波の音(6)
あの日。
気がつくと、しっかり眠ってしまっていた。
薄暗くなった頃、私は目を覚ました。
すると、宇宙くんは既に目を覚ましていて、
にっこり笑顔で、
「ガッツリ寝てたね。」
といって、私を引き起こし、
「帰ろっか。」
と、歩き始めた。
色々と言葉はなかったけど、
私たちは繋いだ手を離さなかった。
家の近くになり、急に不安になる。
「一緒に帰るのは・・・・・・ダメじゃない?」
そう言って、私は手を離した。
彼はそれを、少しのあいだ見つめ、
小さくうなづき、
「じゃ、先生が先に家に入って。」
と、寂しそうに言った。
「いいよ、宇宙くんが先に入ってよ。」
と、私が言うと、彼は恥ずかしそうに、
「女の子を、こんな暗いとこに置いて帰れない。」
と、呟いた。その言葉に胸が締め付けられる。
女の子。
まさかの言葉だった。只の人でも先生でもなく、女の子。嬉しかった。
私はあからさまに頬を緩めながら、
「ありがとう。じゃ、先に入ります。」
そう言って、小さく手を振った。
振り向き際に、彼の笑顔が見えた。
家に帰ったら、今までどおり。
オーナー夫妻も気付かない。
程よい距離だった。
だけど、違うのは、
たまに目が合うこと。
翌日の夜。
学習時間。
いつもの様に服を着替え、彼の部屋へ行く。
これまでは、あんなに眠たかったのに、アルバイトの疲れを感じさせないのは、彼と2人になれることが嬉しいからかもしれない。
だけど、仕事。
あまり
浮かれていてはいけない。
普段通りを装い、学習。
少しすると、宇宙くんは、私の横に座り直し、顔を覗き込む。
「なに?」
あまりに近いから、恥ずかしくなって、直視できない。
「先生。なんで、めっちゃ先生すんの?」
膨れている。
可愛い。
「そういう時間だから。」
私が冷静を装い、そう言うと、
彼は露骨に不満を顔に出し、
「昨日、手、つないで。家に帰ったら親の目があるからって離れて、
やっと人の目ないとこに来たのに、リーチ取ってさ。
もしかして、一晩考えたら、気持ち変わった?」
そう言って、ボールペンを持つ私の手を握る。私は、首を横に振り、
「そういうことではなく、任された責任。時給もらうわけだし、しっかりお仕事したい。って、思ってるだけ。」
そう言うと、少し拗ねた顔で、
「そっか。
なんか正しいこと言うんだね。」
そう言うと、立ち上がり、向かい合って座り直した。
「怒ったの?」
私がそう聞くと、
彼はこちらを真っ直ぐに見て、
「怒ってないよ。
先生は真面目だなって思っただけ。」
私だって、この時間を楽しみにしていた。
だけど、自分自身のポリシーだけではなく、彼のためにも、ちゃんとしたほうが良いだろうし、
そう考えてしまうのは、やはり、彼よりも年上だからかな?
そう思うと、目に涙が溢れる。
悲しいわけではない。
考えていると、この恋は、不釣り合いなんじゃないかと不安になってしまっただけだった。
だって、彼は高校生。
私は、来年には社会人。
この時期のこの年齢差は、埋められない相違があり、世界観が大きく違うのかもしれない。
「先生、泣いてる?
ごめん。俺、変なこと言った?」
そう言って慌て出す宇宙くん。私は指で涙を拭き。
「いや、ドライアイ。
瞬き忘れただけ。
ごめんごめん。紛らわしくて。」
そう言って、目をそらした。
宇宙くんは、自分の頭をぐしゃぐしゃっとして、
「もう、困らせないから。泣かないで。」
そう言って、小テストの書き直しを丁寧に始めた。
それからは、今まで通り。
いや、今まで以上に距離をとって勉強した。
もしかして、面倒くさいと思われてしまったのかな?
そうだよね。
年上のくせに、泣くなんて、違うよね。
もし、宇宙くんが、私に好意を持ってくれたとするなら、それは、年上のお姉さん的な所が新鮮だからだと思う。まだ、世界が狭い彼は、同級生前後ブラマイ2歳位の人としか接点がないはず。
そんな時に、私のような隙だらけの大人がヒョイヒョイ来たから、彼は、興味で近づいたに違いない。
多少、軽めに。多少、包容力を求めて。
多少、遊び半分で。
なのに、あんな風に泣かれたら、違うよね。
重いよね。
そう思うと、やはり、あまり感情を乗せないほうが良いのかもしれないと、考えていた。
時間が来て、きっと無表情で片付けていた。
「じゃ。」
いつもより、元気なく部屋を出ようとしていた。
すると、左腕をつかまれた。
私は振り帰り、彼の方を見る。
「先生。俺、勉強はちゃんとする。
先生に迷惑かけないから。
そのかわり、それ以外で二人になれる時があったら・・・・・・。いいよね。」
どういう意味?
2人になれたら、ちゃんと遊んでっていう意味?
無理。
私、君が思うほど大人じゃない。
恋愛経験だって、あって無いようなほどしかない。
君から見たら年上でも、年齢ほど落ち着いてもない。
だけど、目の前にいる、この子に恋をしている。
既に、私の中で、ときめき始めたこの気持ちは、
この無理難題ですら、見ないふりをしてしまう。
「了解。
二人きりのときはね。」
軽く返事をした。
柄にもなく。
彼がどうとらえたのかは分からない。
でも、わたしの全力の愛想笑いで、ごまかせたと思う。
