感謝したい人々〜ハッピーライティングマラソン「1行発信7日間チャレンジ」#3
本田健さんのハッピーライティングマラソン「1行発信7日間チャレンジ」#3のお題は
「“ありがとう”と心から思えた出来事は?」
だ。
感謝したい人、嬉しかった出来事は多々あるので、1つに絞るのはとても難しい。なので、パッと頭に思い浮かんだことを3つ記そうと思う。
まず1つ目。それはコーチ、著者として独立する前にお世話になったNTTの子会社のSさんと、その仕事に誘ってくれ一緒にお仕事をさせていただいたOさんだ。
元夫と経営していたソフトウエア会社を売却した後、盛和塾シリコンバレーで知り合ったOさんが声をかけてくれ、私はNTTの子会社で外部コンサルタントという立場で仕事をすることになった。私が参加する前からOさん自身が同じ立場でNTTの子会社で仕事をしていた。
日本のNTT研究所で開発した技術や製品がアメリカで需要があるかを調査し、チャンスがありそうな業界に売り込むというのが私たちの仕事だった。市場調査、マーケティング、営業とかなり守備範囲の広い仕事だ。毎月の様に、飛行機でアメリカ国内、そしてカナダの見込み客先を訪れた。
5年半このお仕事をさせていただいたが、その5年間は、「楽しかった、充実していた」以外の何ものでもない。SさんもOさんも素晴らしい人格者で、仕事もとてもよくできる方々だった。本当に仕事しやすい環境だった。お二人には、今でも「ありがとうございました!」の気持ちしかない。
2つ目に思いついたのは、今は亡き父と母だ。父は54歳で、そして母は79歳で他界した。私を生んでくれたこと、そして育ててくれたこと。それは「ありがとう」以外の何ものでもない。
1つ欲を言えば、「二人とも、もう少し長生きして欲しかったな」ということだ。生きていれば、今80代半ばだ。生きていてもおかしくない年だ。
もう会えないことは残念だけれど、私に「命」を与えてくれた母と父には、これからもずっと感謝、感謝だ。
そして、3つ目は、娘の命を授かったこと。私の2冊目の本「無双のメンタル」で7年にわたる不妊治療の話を書いたが、私の一人娘は、6回目の体外受精で授かった子どもだ。
アメリカの名医からは「君には無理だ」と見放され、アメリカと日本を8回も行き来して、ほぼ諦めかけた頃に漸く授かった命だ。
私たちのもとに生まれてきてくれた娘に感謝。私のことを見放さなかった日本の先生に感謝だ。
