうございます…」
「ゴナンくん、ここは観光の街だからそこまで治安は悪くないけど、その分、いろんな地域や身分の人がいるから、くれぐれも気をつけてね。その剣は肌身離さず持っておきなさい」
「はい」
そうして、温かな笑顔を残して、イライザ達は去って行った。1人残るゴナン。少し物寂しさに襲われたが、すぐに前を向き、歩き始めた。イライザが肉を買い取ってくれたお金がある。ひとまず、1日でもいいからベッドで眠りたいと思ってしまった。まずは宿屋を探しに、宿屋街へと向かった。
エルダーリンドの中心街、レンガ敷きの大通りを歩く。
往来を多くの観光客とおぼしき人々が行き交っている。服装も人種も様々で、いろんな場所から多くの人が訪れている場所のようだ。通り沿いのお店も元気が良くて、土産物店や飲食店の呼び込みの声がそこかしこで響いている。お店も大きな看板や派手な色合いの建物が多く、目に入ってくる色や文字や、情報がとても多い。そんな観光地の喧噪をキョロキョロ見たり聞いたりしながら、ゴナンは歩みを進めた。
* * *
すぐに、宿屋街は見つかったが…。
「1泊、3000アスト…」
ゴナンは宿屋の受付で愕然としていた。ストネやツマルタでの感覚だと、安いところでは100~200アストで泊まれる宿もあった。とても、高い。
(高級な宿に入っちゃったかな……)
ゴナンはキョロキョロと宿を見回すが、そこまで高そうな雰囲気はない。そんなゴナンの振る舞いに、この少年は手持ちの金がないと判断した宿の主人は、冷たく言い放つ。
「エルダーリンドは観光地だからな、どの宿もこのくらいの価格だよ。うちより高い宿もたくさんあるぜ」
「……!」
実はイライザ達はエルダーリンドの中で観光をしたことがなく、この街の物価の相場があまりよく分かっていなかった。数日は十分に過ごせるだろうと渡したはずの金額が全く足りないことになるとも思っていなかったのだ。
(……仕方ないか…。野宿するしかないかな…)
久々にベッドの心地よさを感じたかったが、仕方がない。
(大丈夫。俺は、もともとは、どこ寝たって、へっちゃらだから…)
冷たくあしらう宿の主人に、ゴナンはペコリと頭を下げて、宿を出る。まだ夜までは暇がある。ゴナンははっと思いついた。
(そうだ…。どこかで干し肉や燻製は売れないかな…。そうすれば、少しは足しになる)
全部イライザに渡してしまわなくてよかったと安堵しながら、市場らしき場所を探すゴナン。しかし、宿屋や飲食店や土産物店が多く並ぶが、市場のような場所が見当たらない。うろうろと歩き回っていると、飲食店街の隅にようやく、一軒の食材店を見つけた。
ツマルタでのリカルドの振る舞いを思い出しながら、食材店に入るゴナン。
「あの…、すみません…。ここは、食材の買い取りは、していますか…?」
「ん? ああ、やっているよ」
細身の壮年の男性が応える。しかしゴナンの風貌を見て、少し怪訝な表情になった。ゴナンは極力、胸を張って、自信ありげな表情を作って、大事に葉に包んでツルで留めていた干し肉と燻製肉を出す。その様子に、さらに眉をひそめる主人。
「あの…。これ…、俺が獲ってすぐにさばいて…、加工して…、それで、湖の岩塩で味付けも、しています…。これが野鳥で、これはミニボアで…」
「……これを、お前が……?」
ジロリとゴナンを睨むように見る主人。ゴナンはめげずに説明を続ける。
「あの……、おいしいと思うんですけど…、よかったら、試食をしてもらっても……」
そう言って、一番の自信作であるミニボアの燻製肉を差し出すゴナン。主人は眉をひそめながらも、恐る恐る一口だけかじる。
「……うん…。まあ、味は、悪くないな」
「……あの…、買い取って欲しいんですが…。それか、もし、新鮮な肉が必要だったら、俺、獲りに行きます」
そう、必死な表情で申し出るゴナンに、主人は肩をすくめてゴナンを観察する。
どう見ても成人前の少年だし、全体的に小汚い。上衣の腕の部分が不器用に繕われてまるで蚯蚓が這っているかのようだし、繕われていない場所もあり、不格好な刺繍まで入っているところを見ると、服を買う余裕もないほどの貧乏人のようだ。しかし、高価そうな毛皮を持っているし、剣や弓も良さそうなものを下げている。このアンバランスさが、どうにも怪しい。

「……うーん…。君ね、こんな葉っぱに巻いてきて、衛生面がちょっとね…。それに、本当に君が獲って加工したの? そこらに落ちていた獣の死体を加工したり…」
「ち……、違います…。ちゃんと、俺が……」
「ともかくねえ、この街は貴族も多く訪れる観光の街だから、食材の衛生面には気をつけたいんだよね。どこの誰ともわからない君からは、買い取れないかな」
「……」
そう言われて、ゴナンは無表情ながらも落胆の光を瞳に宿す。
(……やっぱり、俺じゃ、リカルドみたいにはうまくいかないな…)
黙りこくってしまったゴナンに、主人は口元を歪ませながら、こう提案した。
「…まあ、どうしてもお金が必要って言うなら、1個2アストだったら、買い取るけど?」
「2アスト…」
今、ゴナンの手元にあるのは、干し肉と燻製肉合わせて40個ほど。全部売ったとしても80アストだ。しかし、これから冬が来ることを考えると、全ての干し肉を手放すのは心許ない。
「……いえ…。大丈夫です。……ありがとうございました…」
そう、ペコリと頭を下げるゴナン。店を去ろうとするとき、主人はゴナンに声をかけた。
「……ていうかさ、その背中の毛皮とか腰の剣を売ればいいじゃない? 俺の見立てだと、どっちも結構な金額になるよ? その弓もなかなか良さそうだけど」
「……いや、それは……、しません……」
リカルドがくれた大切な剣や弓、老人が気に入って使っていたという毛皮、どちらも、宿代なんかのために手放す気には到底なれない。ベッドに寝たいというのはただの贅沢で、自分は野宿だって大丈夫なのだ。ゴナンは即答すると、もう一度ペコリと頭を下げ、店を出た。
(…やっぱり、俺の見た目がダメだったのかな…。ちゃんと、ミリアがオシャレに刺繍をしてくれた服を着ているのにな…)
そうぶつやきながら、ゴナンは軒並みの飲食店の看板を見る。どこの料理も驚くほど高いし、価格が表示していない店も多い。観光地という場所の特異さに、ゴナンは驚いていた。
と、歩いている内に飲み屋街らしき通りに行き当たった。ストネの『フローラ』があった飲み屋街と雰囲気は似ているが、やはりもっと全体に圧が強い感じを受ける。道行く人を吸い込もうとギラギラしているような、そんな圧だ。
そうだ、とゴナンは思い立つ。
(こういうお店だったら、『フローラ』でいろいろ教えてもらっているから、働けるかも…?)
こんなにたくさんのお店があるのだ。年齢を18歳だとごまかせば、どこかは雇ってくれるかもしれない。『フローラ』のように住み込みで働ければ、なおよい。
「……よし…」
ゴナンは自分の体をパタパタとはたいて極力汚れを落とし、そしてなるべく18歳に見えそうな表情を頑張ってつくる。そうして、準備中の飲み屋街のお店に飛び込んだ。
↓次の話↓
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