波の音(1)
サラサラ、ザー、サラサラ、ザー。
波が寄せては帰る。
浪の音を聞くと、あの日が蘇る。
あの夏に恋をしたあの人は、今は、親友の夫。
まさかだった。
【10年前】
大学生最後の夏。私は、地元の先輩の紹介で、夏の短期アルバイトのために、この町に来た。
繁忙期だけの募集。海岸沿いの古い喫茶店で住み込みのアルバイト。夫婦二人で経営しているお店だった。その2階には住居があり、夫婦とその家の子の3人で住んでいた。
私は、その家の子の部屋から、夫婦の部屋を挟んで向こう側の、普段は使用していない部屋に間借りした。
おそらく、毎年来るアルバイトのために、この部屋は空けているのだろう。
何もない部屋。
寝具だけ、部屋の隅に積まれてあった。
「結菜ちゃん、必要なものがあったら言ってね。洗面所やお風呂は、使う前に声かけがルールだからね。」
こなれた感じに家を案内してくれる奥さん。ご主人の年齢からすると、若い。年の差のある夫婦なのだろう。
「あっ、それと。
お願いがあるんだよね。
結菜ちゃんって、優秀な大学通ってるでしょ?
息子の宇宙、来年受験だから、家庭教師お願いしたいのよね。
もちろん、月謝はバイト代とは別にお支払いします。」
美味しい申し出だった。
バイト代と家庭教師代の二重取り。返事は、
「はい。私で良ければ。」
その一択だった。
その夜、夕飯の時にその家の一人息子である宇宙くんを紹介された。
高校3年生の割には大人っぽい。背が高く、しぐさなどは落ち着いている。通う学校は特別進学クラスはあるものの、さほど優秀な子が通う学校ではないことは、私も直ぐに知った。派手派手しい様子ではないけども、きっと、学校では目立っているだろう。
特に女子受けしそうな容姿だ。
「よろしくお願いします。」
宇宙くんが静かに挨拶をしたので、私は少し張り切った先生のイメージで、挨拶を返す。
「よろしくね。」
彼が、ゆっくりとこちらに顔を上げて真っ直ぐに私を見た時、
何だろう?
喉と胸の間辺りに、クッと、押されたような痛みを感じた。それは不意なことで、私はその痛みが何なのか、確認できないでいた。そして、あからさまに、彼の目が見れなかった。
