あの日から、トースト愛をこじらせている。
“喫茶店のトースト”の話をさせてください
いっけなーい!遅刻遅刻!と家を飛び出し、駆けていく美少女が咥えていることでお馴染みのアレ、ですよね?と思った、そこのアナタ。
いいえ、違います。
もちろんトーストには、走りながらでも食べられる、簡易的な食事としての一面もありますが、“喫茶店のトースト”は似て非なるもの。
トーストが、喫茶店ごとにこんなに個性の違うものだったとは…!という話をさせてください。
大阪・なんばの「喫茶オランダ」「スイス」、新世界の「喫茶タマイチ」「喫茶ドレミ」「喫茶ニューワールド」「喫茶ブラザー」。
今回、これら6軒の喫茶店を回ってみて、私が何よりも興味をひかれたのは、珈琲でもクリームソーダでもホットケーキでもなく、“喫茶店のトースト”でした。
どの店でも同じ「トースト」というメニュー名ですが、パンの厚みも、焼き色も、切れ込みの有無も、耳の扱いも、全てが違うのです。
いずれにも、ちゃんと理由がありながら、でも正解なんてない。その自由な余白にそれぞれの店の哲学が垣間見えるようで、面白かったです 。
パンが変われば、世界が変わる
最初に気づいたのは、パンそのものの違いです。
その名も「高級業務用食パン」!
単なる高級食パンでも、業務用食パンでもなく、高級!業務用!食パン!という名乗りに見え隠れするプライドをとくと感じていただきたい。
特に社名をよく聞いたのが、大阪の八尾市に本社を構える「木村屋フーズ」の食パン。他には、大阪市西区の「三景屋(みかげや)」、本社工場も難波にある「オリエンタルベーカリー」など。
店によって仕入れ先に違いはあれど、どこも使用しているのは、業務用の高級食パンなのです。朝食は白ご飯に納豆派の私でも、たまにスーパーで買う食パンとは明らかに違うのがわかりました。
リッチなのです。が、クセの無さといいますか、食パン自体の主張はそれほど強くないため、飽きのこない高級感なのです。
どんなドリンクとも相性がよく、手の掛け方次第で、それぞれ喫茶店独自の“らしさ”が出しやすいのが、業務用たる所以なのかもしれません。
嗚呼、なんということでしょう。「まぁ、トーストなら家でも食べられるしな〜」と注文せずに生きてきたあの頃の自分の両肩を掴んで「目を覚ますんだ!」とガクガク揺さぶってやりたい気分です…。
ちなみに、「喫茶タマイチ」では、トーストは山型食パン、サンドイッチは角食パン、と使い分けていました。

パンが変われば、トーストも変わる。当たり前のことですが、これだけでも喫茶店でトーストを頼む理由は充分です。
トーストの厚みには、それぞれの正義がある
関西から関東に行った友人たちは「関東のスーパーに売っている食パンは薄い」と口を揃えます。これはテレビ番組などでも取り上げられたことがあるので、ご存じの方も多いと思いますが、関西では「4〜6枚切り」が主流なのに対し、首都圏では「8枚切り」が売り場のほとんどを占めているといわれ、関西イコール厚切り文化というのが通説です。
しかし、いつでも厚切り上等かというと、そうでもないようです。
「ウチでは単品のトーストは3.5枚切り相当くらいで、モーニングはもう少し薄めです」と「喫茶ニューワールド」のマスターが教えてくれます。
メニューによって、厚みを変えるのはどうしてなのでしょう?
「モーニングは珈琲や茹で玉子と一緒に食べるので、軽めに。焼き時間も忙しいモーニングタイムは中までサッと熱が入る方が素早く提供できるんです。連続で焼くときにトースターがストップしないように、サーモスタットはオフにしています。単品は、トーストをしっかり味わいたい方が注文されるので、厚めにしています」


なるほど。
実際に食べ比べてみると、確かにモーニングの厚みは朝にちょうどいい感じ。重すぎない。トーストのサクッと感とバターが中までしみしみのジュワッと感のバランスも絶妙です。そしてハニートーストは、たっぷりとハチミツとバニラアイスを受け止めてくれる厚み。トーストとしての圧倒的な満足感があります。
「喫茶ブラザー」は、モーニングも「普通」と「厚切り」から選ぶことができます。厚切りだと4枚切りどころではなく、その厚さは約4.3cmと極厚!

「ウチは土日のみの営業で、オープンも10時と遅めだし、そんなに急いでモーニングを済ませたいお客さんは少ないんじゃないかな」とマスター。お客さんのシチュエーションにも関係しているとは!
厚みには、それぞれの正義がある。そして、どれも正しい。
スライスが店内手切りだったとは
「それではマスター、撮影用のトーストをお願いします」
取材の際にオーダーを通すと、マスターたちは3斤ほどある長い業務用食パンのビニール袋をクシュクシュとずらして取り出し、食パンをスライスするところから調理をスタートします。

あ、手切りだったんだ!と思ったのと同時に、驚いたのは、パンを切るための包丁がスラッと鋭い柳刃のものだったことです。
焼き上がったパンをカットする際にはギザギザとした波型のパン切り包丁を使うこともありますが、切り出しに関しては6軒とも、柳刃タイプをお使いでした。
「こっちの方が、パンの表面が毛羽立たず綺麗に切れるんです」
というマスターもいれば、
「昔っから、この包丁で切ってましたから、そういうもんやと思ってました」
というマスターも。
なんばや新世界からはプロも御用達の「千日前道具屋筋商店街」が近いので、切れ味の良い和包丁が揃っているのも理由の一つかもしれません。それに、メニューによっていろいろな厚みのパンを使い分けることができるのは、店内で手切りしているからこそでしょう。
切れ込みを入れるトースト、入れないトースト

「喫茶オランダ」の単品トーストは、ダイヤ格子状の切れ目が印象的です。
しかし、よく見てみると、斜めに入った深めの切り込みは焼く前に、水平方向のカットは焼き上がってから四等分していることがわかります。
深めに切り込みの入ったトーストは、マーガリンやバターが中までに染み込みやすくなります。一口サイズに簡単にちぎれるので、食べやすさも感じました。
「スイス」の単品トーストは結構な厚みがあるものの、ごく浅めの切れ込みを入れるのにとどまっています。

表面ではマーガリンが溶けて、染み込み待ったなし!の状態ですが、中の方はパン生地だけのホワッとした層も残しています。浅めの切れ込みは、トーストをちぎる際のガイドラインの役目を担いながらも、そこを無視して自分好みのサイズに割くこともできる自由度も高めですね。
完全に切り落とすのではなく、浅めから深めまで、切り込み次第で味わい方にも変化が生まれることを知りました。
一方、比較的薄めのモーニングトーストは、切り込みは入れず、半分または三等分にカットされているものが主流のようです。

焼き上げたトーストは片手で持ってサクッと齧るのに向いています。
切れ込みを入れる理由、入れない理由。どちらも納得できます。
そして、どちらもおいしいのです。
パンの耳を落とす理由、落とさない理由
さて、そろそろお気付きの方もいらっしゃるかもしれませんね。
そう、パンの耳の落とし方です。これは、家で食べるトーストとの違いNo. 1と言ってもいいかもしれません。いや、それどころかここまで耳の落とし方に美学のある喫茶店が集中しているエリアは全国的にも珍しいのではないでしょうか?
「喫茶タマイチ」は山部分と右側を残して2辺をカット。

「喫茶ドレミ」は三辺を残して底面のみカット。

「喫茶ニューワールド」のモーニングトーストは上面と左を残して2辺をカット。

「喫茶オランダ」は両サイドを残して山部分と底面の2辺をカット。

「スイス」のモーニングトーストは底面のみカット。

上記の店に共通するのは、「底面」にあたる耳は必ず落としていること。
断面をよく見るとわかりますが、底面の部分はパン生地が膨らみにくく、自重で層が潰れています。口当たりを良くするために、まず落とすならば「底面」というのがお店の共通認識のようです。
個人的には、厚切りのトーストを焼き上げてから耳を落とすタイプに魅了されてしまいました。表面はサクッとしているのですが、側面はしっとりホワホワ生感覚のやわらかさという、この食感のコントラストよ…!

でも、そんな私に「喫茶ブラザー」のマスターが囁きます。
「ウチで使ってるパンは、耳もおいしいからねぇ」。

調べてみますと、「喫茶ブラザー」で仕入れているオリエンタルベーカリーの食パンは耳の厚みも色も薄く、柔らかいのが特徴のようです。これを落とすのは、確かにもったいない気がします…!
美学や理由はお店ごとにきちんとあるのですが、押し付けがましくないのも素敵なところ。どのお店のマスターも「ウチのスタイルはこれだけど、お客さんにリクエストされたら、耳を落とすも、落とさないも、希望通りにさせてもらいますよ」と仰ってました。
落とされたパン耳のゆくえは
ちょっと気になったのが、落とされたパンの耳のゆくえ。
捨てられてしまうのでしょうか?
正直な話、捨ててしまうお店もあるようです。
パン粉にしてグラタンに振りかけたり、カツサンドのカツの衣に活用したりすることもあれば、鳥のエサになることも。
印象に残ったのは、「必要としている人がいるからね」の一言。
そのお店には、ゴミ袋とは別に、パンの耳だけを集めている袋が作業台の横にありました。営業が終わると、店の前にパン耳の袋を置いておくのだそうです。そうすると毎回、誰かが持っていくというのですが、その人が食べるのか、誰かにあげるのか、はたまたペット用なのか、使い道までは分かりません。
「ある時、持っていく人影を見てからは、袋を地べたに置くのはやめました。今は自転車の荷台に置くようにしています」
マスターのお話に、なんだか心がキュッとなりました。
サンドイッチには「からし」がよく似合う
トーストだけだとちょっと物足りないな、と思ったらサンドイッチを頼むのもアリです。
サンドイッチにもトーストしたパンを使う場合と、ふわふわの生食パンを使う場合がありますが、皆さまはどちらがお好みですか?


どちらのタイプにも共通するのが、具材からの水分や油分がパンに染み込まないようにするための内側に塗るコーティングの存在です。取材したお店でサンドイッチのコーティングに何を塗っているかを伺うと、多かったのが、「からしバター」や「からしマーガリン」、「からしマヨネーズ」など、“和がらし”を含む塗り物です。
回転寿司やお惣菜コーナーのお寿司でも「わさび抜き」が主流のこの時代に、ちょっと意外な気がしませんか?
からしは、味のアクセントや肉の臭み消しとして優れているのに加え、殺菌効果・防腐効果も期待できるのだそうです。
(お寿司のわさびも、そうなんですけどねー!)
これは勝手な憶測ですが、どのお店でも「昔は出前のニーズがめちゃめちゃ多かった」と聞いていたのもあり、このエリアの出前文化の名残りなのではないか、などと考えてしまいました。昭和レトロな店内で、在りし日に思いを馳せながらいただくサンドイッチのお味も乙なものですよ。
終わらない、トーストの旅
トーストって、一見すると同じようなのに、奥が深いですね。
パンの種類、厚み、切れ込み、耳、今回は触れられなかったところだと焼き加減、バターやマーガリン、ジャムなんかも。全部が、選択の連続です。
そして、どの選択も間違いじゃありません。それぞれの店が、それぞれの答えを持っていることが素晴らしい。
6軒の喫茶店を回って、6通り以上のトーストに出合いました。
そして気付きました。
トーストは、料理です。
次はどんなトーストに出合えるだろうか。そう思うと、昭和レトロな喫茶店を見かけるたびに胸が高鳴ります。いつものトーストを咥えて走った先の曲がり角で、私がぶつかり恋に落ちたのは、喫茶店の厚切りトーストだったのかもしれません。
“半世紀喫茶”の冊子ができました!
南海沿線情報誌「Natts」の特別号vol.2が、8月24日(月)より南海各駅・商業施設などで配布スタートしました!
テーマは、和歌山市にある創業50年以上の喫茶店“半世紀喫茶”です。

また、阪急・阪神・近鉄の沿線情報誌9月号(およびJR西日本の11月号)でも“半世紀喫茶”を同時特集します!
各沿線で50年以上愛されてきた“半世紀喫茶”を、それぞれの誌面でご紹介しています。すべてゲットして、気になるお店を訪ねてみてください!
設置場所など、詳しくはこちらからご覧ください↓
他にも、創業半世紀以上(※あと少しで半世紀のお店も含む)
の“半世紀喫茶”を舞台にした記事は、こちらのマガジンからご覧ください↓
