連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 11話「もう一つの遺跡」(5)
11話「もう一つの遺跡」(5)
(たすけて…、だれか……。だ……、して、出して……! リュ……)
悪夢の中から、はっ、とルチカは目覚めた。
周りを見渡すと、暗い。しかし、そばに焚き火の明かりがあり、空には星々の煌めきもあり、広い大地が広がっている。人の気配もある。ルチカにとっては、夜は明るい景色だ。大丈夫、あの暗くて狭い「怖い場所」じゃない……。
「あ、ルチカ、気がついた?」
すぐそばでミリアがそう、声をかけてきた。ルチカの脂汗を拭いてくれていたようだった。誰かの寝袋に寝かせられている。
「あれ、ええと……」
記憶が混乱している。上半身を起こして頭を抱えるルチカ。
一行が拠点にしている遺跡の外で、皆が焚き火を囲んでいる。ちょうど夕ご飯を終えたところだった。
「…お前は愚かにも、暗くて狭い場所に自ら飛び込んでいって、動けなくなっていたのだ。……大丈夫か?」
ディルムッドが遠くから声をかけた。話す内容は冷たいが、温かい口調だ。ああ、そうだった、と一気に思い出す。一行にも、なぜルチカがこのような状態になったのかの説明が成されているようだ。
「…トラウマかな。相当ひどい感じだね。普段の生活で不都合はないのかな?」
リカルドも心配そうに尋ねる。その横でゴナンがハッと気付いた。
「あ、だから、俺に『寝るときは発光石を付けておくのが、都会の寝方だ』って教えたのか」
「え?」
「……」
『フローラ』にルチカが潜入していたとき、ゴナンは寮で同室だった。村から出たばかりのゴナンは、街の暮らしが全く分からない状態。そんなゴナンに、部屋が真っ暗な密室にならないよう、そう教え込んでいたのだ。リカルドも納得する。
「なるほど……。どおりで、ゴナンはいつも部屋を明るくしたまま寝てるから、不思議だったんだよね。てっきり、僕が寝支度をしやすいようにつけてくれているのかと思っていたけど、そういうことか…」
「そうだよね…。リカルドはいつも照明を消してるから、おかしいなって思ってはいたんだけど…」
「都会の人も田舎の人も関係なく、明かりは消して寝ていいんだよ。真っ暗の方が、寝やすいだろう?」
ルチカの教えを従順に守り続けていたらしいゴナンに、リカルドはそう教えて、ゴナンも頷いた。そんな呑気なやり取りを、気まずそうに見るルチカ。
「……多大なご迷惑を……。ありがとう、助かった…」
「そう思うなら、これから邪魔をしないでもらえるとありがたいけどな」
リカルドが近寄ってきて、ルチカにニコリと微笑む。
「それは無理だね。同じものを目指している限りはね」
「やっぱり、だめかぁ」
「ああ、それより」
ディルムッドが、話題を変えた。先ほど何かに気付いた点だった。
「ルチカ、お前、もしかして、女か?」
「えっ? うん、そうだけど」
「えっ?」
「えっ?」
ディルムッドの言葉に、その場の全員が驚きの声を挙げた。そしてその反応に、ルチカもまた驚く。
「いや、体を抱えてみると、筋肉がどう考えても女性の感じだったから、まさか、と…」

そう続けるディルムッドに、ルチカは頭を抱えてしまった。
「……前から思ってたんだけどさ。そもそも、みんな私を男性だと思い込んでるの、おかしくない? 私、どう見ても女性だと思うけど」
「いや、だって、『フローラ』で男だって言ってたから…」
ゴナンが驚きの表情で、ルチカをまじまじと見る。なぜかルチカは男だと信じて疑わなかったが、そう言われてみれば男性と言うには無理がある体格だ。身長は今のゴナンより少し低いくらいだが、線の細さはただ「華奢」というだけでは説明がつかない。リカルドも、焚き火に照らされるルチカの顔をまじまじと見る。
「つまり、『フローラ』では、美しく女装した男の振りをしていたけど実は単に美しい女性で、なのに、その、自分の胸の上にさらに胸の詰め物をしていた、というわけ? ややこしいな?」
「『自前の』が貧相なもので。一応、布で押さえてはいたんだけどね。ちゃんと武器を身に付けておきたかったから」
「そもそも、女性の身で女装バーに潜入するなんて、随分と無謀なことを…」
「そうかな? でも、結果オーライでしょ」
リカルドにイヤそうな顔を向けるルチカ。
「ナイフちゃんも気付いてなかった?」
「ええ、全く。不覚ね……」
人間洞察力に優れているナイフですら、なぜかルチカが男性であると疑いもしていなかったようだ。その様子にリカルドも驚く。
「ていうかさ、『フローラ』関連の人たちは、まあ、私も美少年を騙って入っていたわけだから、100歩譲って仕方が無いかもしれないけど、ディルさん」
ルチカはディルを睨む。
「ディルさん、あなたは城でも私のことを男だと思っていたようだケド」
「あ、ああ。というか、国王陛下もアーロン殿下もキールも、城の誰もがそうだったぞ」
「いやいやいや、まかりなりにも王太子サマの部屋にも立ち入ってる人間なのに、性別すら正確に把握してないって、王城の人改めはどうなってんの? 大丈夫なの?」
そう言われてディルムッドは、ぐっと言葉につまる。
「それは返す言葉もないが…。しかし、お前を男だと思っていたからこそ、…アーロン殿下はお前をミリア様に決して近づけるなと、きつく命じられていたのだ」
「まあ、どういうことかしら?」
そういえばツマルタでも同じ件を聞いたが、ミリアはその理由を教えてもらっていなかった。ミリアの問いにディルムッドはやはり、気まずそうな表情をしたが、今度はきちんと答える。
「……その、アーロン殿下はかなり…、過剰なほどにミリア様のことを、心配、されており、見目の美しい男性は特に、極力、いや絶対に、近づけないようにと…。悪い虫をつけるなとの指示、いえ、ご命令でした。かなり厳しい、お達しでした」
「……なんだそれ。あの、ゆるふわ王子…」
呆れてため息をつくルチカ。ミリアも「お兄様ったら…」と少し顔を赤くする。もったいぶった割に、わりとどうでも良い理由であった。
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