波の音(5)
あの夜の事が、頭から離れない。
宇宙くんの行動。
宇宙くんの二面性。
宇宙くん。
私はなぜ、彼のことばかりを考えているのだろう。
あれから1週間以上経つけど、至って何もない。
普通。普通。普通。
当たり前だけど、普通。
私はモヤモヤしながら、雑貨屋さんへ。
「こんにちは。」
「いらっしゃい。」
お兄さんは、いつもの笑顔で迎えてくれる。
ほっとする。
今日は、差し入れを持ってきた。
「これ、どうぞ。」
「わー、俺、甘いものも好きなんだよね。
有り難う。
ストレートティー飲める?」
そう言って、お兄さんは紅茶のペットボトルをくれて、私が持ってきたワッフルをオシャレな皿に置き、
「一緒に食べよ!」
店の隅にあるアンティークな4人掛けテーブルで向かい合い、雑談。
「このワッフルって、駅前の新しいお店のだよね?」
「駅前のお店です。
あのお店って、新しいんですね。
私、来たばかりで、何も知らないもので。」
お兄さんは背中側の棚から、少し古い地図を出し。
私の横の椅子に座り直した。
「この地図は、5年前に、ココの商工会が、街興しの事業として作ったものなんだけど、
ほら、まだない。」
そう言って、指でなぞりながら説明をする。
女性の様な細く繊細な指先。
色っぽい。
いやいや。
近くない?
肩が触れる距離。
この町の人って、距離感が近い。
宇宙くんだけではないのだと、知る。
私だけが、ソワソワしながら、そのまま町の話をしていると、
お店のドアが開き、
誰かが入ってきた。
お兄さんは、振り向き、
「いらっしゃい。」
接客へ、
私はさっきまでの勘違いしそうな空間を振り払うように、一つ深く深呼吸。平然を装い地図をみていると、
「先生。」
聞き慣れた声に顔を上げると、宇宙くんが目の前にいた。なんとも不貞腐れたような表情でこちらを見ている。
「こちらの学生くんは、結菜ちゃんのお知り合い?」
お兄さんが困り顔で、彼の後ろからそう言う。
どうしたのだろう?
変な空気。
「ええ、住み込みでお仕事しているお店の、息子さんです。」
そういい終わる前に、宇宙くんは、私の腕をつかみ、
「帰ろう。」
引っ張って店を出た。
私は、突然のことで、驚きながらも、
お兄さんにペコリと頭を下げながら、連れて行かれた。
まさに、強制連行。
しばらくは、無言だった。
握られた腕が痛い。
スタスタと急ぎ足で進む宇宙くん。
家の方ではない。
「宇宙くん。どこ行くの?」
何も話そうとしない。
こちらも見ない。
そして、しばらく歩き、着いた場所は、
丘の上のビュースポット。
斜め下には、古い町並み。
その向こうには、大きく海が広がって、
夕日が真っ赤に照らしている。
こんな場所があるんだ。
この町に来て、一ヶ月近く経つのに、
知らなかった。
宇宙くんがやっと、手を離してくれた。
私は目の前の景色を見て、
「綺麗。」
呟くようにこぼれ出る。
彼は、その場に座り。
私も彼の横に座る。
「この町で一番キレイな場所。」
そう言って、こちらから目をそらす。
夕日が彼の輪郭を照らし、サラサラと、前髪を風が揺らす。
それはまた、美しい。
彼の行動は予測がつかない。子供であって、どこか大人びた一面もある。
どうして、ココへ連れてきてくれたのだろう?
どうして、何も話してくれないのだろう?
どうして、そんな悲しい顔でそっぽを向いているのだろう?
不思議な子。
「宇宙くん。ありがとうね。」
私は、小さな声で言う。彼はこちらの方に視線を向け、
「あの人となんかあんの?」
低い声で言った。
「この町に来て、
はじめてできた知り合い。
休みの度にお店にお邪魔して、世間話してる。」
そう言うと、
「それだけ?」
なんだか私、叱られているの?なぜ?
「それだけ。」
そう言うと、急にユルユルな表情になり、彼は仰向けに倒れて、空を見た。
よく分からない。
こんな強引な事され、意味も分からないのに、
不思議と、嫌な気分ではなかった。
私は心が絆されるのを感じた。
彼の横で夕日が沈むのを見つめていた。
彼の左手は、私の右手を優しく握っていた。
少しして彼を見ると、
スヤスヤと眠っていた。
彼は、本当に分からない子だ。
だけど私に今、芽生えているこの気持ちは、恋だと、認め始めていた。
手を繋いだまま、私もゆっくり体を倒し、
彼の肩に頬を寄せて、目を閉じた。
あおい草の香りと、彼の汗の匂いがした。
