先生になったら、静かな教室に違和感を覚えた
※この記事は、『「扱いやすい子」でしかなかった、わたしの話』の続きとなるお話です。
「いい子」「扱いやすい子」だったわたしは、大きな勘違いをしたまま学校の先生になりました。
先生として教室に立つようになってから最初に変わったのは、考え方というより、感じ方でした。
それは、静かにするのが苦手な子たち、
わたしが中学生のときに注意をしてきたような子たちに対するものです。
おしゃべりが我慢できない子。
感情を抑えられない子。
空気を読まない子。
そういう子たちは、
授業の進行という意味では、たしかに扱いづらい存在でした。
でも、その子たちは、
自分の感情をちゃんと感じていました。
嬉しい。
悔しい。
腹が立つ。
納得できない。
たくさんの葛藤をしながら、毎日濃密な時間を過ごしていました。
わたしには、その姿がとても魅力的に見えました。
その感覚が生まれたことでやってきたのが、「教室は静かでなければならない」という前提への違和感でした。
静かでないと、大事なことを聞き逃したり、授業の進行がうまくいかなかったりしてしまう。
だからもちろん、静かであることが必要な場面は圧倒的に多い。
でも、そればかりだと息が詰まってしまう子が一定数いました。
わたしにはそれが、苦しそうに見えた。
一方で、静かに座っている子たちは、たしかに落ち着いて見えました。
でもそれは、そう見せているだけということがあることを、わたしは自分自身の経験からも知っていました。
不安や自信のなさを隠したくて、目立たないポジションをとっていることのほうが多い。
目の前の子どもたちを見ても、そう思いました。
どちらの立場から見ても、
「教室が静か」 = 「心が安全な環境」とは限らないではないのではないか。
そういう疑問が生まれました。
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けれど同時に、わたし自身の中には別の感覚もありました。
教室がざわつくと、不快に感じる自分がいる。
静かに過ごしている子たちにとって
その状況が不快であることも知っているから、
その子たちからの信用を失うんじゃないか
という焦りも出る。
でも、
静かにさせることへの違和感が邪魔をして、
きっとその迷いが伝わって、
わたしの注意はいまいち通らない。
わたしはもう、
堂々と正義を振りかざすことが
できなくなっていました。
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その迷いは、日々の教室の中で、
ずっとわたしの足元にありました。
静かにさせたい気持ちと、
静かにさせたくない気持ち。
どちらもたしかにあって、
どちらも嘘ではない。
だからこそ、
どちらかを選んで振り切ることができませんでした。
迷いをもちながら注意をする。
そんなジレンマを抱えた毎日でした。
かつてのわたしなら、
「教室は静かにする場所だ」
「みんなが気持ちよく過ごすためだ」
そう言い切れていたと思います。
でも、それが誰のためのものなのかを考えてしまうようになった。
静かでないと不安や不快が大きくなってしまう子たちのためなのか。
感情が強く出る子を、周りに合わせられる「扱いやすい子」にするためなのか。
あるいは、
教室をコントロールできていると感じたい、
大人の安心のためなのか。
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「子どものため」という言葉は、
とても便利で、強い言葉です。
正義の顔をして、
大人の迷いを覆い隠してくれる。
でもわたしは、その言葉を使うたびに、
自分の中の違和感をごまかしている気がしました。
静かにするのが苦手な子たちを見て、
「この子たちを抑え込みたくない」
そう感じたのは、間違いありません。
でも同時に、
「このままにしたら、クラスが壊れるんじゃないか」
そんな恐れが、確かにありました。
先生という立場上、わたしは「扱いやすい子」をつくる側になるしかありませんでした。
迷いがあろうがなかろうが、そうするしかありませんでした。
協調性
周りに迷惑をかけないこと
空気を乱さないこと
それらを正義として掲げながら、
先生という立場にある自分自身を守るために、
その裏でこぼれ落ちていくものから目を逸らしていたのかもしれません。
このときのわたしは、自分が子ども時代に失い続けてきたものを、まだ理解していませんでした。
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迷いなく注意できない自分。
でも、そのままにしておくこともできない自分。
するしかなくてする注意。
その中途半端さに、わたしはいつも
もやもやしたものを抱えていました。
そしてこの葛藤は、やがてもっと大きな問いにつながっていきます。
「子どもを尊重する」とは、どういうことなのか。
「大人として関わる」とは、どういうことなのか。
このあとわたしは、長い年月をかけて
これを考えていくことになります。
次回は、その中でちょっとわかったことのお話です。
