第4回 : 日本人は、なぜ海外MBAを目指さなくなったのか
内向きになったのは、若者だけなのか
「海外MBAには興味があります。でも、今の時代に本当に行く意味があるのでしょうか」
ここ数年、こう聞かれることが増えました。
以前なら、初回相談で多かったのは、学校選びやGMATの相談でした。
「どの学校を狙うべきでしょうか」
「GMATは何点必要でしょうか」
「今から準備を始めて、来年の出願に間に合いますか」
もちろん、今でもそうした相談はあります。
しかし、最近は相談の入口が少し変わってきたと感じています。
学校選びの前に、そもそも海外MBAという選択肢を人生に置くべきなのか。
GMATを始める前に、本当にそこまでして海外へ行く意味があるのか。
合格を目指す前に、その投資は自分の未来に対して本当に必要なのか。
そこから話が始まることが増えているのです。
日本人は、なぜ海外MBAを目指さなくなったのでしょうか。
この問いを、私はここ数年、何度も考えるようになりました。
もちろん、今でも海外MBAを目指す日本人はいます。
毎年、米国、欧州、アジアのトップスクールへ進んでいく方々はいます。
Harvard Business School、Stanford GSB、Wharton、MIT Sloan、INSEAD、London Business School、Oxford、Cambridge、HEC Paris、IMD、HKUST、NUS。
そうした世界のトップMBAへ挑戦し、合格し、実際に海外へ出ていく日本人は、今も確かに存在します。
しかし、2003年から海外MBA受験指導の現場に立ってきた私の実感としては、海外MBAを目指す日本人の層は、以前ほど厚くありません。
少なくとも、2000年代前半から2010年代前半にかけて感じられた、あの強い空気はかなり薄くなったと感じています。
かつては、海外MBAという言葉に、もっとわかりやすい熱がありました。
商社、金融、メーカー、コンサルティング、官公庁、医師、研究者、起業家候補。
さまざまな領域で働く若い社会人が、自分のキャリアを大きく変えるために、海外MBAを真剣に考えていました。
海外で学ぶこと。
世界のトップスクールに挑戦すること。
日本の外で、自分のキャリアを鍛え直すこと。
それ自体に、一つの強い意味がありました。
しかし、今は少し違います。
「海外MBAに興味はあります」
そう言う方は今もいます。
しかし、その後に続く言葉が、以前とは変わりました。
「でも、円安で費用が高すぎます」
「会社を辞めるのは怖いです」
「AIやオンライン学習で学べることも多いですよね」
「国内MBAでもよいのではないかと思っています」
「家族を連れて海外に行くのは現実的ではありません」
「卒業後、本当にキャリアが広がるのか不安です」
「そもそも今の時代に、海外MBAまで行く必要があるのでしょうか」
どれも、非常にまっとうな疑問です。
私は、こうした不安や疑問を否定するつもりはありません。
むしろ、それらの問いを持つことは健全です。
海外MBAは、安い投資ではありません。
人生の一時期を大きく使います。
お金も、時間も、家族の理解も、相当な覚悟も必要です。
だからこそ、迷うのは当然です。
しかし、それでも私は、少し危機感を持っています。
なぜなら、日本人が海外MBAから距離を取り始めていることは、単にMBA受験者数の問題ではないと思うからです。
それは、日本人が「世界で学ぶこと」から、少しずつ距離を取り始めているサインかもしれない。
そう感じているからです。
世界では、経営大学院教育への関心は消えていない
まず、確認しておきたいことがあります。
日本人の海外MBA志望者が以前ほど多くないと感じることと、世界でMBAの価値がなくなっていることは、同じではありません。
むしろ、世界全体で見ると、経営大学院教育への関心は今も続いています。
GMAC、Graduate Management Admission Councilの2025年Application Trends Surveyでは、MBAを含むGraduate Management Educationへの出願が2025年も増加していることが示されています。
ただし、変化しているのは、どこで学ぶか、どの形式で学ぶか、何を目的に学ぶかです。
かつては、米国のフルタイムMBAが圧倒的な中心でした。
もちろん今でも、HBS、Stanford、Wharton、MIT Sloan、Columbia、Kellogg、Chicago Boothのような米国トップスクールには、世界中から優秀な人材が集まります。
しかし、近年はアジアや欧州のビジネススクールへの関心も高まっています。
ビザ政策。
卒業後の就労可能性。
地政学リスク。
費用。
期間。
キャリアゴール。
これらの違いによって、MBAの選び方はより多極化しています。
つまり、世界では「MBAが終わった」のではありません。
MBAの意味が変わり、行き先が多様化し、目的がより精密になっているのです。
この変化を、日本ではまだ十分に捉えきれていないのではないか。
私はそう感じています。
「米国MBAか、それ以外か」
「トップスクールか、それ以外か」
「MBAに行くか、行かないか」
そのような単純な二択では、もはや現代の海外MBAは捉えられません。
海外MBAは、以前よりも複雑になりました。
だからこそ、以前よりも丁寧に設計する必要があります。
日本人の海外留学は、回復しているようで、まだ脆い
日本人の海外留学全体を見ると、コロナ禍で大きく落ち込んだ後、数としては回復傾向が見られます。
JAOSの2023年調査では、日本人の従来型オフライン留学数が、コロナ前である2019年比で83%まで回復したと報告されています。
これは前向きな兆候です。
ただし、ここで注意が必要です。
海外留学といっても、その中身はさまざまです。
短期留学。
語学研修。
交換留学。
高校・大学段階での研修。
海外大学院への進学。
学位取得を目的とする長期留学。
それぞれ、意味がまったく違います。
数として「海外留学が回復している」ことと、長期で海外に身を置き、学位を取り、キャリアを大きく変える人材層が厚くなっていることは、同じではありません。
特に、海外MBAのような社会人向けの本格的な学位留学は、短期留学とはまったく違う意思決定です。
仕事をどうするのか。
会社を辞めるのか、社費で行くのか。
家族をどうするのか。
費用をどう負担するのか。
卒業後のキャリアをどう設計するのか。
これらをすべて考える必要があります。
だからこそ、日本人の海外MBA志望者が減っている、あるいは層が薄くなっているという問題は、単なる留学者数の増減だけでは捉えられません。
それは、社会人が「自分のキャリアを世界の中で再設計する」という選択肢を、どれだけ現実的に持てているかという問題です。
政府も、日本人学生の海外留学を増やすことを重要課題として掲げています。
教育未来創造会議関連では、2033年までに日本人学生の海外留学者数を年間50万人へ引き上げる目標が示されています。また、学位取得を目的とする留学者を増やすことも、重要な課題として位置づけられています。
この数字は、単なる教育政策の目標ではありません。
日本社会が、もう一度、世界と接続する人材を増やす必要があると認識していることの表れでもあります。
なぜ日本人は海外MBAから距離を取り始めたのか
では、なぜ日本人は海外MBAから距離を取り始めたのでしょうか。
私は、理由は一つではないと思っています。
いくつもの要因が重なっています。
主な理由は、少なくとも五つあります。
費用。
会社派遣の変化。
キャリアの不確実性。
AIとオンライン学習。
そして、心理的な内向き志向です。
一つずつ見ていきます。
まず、費用の問題があります。
これは非常に大きい。
円安によって、海外MBAの費用負担は以前よりも重くなりました。
米国や欧州のトップスクールでは、授業料だけでなく、生活費、保険、教材費、渡航費も高くなっています。
家族を帯同する場合には、さらに負担は大きくなります。
2年制MBAであれば、仕事を離れる期間の機会費用も考えなければなりません。
つまり、海外MBAは単なる学費の問題ではありません。
生活全体、家計全体、人生全体の投資判断になっているのです。
次に、会社派遣の変化があります。
かつては、日本企業の中にも、将来の幹部候補を海外MBAへ派遣する文化が今よりも強くありました。
もちろん、今でも社費派遣はあります。
しかし、以前ほど広く、厚く存在しているわけではありません。
企業側も、費用対効果をより厳しく見るようになっています。
海外MBA取得者が、帰国後に必ずしも自社で長く活躍し続けるとは限らない。
派遣後に転職する可能性もある。
グローバル人材育成の方法も多様化している。
こうした背景から、社費留学の枠は以前より慎重に運用されるようになっていると感じます。
三つ目に、キャリアの不確実性があります。
昔は、海外MBAに行けば、その後のキャリアがかなり明確に開けるというイメージがありました。
外資系コンサルティングファーム。
投資銀行。
グローバル企業。
事業会社の経営企画。
海外駐在。
起業。
もちろん、現実は昔もそれほど単純ではありませんでした。
しかし、少なくとも「MBAを取れば大きくキャリアが開ける」という期待は、今より強かったと思います。
現在は違います。
MBAを取れば自動的にキャリアが保証される時代ではありません。
卒業後の就職市場も、ビザ政策も、景気も、業界構造も変わります。
AIによって仕事の前提も変わっています。
そのため、若い社会人ほど慎重になります。
「本当に投資回収できるのか」
「帰国後に評価されるのか」
「海外就職できるのか」
「今の会社を辞めてまで行くべきなのか」
こうした不安は、非常に現実的です。
四つ目に、AIとオンライン学習の普及があります。
第3回でも書いたように、知識だけなら、今は日本にいてもかなり学べます。
AIがあります。
オンライン講座があります。
世界中の情報にアクセスできます。
英語の壁も、以前より低くなりました。
そのため、「わざわざ海外に行かなくても学べるのではないか」という感覚が広がっています。
この感覚は、間違っていません。
ただし、ここで注意が必要です。
知識を得ることと、異質な環境で自分の判断を鍛えることは違います。
AIで学べるものと、海外MBAでしか鍛えにくいものを分けて考える必要があります。
五つ目に、心理的な内向き志向があります。
これは少し慎重に扱うべきテーマですが、私は確かに感じています。
日本の中で暮らしていても、ある程度快適に生きられる。
海外に出なくても、情報は入ってくる。
英語ができなくても、AI翻訳が助けてくれる。
リスクを取らなくても、今の生活は維持できる。
そう考えると、わざわざ高額な費用をかけて海外へ行く動機は弱くなります。
しかし、この「快適さ」は、長期的には危うさも含んでいます。
国内市場は縮小していきます。
人口も減っていきます。
日本企業の競争環境も、世界と無関係ではいられません。
AIによって、知識労働の前提も変わっています。
その中で、日本の中だけでキャリアを完結させることは、本当に安全なのでしょうか。
私は、そこに大きな問いを感じています。
若者だけが内向きになったのではない
日本人が海外へ出なくなったという話をすると、よく「若者が内向きになった」という言い方がされます。
しかし、私はこの表現には少し違和感があります。
本当に内向きになったのは、若者だけなのでしょうか。
むしろ、社会全体が内向きになっているのではないでしょうか。
企業は、若手社員にどれだけ海外で挑戦する機会を与えているのか。
管理職は、海外MBAのような大きな投資を、将来の経営人材育成として本気で位置づけているのか。
大学は、学生に世界で学ぶことの意味を十分に伝えているのか。
家庭は、子どもが海外に出ることを、リスクではなく可能性として受け止められているのか。
社会は、海外で学んで帰ってきた人材を、本当に活かせているのか。
若者だけを責めるのは簡単です。
「最近の若者は海外に行きたがらない」
「リスクを取らない」
「安定志向だ」
そう言うことはできます。
しかし、若者が内向きになっているのだとすれば、それは若者だけの責任ではありません。
彼らの周囲に、海外で学び、世界とつながり、自分のキャリアを広げていくことのリアルな物語が少なくなっているのかもしれません。
海外に出た人が、どのように変わったのか。
どのような苦労をしたのか。
何を得たのか。
帰国後、どのようにキャリアを作ったのか。
そうした具体的な物語が見えなければ、人は動きません。
リスクだけが見え、可能性が見えない。
費用だけが見え、長期的な可動域の広がりが見えない。
苦労だけが見え、変化の価値が見えない。
この状態では、海外MBAを目指す人が減るのは当然です。
だからこそ、海外MBAについて語る側にも責任があります。
単に「海外MBAは価値があります」と言うだけでは足りません。
どのような人にとって価値があるのか。
どのような人には向かないのか。
費用はどう考えるべきか。
AI時代に何を得に行くべきか。
卒業後のキャリアはどう設計すべきか。
これらを丁寧に言語化する必要があります。
この連載「海外MBA再考」は、そのために書いています。
海外MBAの古い物語が、もう通用しなくなった
日本人が海外MBAから距離を取り始めた理由の一つは、海外MBAを語る物語が古くなったことにもあると思います。
昔の海外MBAの物語は、比較的わかりやすいものでした。
有名校に行く。
MBAを取る。
外資系企業に行く。
年収が上がる。
グローバル人材になる。
キャリアが開ける。
もちろん、こうした道は今でもあります。
しかし、これだけでは現代の読者には届きません。
なぜなら、今の社会人はもっと慎重だからです。
MBAを取れば本当に年収が上がるのか。
外資系企業に行くことが自分の幸せなのか。
有名校でなければ意味がないのか。
AI時代に、経営知識を学ぶだけなら他の方法もあるのではないか。
家族や健康を犠牲にしてまで行くべきなのか。
40代からでは遅いのではないか。
社会課題や事業承継、起業、専門職の経営化には、MBAはどう役立つのか。
こうした問いに答えられない物語は、もう通用しません。
海外MBAの価値は、昔のように「ブランド」や「年収アップ」だけで語ることはできなくなりました。
これからの海外MBAは、もっと個別的で、もっと戦略的で、もっと人生全体に関わる選択になります。
20代後半のキャリア加速としてのMBA。
30代の職種転換としてのMBA。
40代の経営視座を広げるEMBA。
起業のためのMBA。
事業承継のためのMBA。
社会課題に取り組むためのMBA。
理系・研究職が経営を学ぶためのMBA。
医師や専門職が組織や制度を動かすためのMBA。
AI時代に、人間の判断力を鍛え直すためのMBA。
海外MBAは、一つの正解ではありません。
しかし、人生とキャリアを再設計するための強力な補助線の一つではあります。
この新しい物語を作り直さなければ、日本人が海外MBAに戻ってくることはないと思います。
日本企業は、海外MBA人材を本当に活かせているのか
もう一つ、重要な問題があります。
それは、日本企業が海外MBA人材を本当に活かせているのか、という問いです。
海外MBAに行く人が減っている理由は、個人側だけにあるわけではありません。
帰国後に、その経験が十分に活かされないのであれば、海外MBAに行く動機は弱くなります。
海外で学んできた。
世界中の同級生と議論してきた。
ケースメソッドで判断力を鍛えてきた。
英語で自分の考えを表明してきた。
多様な価値観の中でリーダーシップを学んできた。
それにもかかわらず、帰国後に旧来の組織文化の中で、その経験が十分に使われない。
新しい視点を出しても、浮いてしまう。
意思決定のスピードが合わない。
海外で学んだことを活かせるポジションに置かれない。
変革よりも、既存の調整役を求められる。
もしそうであれば、若い人が「海外MBAに行っても意味がないのでは」と考えるのは当然です。
これは、非常にもったいないことです。
海外MBA人材の価値は、単に英語ができることではありません。
海外の知識を持っていることだけでもありません。
異なる前提を持つ人たちと議論し、不確実な状況で判断し、組織や市場を外から見る視点を持っていることにあります。
この視点を、日本企業がどれだけ活かせるか。
これは、日本人の海外MBA志望者数にも関係する問題です。
海外で学んだ人が活躍している姿が見えれば、次の世代は動きます。
逆に、海外で学んでも組織の中で活かされない姿ばかり見えれば、次の世代は動きません。
つまり、海外MBAを目指す日本人を増やすには、受験者本人だけでなく、企業側の受け皿も変わる必要があります。
海外MBAに行かないことが問題なのではない
ここで誤解してほしくないことがあります。
私は、すべての日本人が海外MBAに行くべきだとは思っていません。
むしろ、海外MBAに行かなくてよい人はたくさんいます。
国内で十分に成長できる人。
専門性を深めた方がよい人。
海外MBA以外の方法で必要な経験を得られる人。
家庭や健康の事情から、今は大きく環境を変えるべきではない人。
費用負担が大きすぎる人。
明確な目的がないまま、肩書きだけを求めている人。
こうした場合、海外MBAは必ずしも最適解ではありません。
海外MBAに行かないこと自体が問題なのではありません。
問題は、海外MBAという選択肢を、自分の人生のテーブルに一度も載せないまま、最初から遠い世界の話として片づけてしまうことです。
世界で学ぶこと。
異質な環境に身を置くこと。
自分の常識を揺さぶること。
日本の外から日本を見ること。
自分のキャリアを国境を越えて考えること。
これらを、一度も真剣に考えないまま、国内だけでキャリアを閉じてしまう。
そこに、私は危うさを感じています。
行くかどうかは、最後に決めればよい。
しかし、考えもしないまま選択肢から外すのは、もったいない。
海外MBAを目指す人が減っていることの本当の問題は、人数そのものではありません。
世界で学ぶという選択肢が、日本人のキャリア意識の中から少しずつ薄れていることです。
海外MBAを考える前に、自分に問うべき5つの問い
海外MBAに行くかどうかを、急いで決める必要はありません。
むしろ、最初から「行く」「行かない」を決めようとすると、判断が乱れます。
大切なのは、その前に、自分のキャリアを世界基準で棚卸ししてみることです。
そのために、私は次の5つの問いを持つことをすすめたいと思います。
自分は、日本の中だけでキャリアを閉じたいのか。
自分の仕事や専門性は、世界の中でどう位置づけられるのか。
今の自分に足りないものは、知識なのか、経験なのか、環境なのか、ネットワークなのか、判断力なのか。
海外MBA以外で、その差分を埋める方法はあるのか。
10年後の自分は、今の選択をどう見るのか。
この問いに向き合ったうえで、海外MBAが必要だと思うなら、真剣に検討すればよい。
逆に、別の方法で十分だと思うなら、海外MBAに行かないという判断も立派な意思決定です。
大切なのは、考えずに遠ざけることではありません。
一度、自分の人生のテーブルに載せてみることです。
そのうえで、自分にとって本当に必要かどうかを判断する。
海外MBA再考とは、まさにその作業なのだと思います。
日本人に必要なのは、海外MBAそのものではなく、世界基準で考える習慣である
では、今の日本人に必要なのは何でしょうか。
私は、海外MBAそのものだとは思いません。
必要なのは、世界基準で自分のキャリアを考える習慣です。
自分の仕事は、日本の中でしか通用しないのか。
それとも、世界の中でも価値を持つのか。
自分の専門性は、どの市場で必要とされるのか。
自分の経験は、他国の人から見るとどのように見えるのか。
自分の会社の常識は、世界では標準なのか、それとも特殊なのか。
自分のリーダーシップ観は、異文化の中で通用するのか。
自分は英語で、自分の考えを構造的に伝えられるのか。
こうした問いを持つことです。
海外MBAは、その問いに向き合うための一つの強い環境です。
しかし、唯一の方法ではありません。
海外大学院。
海外勤務。
国際プロジェクト。
海外インターン。
オンラインでの国際共同学習。
国内にいながら海外市場に関わる仕事。
AIを使ったグローバル情報収集。
さまざまな方法があります。
ただし、海外MBAには、短期間で世界基準の環境に自分を置き、自分のキャリアを一度大きく見直す力があります。
だからこそ、必要な人にとっては、今でも非常に強い選択肢なのです。
もう一度、海外MBAを自分ごとにする
日本人は、なぜ海外MBAを目指さなくなったのか。
その理由は、一つではありません。
円安。
費用。
会社派遣の減少。
キャリアの不確実性。
AIとオンライン学習の普及。
家族や生活の不安。
海外に出る心理的ハードル。
日本社会全体の内向き志向。
海外MBAを語る物語の古さ。
帰国後に人材を活かしきれない企業側の問題。
これらが重なっています。
だからこそ、単純な答えはありません。
「もっと若者は海外に行くべきだ」
と言うだけでは足りません。
「海外MBAはまだ価値がある」
と言うだけでも足りません。
必要なのは、海外MBAという選択肢を、現代の文脈で丁寧に再定義することです。
海外MBAは、すべての人に必要なものではありません。
しかし、ある人にとっては、人生の可動域を大きく広げる補助線になります。
それは、単なるブランドではありません。
単なる転職チケットでもありません。
単なる知識習得の場でもありません。
自分の思考、キャリア、人生を、世界の中で一度組み直すための環境です。
海外MBAに行くかどうかは、最後に決めればよい。
しかし、その選択肢を最初から人生の外に置いてしまわないこと。
自分は、このまま日本の中だけでキャリアを閉じてよいのか。
自分の仕事は、世界の中でどう位置づけられるのか。
自分に足りないものは、知識なのか、経験なのか、環境なのか、ネットワークなのか、判断力なのか。
それを考えることから、すべては始まります。
まとめ:日本人は、なぜ海外MBAを目指さなくなったのか
日本人が海外MBAを目指さなくなってきた背景には、複数の要因があります。
円安による費用負担。
海外学費や生活費の上昇。
会社派遣の変化。
卒業後キャリアの不確実性。
AIやオンライン学習の普及。
家族や生活への不安。
海外に出ることへの心理的ハードル。
そして、日本社会全体の内向き志向。
これらが重なり、海外MBAは以前よりも遠い選択肢に見えるようになりました。
しかし、世界ではMBAを含む経営大学院教育への関心が消えたわけではありません。
むしろ、学ぶ場所や形式、目的が多様化しています。
問題は、MBAが終わったことではありません。
海外MBAをどう使うかという見方が変わったことです。
日本人にとって本当に重要なのは、海外MBAに行くことそのものではありません。
世界基準で自分のキャリアを考えることです。
そのうえで、海外MBAが自分に必要なら、真剣に検討すればよい。
必要でないなら、別の方法を選べばよい。
しかし、海外MBAという選択肢を最初から人生の外に置いてしまうのは、あまりにも惜しい。
海外MBAは、今でもなお、必要な人にとっては人生とキャリアを再設計するための強い補助線になり得ます。
この連載では、その補助線を、もう一度日本人のキャリア選択肢の中に戻していきたいと思っています。
次回予告:海外MBAに行かない方がよい人とは誰か
次回は、あえて少し踏み込んだテーマを扱います。
海外MBAは、すべての人に必要なものではありません。
むしろ、行かない方がよい人もいます。
費用に対するリスクが大きすぎる人。
明確な目的がないまま、肩書きだけを求めている人。
今の仕事から逃げることだけが目的になっている人。
国内で十分に成長機会を得られる人。
海外MBA以外の方法で、自分に必要な経験を得られる人。
こうした人にとっては、海外MBAは必ずしも最適解ではありません。
次回は、
「海外MBAに行かない方がよい人とは誰か」
という問いを通じて、海外MBAを過度に美化せず、本当に必要な人にとって意味のある選択肢として考えるための基準を整理します。
FAQ:日本人と海外MBAの現在地
Q1. 日本人は本当に海外MBAを目指さなくなっているのですか?
一概に「いなくなった」とは言えません。今でも毎年、世界のトップMBAへ進む日本人はいます。ただし、2000年代前半から2010年代前半に比べると、海外MBAを目指す社会人の層は以前ほど厚くないと感じます。これは現場感覚として非常に強くあります。
Q2. 世界全体でもMBA人気は下がっているのですか?
必ずしもそうではありません。GMACの2025年Application Trends Surveyでは、MBAを含むGraduate Management Educationへの出願は2025年も増加しています。ただし、米国中心だった流れは変化し、アジアや欧州などへ関心が広がっています。
Q3. 日本人が海外MBAを目指しにくくなった最大の理由は何ですか?
一つに絞ることはできません。円安による費用負担、海外学費の上昇、会社派遣枠の変化、卒業後キャリアへの不安、AIやオンライン学習の普及、家族や生活への不安などが重なっています。
Q4. 海外MBAを目指す日本人が減ると、何が問題なのですか?
問題は、MBA受験者数そのものではありません。日本人が世界で学び、自分の常識を相対化し、国際的な環境で意思決定を鍛える機会が減ることです。これは個人のキャリアだけでなく、日本企業や日本社会のグローバルな知的体力にも関わる問題だと私は考えています。
Q5. AIやオンライン学習があれば、海外MBAは不要ですか?
知識を得るだけなら、AIやオンライン学習でもかなり多くのことが学べます。ただし、海外MBAで得られる異文化環境での議論、世界中の同級生とのネットワーク、不確実な状況での判断経験は、AIだけでは代替しにくいものです。
Q6. 海外MBAに行かないことは問題ですか?
問題ではありません。海外MBAはすべての人に必要なものではありません。大切なのは、行くか行かないかではなく、自分のキャリアを世界基準で考えたうえで判断することです。
Q7. 国内MBAではだめなのでしょうか?
国内MBAにも大きな価値があります。仕事を続けながら学べること、日本のビジネス環境に即した議論ができること、費用や生活面の負担を抑えられることは大きな利点です。一方、海外MBAには異文化環境、国際ネットワーク、英語での議論、世界基準で自分を見直す経験があります。どちらが正しいかではなく、自分の目的に合っているかが重要です。
Q8. 社費留学が減ると、海外MBAを目指す日本人は減りますか?
影響は大きいと思います。社費留学は、費用面だけでなく、会社が将来人材として期待しているという意味でも大きな後押しになります。その枠が減る、あるいは慎重に運用されるようになると、私費で海外MBAを目指す覚悟や設計力がより重要になります。
Q9. 海外MBAに行くべきかどうかは、何から考えればよいですか?
最初に考えるべきなのは、学校名やランキングではありません。自分が将来どこへ向かいたいのか、そのために今の自分には何が足りないのか、その差分を埋める方法として海外MBAが本当に必要なのかを考えることです。
Q10. 日本人が世界で学ぶ意味は何ですか?
日本の外に身を置くことで、自分の常識を相対化できます。日本企業の考え方、日本的な意思決定、自分自身のキャリア観が、世界の中でどう見えるのかを知ることができます。これは単なる知識習得ではなく、自分の思考と判断を鍛える経験です。
参考資料
Graduate Management Admission Council, Application Trends Survey 2025
文部科学省「教育未来創造会議」関連資料
文部科学省「トビタテ!留学JAPAN」関連資料
一般社団法人海外留学協議会(JAOS)日本人留学生数調査 2023
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著者紹介
土佐徳彦
Affiance Learning Studio 代表。GMAT指導者、海外MBA受験指導者、教育事業家、起業家。
2003年より海外MBA・海外大学院受験指導に携わり、Harvard Business School、Stanford GSB、Wharton、MIT Sloan、INSEAD、London Business Schoolなど、米国を含む世界のトップMBA・海外大学院を目指す社会人の学びとキャリア選択を支援してきた。
専門は、GMAT指導、海外MBA出願戦略、キャリア設計、エッセイ指導、面接対策、ならびにAI時代における社会人の学び直しと知的生産の再設計。
GMAT指導では、独自に開発した論理思考フレームワーク「Logic Chart」を用い、単なる解法暗記ではなく、文章構造、論理展開、前提と結論の関係を可視化し、再現性のある思考の型として身につける指導を行っている。
また、起業家としてバイオベンチャー Caetus Technology 株式会社を創業。プロフェッショナル向けハンドクリーム「Hands Å P.P.」シリーズの開発に携わり、グッドデザイン賞を受賞。JAXAの審査プロセスを経て、宇宙生活に対応するプロダクトとしてISS搭載可評価を取得した製品開発にも関わった。
本連載「海外MBA再考」では、円安、AI、オンライン学習、留学費用、日本人の海外志向の変化を踏まえながら、海外MBAの価値を改めて問い直す。
海外MBAは、もはや単なるブランドや肩書きではない。
これからの海外MBAは、知識を得るためだけの場ではなく、世界の中で自分の思考、キャリア、人生の可動域を広げるための補助線として考えるべきものだ。
海外MBAに行くかどうかは、最後に決めればよい。
大切なのは、その選択肢を最初から人生の外に置かず、自分の未来をもう一度、世界基準で考えてみることである。
