1989年、文化祭のざわめきと8ミリの匂いに包まれた最初の秋
大学に入学してすぐ、サークルの勧誘が始まった。
校門の前には色とりどりの看板が並び、どの団体も声を張り上げていて、春の光の中で妙に浮ついた空気が漂っていた。
自分はこれまでクラブ活動というものにほとんど縁がなく、中学一年のときに一度だけ卓球部に入ったが、上級生とひどく揉めてその日のうちに退部した。
それ以来、高校でも部活とは無縁のままだった。大学に入っても同じようなものだろうと思っていたが、エレキをやっていたこともあって、とりあえず軽音学部に入ることにした。
バンドブームの影響か人数が多く、歓迎会では無茶苦茶に飲まされ、ベロベロになって帰った記憶しかない。
変に縦社会で、やたら威張り散らす先輩を見ていると、中学の卓球部のことを思い出した。あの頃と同じように、どこか自分だけ場に馴染めていないような感覚があった。
周りは楽しそうにしているのに、自分だけ少し外側に立っているような、そんな距離感がずっとつきまとっていた。
練習があるから機材を運べだとか、雑用ばかりで面倒になり、次第に行かなくなった。
大学で先輩を見かければ挨拶はするが、
出席はしない。
そんな距離感のまま、春がゆっくりと過ぎていった。
そんなとき、S田が「部員が少ないサークルに入ってるから一緒にやらないか」と誘ってきた。
暇だったのでついていくと、かっこいい男の先輩が二人と、少しアジア系の綺麗な女性が一人いた。
名前は覚えていないが、男の先輩はすでに役者として仕事をしているらしい。
そこは映画研究部というサークルだった。
先輩三人とS田、同じ油絵科のI籐、そして自分。
全部で六人の小さなクラブだった。
人数の少なさが逆に落ち着いていて、軽音のときに感じた“場の圧”のようなものがなく、少しだけ肩の力が抜けた。
自分が何かをしなくても、その場が勝手に回っていくような、そんなゆるさが心地よかった。
もう一人、二年の少し頭のおかしい先輩がいたが、それはまた別の話になる。
先輩たちはすでに三年で、今年で部を離れることが決まっていたらしく、この時点でS田が部長に決まった。
文化祭で映画を出さないといけないらしく、自分も手伝うことになった。
予算会議が迫っていて、早めに制作内容を決めないといけないらしい。
自分は来たばかりで何が何だかわからず、ただ見ているだけだったが、誰もそれを責めるような空気ではなかった。
むしろ、そこにいるだけでいいと言われているような、そんな安心感が少しだけあった。
大学全体の予算会議ではかなり追い詰められたようだが、なんとか部として継続できることになった。
映画制作には深く関われなかったが、何かを撮ったらしく、それを秋の文化祭で上映するという。大学の文化祭は、自分にとって初めての行事だった。
同じアトリエのやつが開催委員会に所属していて、チケットを買ってくれと言うので買ってあげた。
焼き鳥、わたあめ、居酒屋、ラーメン、焼きそば、バーのチケットまであった。高校の文化祭とは違い、大学の文化祭は“街のイベント”のような規模だった。
自分が知らない世界が急に目の前に広がったような、そんな感覚があった。
月日が過ぎて文化祭が始まった。
校門の前には野外ステージが組まれ、軽音学部の人たちが朝から練習していた。
店もたくさん並び、高校の文化祭とは比べものにならない規模だった。
誰かアーティストを呼んでいたらしく、同期のやつらがボロ車で迎えに行った。
かなり口の悪いアーティストだったらしく、同期が「こんなボロ車で迎えに来やがって!」と文句を言われたと怒っていた。
体育館でその人たちのライブがあり、それなりに客が来ていてすごいと思ったが、あとで聞けばガラガラだったらしい。
特設ステージでは軽音部が頑張って演奏していたが、客は食べたり飲んだりが優先だった。
自分たちは映画を回すので、交代で上映していた。
8ミリだったので手作業だ。
フィルムを回す音と、外から聞こえるざわめきが混ざって、大学の文化祭らしい雑な熱気があった。
映写室の薄暗さと、外の明るさの対比が妙に心地よく、時間の流れが少しだけゆがんで感じられた。
自分がどこに立っているのか、まだよくわからないまま、それでも何かに巻き込まれていく感じが少しだけ楽しかった。
大学という場所が、自分の知らない方向へ勝手に広がっていくような、そんな不思議な感覚があった。
仲間とナゲットを買ったりビールを飲んだりして、学校内で騒いだ。
居酒屋を同級生が店員としてやっていたので冷やかしに行ったりもした。
夕方になると、キャンパス全体が少しずつ酔い始めたような空気になり、知らない学生たちの笑い声があちこちから聞こえてきた。
大学という場所が、昼と夜でまったく違う顔を持つことを初めて知った。
自分はその変化をただ眺めていたが、どこかで“こういう時間があってもいいのかもしれない”と思い始めていた。
夜になると、特設ステージのほうで様子がおかしくなっていた。
ノイズバンドのライブをやっていて、機材をぶち壊しにかかっていたらしい。
その中心人物が軽音部のやつらに袋にされていた。
よく聞けば、そいつが映画研究部の二年の先輩だった。
昼間のゆるい空気とは違い、夜の文化祭はどこか危うくて、大学という場所の“野生”みたいなものが顔を出す瞬間だった。
自分はただ遠くから眺めていたが、ああいう混沌も含めて“大学”なんだろうと思った。
自分の知らない世界が、まだまだたくさんあるのだと感じた。
文化祭は二日間で終わった。長いようで短い文化祭だった。
ちなみに体育館でライブをしたアーティストだが、のちに日本を代表するアーティストになる。
まだ売れていない頃の若き日の B’z だった。
#大学一年
#サークル勧誘
#映画研究部
#軽音学部の記憶
#1989年の大学生活
#文化祭の思い出
#8ミリフィルム
#学生時代の空気
#昭和から平成へ
#青春の断片
#バンドブーム
#若き日のBz
#昭和末期の学生文化
#1980年代後半
#記憶の湿度
#空気で読むエッセイ
#透明な回想
#エッセイ
#ノンフィクション
#学生生活
いいなと思ったら応援しよう!
チップをありがとうございます。
そのまま宝にしておきます。^_^