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うまく生きられなくても、生活は続く

妻がいなくなってから、
自分の生活は劇的に変わったわけではない。

朝は来るし、腹も減る。
猫の砂は汚れるし、洗濯物も溜まる。
娘は起きてくるし、起きてこない日もある。

それでも一日は進む。

ウェルビーイングという言葉を最近よく聞く。
心も身体も満たされた状態らしい。
正直、自分はそこにはいないと思う。

満たされてはいない。
欠けているものの方が多い。
これからどうなるのかも、よくわからない。

それでも、
雪が降る朝にコーヒーを飲んで、
娘とカレーを食べに行って、
猫の砂を替えて、
「今日はこれでいいか」と思える瞬間がある。

それだけで、十分な気もしている。

父と酒を飲んだ夜もそうだった。
許したわけでも、解決したわけでもない。
長年の関係が一晩で変わるほど、人は器用じゃない。

ただ、
怒らずに終わった。
壊さずに帰れた。

それは自分にとって、かなり大きなことだった。

幸せかと聞かれたら、
たぶん違う。

でも、
生きることに支障は出ていない。

今日もちゃんと食べて、
眠って、
誰かと少し話している。

それを「ウェルビーイング」と呼ぶなら、
自分はそれでいい。

無理に前を向かなくても、
うまく生きられなくても、
生活が続いている。

今は、その実感がある。

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nao46222 チップをありがとうございます。 そのまま宝にしておきます。^_^