連載小説「オボステルラ」 【第三章】16話「彼方に誓う」(3)
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16話 「彼方に誓う」(3)
ふと、エレーネはディルムッドに尋ねる。
「そういえば、ミリアやゴナンの取り調べは必要ないの? 当事者じゃない」
「あ、ああ…」
ディルムッドは少し困った表情でミリアの方を見た。
「?」
「……ゴナンはまだこのような状態であるし、ミリア様は、その、何というか、まあ、私はそれがミリア様の大きな魅力であると思うのだが…」
「……? 何を言ってるの、まどろっこしいわね」
先程までとはうって変わって、もごもごと話すディルムッドに、ナイフが首を傾げる。
「…ミリア様はとても素直で率直な気性を持ってらっしゃるため、取り調べを受けるとその言葉が不要な混乱を招くと思い、『ショックを受けて話せる状態ではない』で押し通した」
(ああ……)
一同は納得した。この、とてもウソが下手な少女が警察の取り調べにかかって、聞かれても疑われてもいないのにあっさり王女であるとバレてしまうことを恐れたのであろう。ミリアは1人、不思議そうな顔でディルムッドを見ていた。
「それにしても、あのミリアのバッグが原因で、僕がストネからつけられていたとは。本当に申し訳ないよ」
帝国男たちがミリアの元に辿り着いた経緯を聞いていたリカルドは、肩を落として呟いた。あの卵型のバッグの王家の紋章にも気付いていたのに、その扱いを甘く見ていた。帝国軍人の手に渡った時点で、もっと警戒すべきだったのだ。
しかし、ミリアはスッと背筋を伸ばして、リカルドに言った。
「…いいえ、これはわたくし自身のせいよ。リカルド」
「…ミリア。だから『不運の星』なんて、ないんだから」
「違うの。『不運の星』もあるけれど、わたくしの振る舞いのせいなの」
いつもの不運の星を嘆くのかとリカルドがなだめようとしたが、ミリアはさらに言葉を重ねた。
「?」
「…わたくし、お家の内鍵を閉めるのを忘れてしまっていたの。そのせいであの男達が侵入することができて、ゴナンが、こんな目に…」
「いや。あいつらは、鍵が閉まっていたら閉まっていたで、窓やドアを破ってでも入ってきたと思うけど…」
「そもそも、あのバッグを盗まれたのだって、わたくしが鍵を掛けていなかったからだったわ。わたくしはこれまで、あまりにも守られることに慣れすぎていた。城から出ると、わたくしの振る舞いの不用意さや稚拙さで迷惑を掛けてばかり。これはわたくし自身の責任なの」
真っすぐな瞳でそう述べるミリア。本来は成人まで城を出ることができない王女様であるし、そもそもはこんな市井で過ごすことのない貴人であるから、そこに責任を感じる必要はないようには思うが…。
(…でも、不運の星のせいにしないミリアは、なんだか新鮮だな)
リカルドは興味深げにミリアの次の言を待つ。ミリアはゴナンの方を見た。
「…だから…。わたくしのせいで、ゴナンがこんな目に…。でも、逃げてとお願いしても、あなたは逃げないから…」
「…当たり前だよ…」
ゴナンが少しうつむきがちに答える。ゴナンにとって、あの場で逃げるというのは絶対にあり得ない選択肢だった。ミリアの手は少し震えた。
「……命が奪われなくて、よかった…。死んでしまったら、何もかも終わりだから」
「……」
少しだけミリアの表情が崩れたように見えたが、すぐに凛とした表情に戻った。
「…ごめんなさい、ゴナン。わたくしは、あなたのように、もっと何でもできるようになりたいわ。すぐには難しいけれど、そう努力するわね」
「えっ?」
ゴナンは、ミリアの予想外の言葉に少し驚いた表情を見せた。
「…俺は何もできないよ。だから、ミリアが攫われるのを護れなかったし……、ゴホッ……」
ゴナンがそこまで口にしたとき、バタン、と椅子が倒れる音がした。見ると、ディルムッドが勢いよく立ち上がっていた。
「ディル…? どうしたの?」
「………殿下、違います…」
ディルムッドはうつむき、体を震わせていた。そしてミリアの前へとやって来て、ひざまずく。ミリアは首を傾げた。
「…殿下。私は間違っていました。資格がない、許されていないなどと、自分のあまりにも矮小でくだらない感情のせいで、また同じ過ちを犯すところでした…。あなたのせいではない。もちろん、ゴナンのせいでもない。私が、あなたのそばに、居るべきだったのです。……喪ってからでは、遅い…」
「……」
ディルムッドは、ぐっと強い瞳でミリアを見つめた。
「私に、1年前の愚を挽回し、そして殿下を守り続ける、その機会をお与え下さい」
「…ディル…!」
ミリアは嬉しそうな顔で椅子から立ち上がる。ディルムッドは頭を下げた。
「…あなたにお仕えします。もう二度と、同じ過ちは犯しません。誓います」
「誓う…?」
「……はい…。彼方の、アーロン王太子殿下に…」
(……そして、キールに…)

騎士が姫に従属を誓う、まるで絵物語のような光景だった。その様を見ながら、リカルドは太陽の明るさの中でまだ姿を潜めている彼方星の紅い光を感じていた。
(…あの星は、あの世、つまり彼方への道しるべであるとの言い伝えもあるんだったな…。死者を思うとき、あの星を見ると夢で出会えるとも…)
しかし、ミリアは従属の命令を授けることなく、代わりに自身もひざまずいた。ディルムッドは同じ目線にやって来た王女に慌てる。
「殿下…」
「ディルムッド。わたくしは今、王女の実は影武者の普通のミリアよ。そんな人に騎士の従者は必要ないの。必要なのは、一緒に旅をしてくれる頼もしい仲間。そして、わたくしだけではなく、皆を守って欲しい。それにね、わたくしは城から出てしまうと、自分では本当に何もできないの。手伝って欲しいわ」
「殿下、……ミリア様」
ミリアにきっと睨まれ、名を呼び直すディルムッド。
「…はい、仰せのままに」
「よろしくね、ディル。嬉しいわ」
ミリアはそのまま、小さな両手をディルムッドの大きな肩に添えた。ディルムッドは大きな体を小さく縮こまらせ、うつむいて、少し体を震わせているようだった。
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