私の夫は宇宙人〜契約結婚・観察日記〜 #04
ロト7と宇宙の特異点
我が家の家政人(カセイジン)は相変わらず、彼が主張するところのデフラグ(隠れタバコ)に勤しんでいるようだ。
私の鼻腔が捉えたのは、彼が「無」だと主張するステルス・ベリーの甘ったるい匂い。
彼は最近、紙巻きタバコから電子タバコへアップグレードしたらしい。
私の嗅覚センサーを刺激しない方法でデフラグを行うための賢い選択だと、ひとり悦に入っているようだが、私に言わせれば、単に隠蔽工作がより姑息になっただけだ。
私は静かにドアを開け、キッチンへ向かった。
そこには、電子タバコをエレガントな仕草で唇に運び、一服する宇宙人がいた。その姿は、まるで映画のワンシーンのように洗練されている。
……が、次の瞬間、私が低い声で一言
「くさい」
私の静かな怒りに、わずかにフリーズする宇宙人。
彼は虚空を見つめるふりをして、燃焼行為(タバコ)を中断したことを装いながら、
「……これは、不要な情報のデフラグで…」
「嘘をつけ……コウさん、匂いが変われば、私が気づかないとでも思った?」
私の冷ややかな一言に、彼は、慌てて電子タバコを仕舞おうとして、リビングに向かったが、今度は、テーブルの上の「宝くじロト7」の予想ノートを落としてしまった。
そこには、何やらわからぬ複雑な計算方式が、びっしりと書き留められている。
彼は慌てて、散らばったロト7とノートを拾い上げた。
計算ノートだけを見れば、どれほど高度な知的生命体なのだろうと驚愕するところだが、その横に落ちているあまりに世俗的なロト7…
彼が宝くじの数字を計算しているのは、宇宙の特異点を探すためらしいが、私には「小遣いを増やすために必死な男」に見え、なんだか少し哀愁を誘う。
いつか、彼の言う「宇宙の特異点」を見つける日は来るのだろうか…?
「宇宙の特異点を探す前に、夕食のおかずをもう一品増やせる数字を計算してよ」
軽い嫌味のつもりだったが、
「承知しました。直ちに経済的期待値の高い数字を再計算します。それまでの間、よろしければ、こちらをどうぞ」
彼はそう言うと、ご機嫌取りのつもりか、どこかピントのズレたお菓子を差し出してきた。
彼は料理の腕はプロ級なのに、なぜかお菓子のチョイスが独特である。
苦み走った羊羹だったり、あんこ味の真っ青な煎餅だったり、何の変哲もない見た目の激辛マシュマロだったり。
この奇妙な味の選択は、彼が未だに地球人の『機微』という複雑なコードを解読できていない証拠でもある。
差し出されたのは——
「なぎなぎスナック」と書かれた濃い紫色のパッケージに、謎の生物のイラスト入りだ。
彼は時々、どこから仕入れるのか謎のお菓子を買ってくる。
裏返してみると、日本語ではない。
英語とも違う、でもどこかで見かけたことのあるような謎の文字……
そういえば、彼と契約を結んだ時、日本語と彼の母星語で書かれた契約書で見たような……
「忙しいから、今はいいわ」
そう言って、そそくさと私はその場を逃げ出した。
虹色のデフラグとキュウリの神殿
私は数年ぶりに酷い風邪を引いた。
高熱と咳が止まらない。
コウさんに、車で近くの病院に送ってもらう。
彼は国際免許ならぬ、宇宙免許なるものを携帯している。
もちろん、見た目は普通の自動車免許証に見えるように、カムフラージュしているが……
というわけで、今は匂いの問題だけではなく、身体的にタバコは受け入れられない状態なのだ。
これまでは、私に隠れてデフラグ(喫煙)を続行していた彼だが、さすがに今回は優しい言葉を掛けてくれた。
「デフラグ代替プログラムで対応します。
非常事態ですので、雫さんは気になさらず、ゆっくりとお休みください」
もちろんスキャンによる最適解のフィードバックだろうが、弱った心に響いたのも確かだった。
こうして換気扇の下での攻防戦は、一旦の収束をみた。
薬を服用して3日間、ベッドから起きられなかった。彼は地球の風邪の対処法を調べ、実に甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。
熱を測り、データを入力、水分補給の電解水、冷却ジェルを買い、お粥、擦り林檎、民間療法の葛湯を作ってくれた。
もちろん時間きっかりの投薬も抜かりはない。
本当にこの時は、彼がいてくれてありがたいと心から思った。
きっと彼もいいデータ収集ができたことだろう。
Win-Winである。
まだ時折咳き込むことはあるが、起き上がれるようになり、溜まっていた仕事も少しずつ片付け始めた。
彼はというと、まだ完全に回復していない私の体調を慮ってか、デフラグという名の換気扇の下での喫煙を封印し、必死で代替案を試しているようだ。
(デフラグ:情報の断片化を整理すること。要するに、彼の脳内の整理整頓のこと)
そして彼が考えた、タバコに代わるデフラグとは……
山積みの仕事を片づけていた私が、コーヒーを淹れるためにキッチンに向かうと、ちょうどそこに帰宅して、買ってきたものを冷蔵庫に並べる彼が居た。
野菜室を覗いた私は、思わず動きを止めた。
そこには、食材たちが、トマトの赤からニンジンの橙、レモンの黄へと、見事な「色彩のグラデーション」で並べられていた。
「雫さん、色彩の調和は、視覚情報のデフラグにおいて極めて有効です。つまり、脳のリソースを色の選別という無駄な処理に割かせないための、最適化です」
私は、彼が整えた「虹色の秩序」をなるべく乱さないように、そっと冷蔵庫の扉を閉めた。
その数日後、次に現れたのは
「キュウリの神殿」
麦茶を取ろうと私が冷蔵庫を開けると、そこには横田さんからちょくちょく頂くお裾分けのキュウリが、まるで神殿のように展示されていた。振り向くとコウさんは、
「雫さん。見てください、この美しいバランス。眺めているだけで神聖な気分になります」
「これはサラダにするんじゃないの?キュウリは水分が多いから、あまり日持ちしないと思うけど……」
「たとえ限られた時限であっても、私の管理する領域(テリトリー)における最低限の礼儀として、生命体が持つポテンシャルを最大限に生かしたいのです。
今の私にとって、そのキュウリは単なるカリウムの塊ではありません。私の量子プロセッサを冷却するための、重要な『デフラグ・パーツ』なのです」
彼が熱弁するところによれば、地球人の非論理的な言動をスキャンし続けると、彼の内部には「情報のゴミ」が熱として蓄積される。
タバコの煙の代わりに 「視覚情報」による強制リセットを試みるのだという。
要するに、彼は綺麗な冷蔵庫を眺めて現実逃避……もとい、心を落ち着かせたいらしい。
「つまり、このキュウリを眺めることでタバコのデフラグの代わりにするってこと?」
「そうです。タバコが化学的デフラグなら、これは視覚的デフラグ。
特にこの、瑞々しい水分こそが、情報の濁りを浄化する効果が極めて高いと算出されました」
今の彼は、こうして目に見える範囲の 「秩序」を極限まで高めることで、自分の中のバグを必死に抑え込んでいるのかもしれない。
高度な知的生命体である彼が、冷蔵庫の前に立ってキュウリの水分に救われている姿は、哀愁を通り越して、もはや一種の宗教画のようでもあった。
「……コウさん、配慮してくれてありがとう」
「雫さん。ご理解いただき感謝します。おかげで、私の内部温度が今、0.3度低下しました」
彼はそう言って、満足げにバタリと冷蔵庫の扉を閉めた。
タバコ以外のことはできる限り受け入れようと思う、今日この頃である。
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