連載小説「オボステルラ」 【第三章】8話「石を運ぶ」(5)
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8話 石を運ぶ(5)
晩御飯の時間。
「……大丈夫か?」
ドズは改めてゴナンに尋ねた。結局、あの後もゴナンは、折に触れて坑夫達にちょっかいを出され続けていたのだ。随分転げて、生傷ができていたように見えた。ゴナンはこくりと頷く。
「別に、平気。さっき、あの岩の裏で薬草を見つけたから、それを揉んで塗ってる」
「薬草…?」
というか、この荒れ地に草など生えているのか? ゴナンはもう一度、頷いた。
「うん。昨日、用を足しに行くついでに、見つけた。あの岩山の裏に、少し高く土が積もってて、その上に小さな草むらがあった。なんか、植物がありそうな気配がしたから…。ちょっと草もかじってきたよ」
「知らなかった。…驚いたな…」
「他の人には、教えないけど…」
そう言って口をとがらせるゴナン。特に抵抗はしないものの、やはり昼の所業には憤っているようだ。あまりにもされるがままだったため心配していたが、その反応を見て安心するドズ。
「ああ、それがいいだろうな。傷はきちんと水で洗うんだぞ。こっそり樽の水を使うんだ。洗濯の日はいつだったかな…」
洞には樽に注がれた水が飲料用に備えられているが、傷を洗うのに使っているのが見つかると、咎められてしまうかもしれない。ここでは、数日ごとに服を洗濯の日があり、その日は大量に水を使える。といっても皆、着の身着のままなので、裸になって服を洗い、着たまま乾かすか、乾くまで裸のままでいるしかない。
「うん…」
こくりと返事をして、パンをモグモグと噛みしめながら食べるゴナン。今日は星明かりのみなのでよく見えないが、特に様子は変わらない。本当に大丈夫そうだ。
「…さっきは、私兵に何を咎められていたんだ? 俺の方にはよく聞こえなかったのだが…」
「うん…。あの、俺たちが運んでいる黒い石って、何なんだろうと思って、聞いてみたんだけど、教えてもらえなくて、代わりに蹴られた」
「石…」
そうか…、と腕組みをするドズ。
「ここは鉱山だからな。掘っているものは恐らく、鉄鉱石で間違いないと思うが…」
「鉄鉱石…?」
「ああ、鉄の元になる石だ。この石を熱して溶かして、固めて、鉄にする」
「溶かして固める? どうやって?」
さらに詳しく聞きたそうな様子のゴナン。しかし、ドズはポリ…、と頭をかく。
「……俺もこれ以上詳しいことは知らないんだ、すまんな。正直、興味がない。黒い石とそれ以外の違いも、よく分からん」
「……ううん。大丈夫。ありがとう…」
「多分、あの私兵にも分からないんだろう。だから、面目を保つためにお前を蹴ったんだろうな。愚かなことだ」
「……へえ…」
そう相づちを打って、ゴナンはドズの顔を見上げる。
「…そういえば、ドズさんは、なんでここに来たの?」
これほどの巨漢で怪力で、人間としての圧も強いドズだ。ゴナンのように攫われてきたとは到底思えない。
「ドズさんも、ここを仕切ってる人たちの仲間?」
「いや、違うぞ。ここの連中が、あまりまともじゃなさそうなのは、気付いてはいるが…。俺にはどうでもいい。興味もないし、その方が都合がいい」
「…?」
「俺は、ただ己を痛めつけ続けられる場所を探していたんだ。ここはちょうど良かった。志願して、働かせてもらっている」
「志願して…」
確かに、ドズが望んで来たのでなければ、あの屈強な私兵達とはいえドズを思うようには扱えないだろう。
「自分を、痛めつける…?」
「……そうだ…。俺は、許されない過ちを犯した。自分で自分を罰するため、ここで岩を掘り続けるのだ」
ドズの全身から震えるほどの威圧を感じ、ゴナンはゾクリとした。しかし、すぐに首を傾げる。
「……で、でも…」
「?」
「…俺は、ドズさんは、自分を一生懸命、鍛えているんだと、思ってた…」
「……!」
「何かのために、ここで鍛錬を続けているんだと思ってたんだけど、違うの?」
ゴナンがいつも見つめていた、岩壁を割るドズの後ろ姿。巨大なツルハシを全身全霊で打ち込み、岩を穿つ。妥協や漫然の気配すらない。一振りごとに限界のその先を、さらにその先を追究しているかのようだった。いや、自分への怒りをぶつけているような、全身で泣いているような…。その情念が湯気のように、いつも背中から沸き起こっているかのように見えていた。
「…何かのために、自分を…」
ドズはそう口にして、押し黙ってしまった。
(…ギャングって、怖い人たちの集まりだよな。犯罪とかもするっていう…。何か、仲間の敵を取ったりとか、そういうのがあるのかもしれない…)
「…また、今日のようなことがあったら、助けに入ろうか? 俺ならお前を守れると思うが」
ドズは話題を変えた。そう申し出るドズに、ゴナンは首を横に振る。
「……守ってもらわなくても、大丈夫だよ。大したことじゃないし。いつも兄ちゃん達に苛められてたから、慣れてるし」
「…弟を苛めるとは…。兄とは、あまり関係がよくなかったのか?」
「…あ、俺を苛めていたのは、二番目と三番目の兄ちゃん、双子なんだ。一番上の兄ちゃんは、苛めはしないけどあんまりしゃべってないかな。父さんが死んで、父さんの代わりだったし。でも、すぐ上の兄ちゃんは、とっても優しかったし賢くて、俺に、文字とか計算とか、いろんなことを教えてくれた」
「……五男で、ゴナンか…。なるほどな……」
その雑な名付け具合に、家族の中でのゴナンの立ち位置を把握するドズ。
「…で、その村を出て、お前はどうやってここに来たんだ?」
「……!」
そう聞かれて、ゴナンはうつむいた。
どうやらドズは、この鉱山にいる男達がどうやって集められているのかを知らない様子だ。自分がおいしい話に引っかかってしまい、騙されて攫われてきたということを、この立派な男には伝えたくなかった。
「……が、頑張って、来た……」
「……」
「…こ、ここでも頑張って、お金を稼いで、それで、ここを出るから……」
「……そうか……」
ドズはそれ以上、詮索はしなかった。ドズ自身も、彼に全てを話しているわけではないからだ。まあ、人にはそれぞれ、事情というものがあるのだろう。しかし…。
(…ここの連中が、そんなにまともに、報酬など払うものだろうか?)
ドズはただ、自分自身を痛めつけることだけを目的にここに居るため、この鉱山がどのように運営されているのか、興味も持っていなかった。それでも私兵達の徹底した見張りや、坑夫達を「生かさず殺さず」の状態で縛り付けていること、そしてあのグレイの嫌な人相には感じるところがある。坑夫達に何か報酬を出している様子も見たことがないし、そもそも、鉱山にこんなに大人数の私兵を配置していることからして、尋常ではない。
(こんな真っすぐな青年が、金を稼ぐために辿り着くような場所ではなさそうだがな…)
うつむいたままのゴナンの横顔を星明かりで見ながら、ドズはそう疑問を抱いていた。
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