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中学1年の春、隣の席の女の子と『ナウシカ』を観に行った話

中学1年の春、隣の席になった女の子がいた。

入学して間もない頃、クラスの空気はまだ固くて、誰もが少しずつ距離を測っていた。
そんな中で、彼女は最初から、どこか自然体だった。

ノートを忘れたときに「これ、使っていいよ」と差し出してくれたルーズリーフ。
体育の授業でペアを組むとき、迷わずこちらを見て「一緒にやろ」と言ってくれたこと。
そのひとつひとつが、なんだか嬉しくて、でもうまく言葉にできなかった。

パンの日、購買部の前で並んでいたとき、彼女が突然、腕を組んできた。
「男子と並んでたら、割り込みされにくいんよ」
そう言って笑った彼女の顔が、今でもはっきり思い出せる。

その日から、パンの日はふたりで並ぶのが当たり前になった。

映画の話をしていたら、「観に行こうよ」と言われた。
何人かで行くつもりだったのに、当日になって他の子が来られなくなった。
結局、ふたりで行くことになった。

観たのは「風の谷のナウシカ」だった。
公開されたばかりで、話題になっていた。
でも、内容はあまり覚えていない。
ただ、映画館の暗がりで、彼女がそっと手を握ってきたことだけは、今でもはっきり覚えている。

そのことは、誰にも話していない。
それは、ふたりだけの秘密だった。

驚いたけど、嫌じゃなかった。
ただ、何も言えなかった。
そのあと、ふたりで何を話したのかも、思い出せない。
でも、あのときの手のぬくもりだけは、なぜかずっと、忘れられなかった。

2年に上がるとき、クラス替えがあった。
彼女は別のクラスになり、席も、教室も、日常も、すっかり離れてしまった。

廊下ですれ違っても、手を振るでもなく、
クラスマッチで顔を合わせても、立ち止まって話すことはなかった。
それが、なんとなく自然なことのように思えた。

そしてそのまま、卒業まで一言も交わすことはなかった。

三年になって、映画に行ったとき一緒に来れなかった女の子と同じクラスになった。
ある日、何気ない会話の中で、彼女がふと教えてくれた。
「あの子、あんたのこと好きだったと思うよ」
その言葉で、あの春の出来事が、自分の思い込みじゃなかったと知った。

でもその頃は、受験でそれどころじゃない時期だった。
ほどなくして卒業を迎え、それぞれの高校へ進学した。

──あれから二十五年。
四十歳の頃、同窓会の案内が届いた。
近所に住んでいる同級生のツレに誘われて、自分も出席することにした。

会は思いのほか盛り上がり、二次会へと流れた。
二次会は、少し大きめのダーツバー。
長めのカウンターが印象的な、雰囲気のいい場所だった。

みんなが盛り上がる中、自分はカウンターに腰を下ろした。
昔の顔見知りと少し話したあと、気づけばひとりになっていた。

そのとき、ふいに一人の女性が隣に座った。
ロングヘアの、綺麗な女性だった。

「同窓生なの?」と声をかけると、彼女はグラスを持ったまま、少し笑って言った。
「わからない?」
その言い方が、あの頃とまったく同じだった。

一瞬で、あの春の記憶がフラッシュバックした。
──あの時の子だ。

確かに面影がある。
でも今は、綺麗な大人の女性になっていた。

自分は聞いた。
「あの時、手を握ったのはなんで?」

彼女は、少し笑って言った。
「なんでかな。」

それだけだった。
でも、それだけで十分だった。

彼女は今、三人の子どものお母さんになっていた。
とてもそうは見えないくらい、綺麗だった。

話が盛り上がっていたとき、横から酔った先生がやってきた。
「お前ら、不倫してるんじゃないだろうな? 特にお前はモテとったからなあ」

彼女は吹き出し、自分は苦笑いしながら言った。
「◯◯さん、いいかげんにしてくださいよ」

先生は「すみません」と頭を下げた。
それを見て、ふたりで笑った。

そのあと、二次会を抜け出して、ふたりでバーへ行った。
昔話をして、自分は、あのとき本当は好きだったことを伝えた。

彼女は、やんわりと笑みを浮かべた。
でも、それ以上は何も言わなかった。

タクシーを呼んで、彼女を送った。
ドアが閉まる前に、彼女は一言だけ言った。
「ありがとう」

それ以来、彼女とは会っていない。
そして、今がある。

妻と子どもと暮らす日々の中で、
ずっと胸の奥にしまってきた、
たったひとつの、小さな隠し事。

──それが、この話だ。

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947字

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