連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 10話「みたび、遺跡のリカルド」(3)
10話「みたび、遺跡のリカルド」(3)
翌朝。
「まあ、それなら、わたくし達も一緒に行きましょう」
皆でそろって、宿の食堂で朝食中。ゴナンとリカルドが先に街を出て野営する旨を伝えると、食堂でミリアが、鈴のような声でそう口にした。
「でもミリア。お前、疲れもたまってるだろ? ちゃんとベッドで寝ないと…」
「ゴナン、わたくしは大丈夫。十分に休んだわ」
ゴナンが髪を切って整えたので、以前のように切り揃えた前髪を下ろしているミリア。スッと背筋を伸ばしてそう答えるが、エレーネも反論する。
「ミリア。探索する遺跡周辺は、この街からそう遠くはないわ。ウキのときのように、日中は水場を巡って夜は街に戻る…、そういう探索で十分なのよ。確かに宿代は多少、かさみそうだけど…」
「それに、随分寒くなってきています。一応、野営の冬装備は調えてはいますが、それにしても温かな部屋のベッドで眠るのとは大違いです。水浴びだって、御身にはかなりつらいでしょう。宿が使えるのなら宿を拠点にした方が良いかと…」
ディルムッドも説得するが、ミリアはまったく聞き入れる様子がない。困ってしまい顔を見合わせるエレーネとディルムッド、ナイフ。ミリアは続ける。
「そもそも、せっかく合流できたのにまたすぐ離れてしまうなんて、よくないわ。それともリカルドは、やっぱりわたくし達とは行動を別にしたいのかしら?」
「いや、そういうわけではないんだけど……」
「すぐ野営に出たいのは、俺のワガママなんだよ。でも、ミリアは街に残った方がいいよ。探索は一緒にすればいいから」
ゴナンがリカルドをかばうように説明する。ゴナンがワガママを言うのが珍しいと感じているが、それでもミリアは納得せず、少し言葉を考えている。
「……でも、わたくし、この街にいたら、貴族の方にぶつかって蹴られてしまうかもしれないわ」
「えっ?」
どういう理由付けよ、と会話を見守っていたナイフが心の中で思うが、口には出さない。
「……そうよ。わたくしはまだ、街の中での振る舞いに問題があるから、きっとうっかり、そこらを歩く貴族の方にぶつかってしまうわ。とても危ないのよ、わたくしがこの街にいると」
「いえ、私がついておりますので、そのようなことにはならないかと……」
「ディル、ここは黙っておいた方が良い場面よ」
ナイフが思わずディルムッドにツッコむ。ミリアは高貴なオーラを放ちながら宣言した。
「ね、わたくしも行くわ。皆でこの街を出ましょう」
ディルムッドは職業病でついピッと背筋を伸ばし気をつけをしてしまった。王族オーラの無駄遣いである。

しかし、ディルムッドは少し考えた。
「…だが、ぶつかる云々はともかく、貴族の来訪が多いということは、もしかしたらミリア様のお顔を見たことがある人物と会ってしまう可能性が高いということでもある。そう考えると、確かにあまり長居は好ましくないかもしれない…」
「あっ、そう、それよ、ディル! そうだわ、あまり長居はよくないわ」
ミリアがその言葉に激しく同意した。もう、話の流れは決まったようだ。
「……仕方ないわね…。じゃあ今日、皆で仲良くチェックアウトね。準備しましょ」
ナイフは肩をすくめてそうこぼし、皆も頷いた。そうして食事を終わらせて、各々、準備をするために部屋へと向かう。通りすがりにナイフはミリアに、少しからかうように声をかけた。
「……もう、ゴナンとひとときも離れたくない、そんな感じかしら?」
「えっ? ゴナン?」
言われてミリアは、驚いたようにナイフを見る。
「……そんなことでは、ないけれど……」
「……あら、そうなの?」
答えてミリアは目を伏せ、少し小走りで部屋へと戻っていった。
* * *
「あれ?」
宿を引き上げ、馬と幌馬車で移動をしている一行。街を完全に出るまでは引き馬で移動しており、ゴナンもリカルドと共に馬車の外を歩いていた。街を抜け、さあ乗馬しようと言うときに、ゴナンが声を上げた。
「どうしたの? ゴナン」
そう尋ねるリカルドの頭には、ラギオンからもらった毛皮の上着が掛けられている。「巨大樹がリカルドの視界に入らないように」とゴナンが掛けたものだが、本当は例の医者からリカルドの顔を少しでも隠したいためであった。まだ日中は毛皮を被っているとなかなかに暑いが、ゴナンが掛けてくれたので、そのまま汗をダラダラかきながらも被っているリカルド。
「……いや…、ここ、俺がこの街に着いてから野営をしていた場所なんだけど……」
「あ、本当だ。木と葉っぱでで作ったテントがあるね。上手だなあ」
そこには、ゴナンが作ったそのままの姿で木のテントが立っていた。丈夫に作ってあるため、いますぐにでもここで寝られそうだ。
「……ゲオルクさん、壊したって言ってたのに……」
「? どういうことだ?」
ゲオルクの名を聞き、ディルムッドも尋ねる。ゲオルクに拾われてからのことを説明するゴナン。聞いてふふ、とディルムッドは笑う。
「なんとも愉快な御仁だな。行いが洗練されているようでいて、意外に不器用というか」
「なんかいつも、気がつくとベッドに剣とかナイフとか弓を添い寝させてきて、ちょっと変な人だなって思った……」
「なんとかゴナンに元気になってほしかったんだろうな。優しい方じゃないか」
そう優しく微笑むディルムッドの顔をじっと見上げるゴナン。ゲオルクがディルムッドのことを「弱い」と言っていたことを思い出してしまった。
「……ん? どうした? ゴナン。苦虫をかみつぶしたような顔をして」
「いや……。あの…、でも、俺はあの人、やっぱり怖いなって思ってて……」
「……」
「……ディルのことは、強いけど、弱い……、って言ってた…。俺、それ、頭にきちゃって……」
「……」
そう聞き、ディルムッドはふーむ、と感心したような表情になる。
「…いや、確かに恐ろしい人だな、ゲオルク殿は。そこまで見透かされているとは。まあ、年の功もあるのかもしれないが……」
「でも、ディルは、弱くなんか……」
「ゴナン。もし私が真に強かったら、今も王城で騎士として勤めを果たしているはずなのだ。ゲオルク殿の指摘は鋭く、誤りではないのだよ」
「……」
それでもゴナンは少し不服そうだった。ディルムッドは優しい笑みをまた浮かべて、ゴナンの頭を優しくなでた。
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