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インドネシアの古いお金コレクション


紙幣でスハルト時代を感じる

最近、ふとしたきっかけでスハルト時代の紙幣を手に入れた。

スハルトの新秩序(Orde Baru)といえば、インドネシア研究でも腐るほど読んだが、肝心のスハルト時代にインドネシアに行ったことがないのが悔やまれる。

今回手に入れた紙幣は状態も良く、なかでも500ルピアがお気に入りである。今は硬貨(pela)しかないが、スハルト時代には500ルピア紙幣が流通していたと思うと不思議な感覚を覚える。

当時の硬貨もおもしろい。100ルピア、50ルピア、25ルピアも貴重である。日本円に換算すると1円より小さい銭でしか計算できない。

インドネシア人の古老が「昔は5000ルピアあれば腹いっぱい食べれた」みたいに懐古するが、アジア通貨危機に端を発するルピア暴落を象徴するような話である。

Mandiri博物館を横断した角にある建物

ノスタルジック通貨販売おじさん

ところでジャカルタの中華街からKota Tuaまで歩いていたら、道端に古い通貨を売る商人がいた(いたというより路上で大の字で寝ていた)。寝起きのおじさんと交渉した結果、3つの硬貨を割安で買うことができた。

色んな硬貨が売っている
独立以降の紙幣はほぼ全部揃ってる

おもしろ硬貨トップ3!

1 オランダのイデオロギー丸出し2.5セント

売価40k

1つ目はこれ!オランダ植民地時代に興味津々の自分にとってはかなり興奮する代物である。

2.5セントらしいが、注目すべきなのは1945年に鋳造された硬貨である点である!

同年には終戦とともに3年半の日本占領時代が終わりを迎えたが、まるで占領時代がなくてずっとオランダ領だったかのように1945年Nederlandsch Indie(オランダ領東インド)と大文字で刻印されているのが特徴的である。

オランダのインドネシア独立は絶対に認めない!というイデオロギーが反映された貴重な硬貨である。

2 オランダ時代の穴開き5セント

売価20k

真ん中に穴が空いている硬貨は日本の5円と50円しかないと耳にしたことがあったが、オランダ時代に穴開き硬貨が流通していたのがおもしろい!

表には米?のレリーフの上部にオランダ王室のシンボルが刻印されている。流石は植民地主義丸出しというか、東インドの主食、農業生産を支配するのはオランダだ!と強調しているようである。

一方で裏面にはムラユ語を表記するのに使われたジャウィ語と下部にアラビア語が書かれてある。文字の意味は理解できないが、一つの硬貨にオランダ語、ジャウィ語、アラビア語が表記されているのはかなり珍しい、というより今後は目にすることがないだろう。

3 オランダ東インド会社時代の硬貨?

売価40k

インドネシアはオランダによって350年間支配を受けたとよく言われるが、1799年までは東インド会社が影響力を行使した時代であり、オランダ植民地政庁によって植民地化政策が実施されていたわけではない。

博物館でしか目にすることができないような東インド会社時代の遺産を道端で買えるのはインドネシアならではである。

この硬貨は1717年に鋳造されたので今から309年前の代物である。碇のような東インド会社のシンボルマークもしっかりと刻印されているのが素晴らしい!

ところで、形が長方形だし、これが本当に硬貨なのか使途は不明なので、分かる人がいたら教えていただきたいです。

因みに商人のおっさんが最初はこの東インド硬貨を200kで売ろうとしてきて値段が高いから断ったのだが、支払いの際に40kのお釣りがなかったから、「お釣りないから40kでこれ持っていっていいよ」と160k割引になった。

普段は素通りする人が大半なのに、硬貨を見つけて興奮しながら叫んでいた日本人を見たのが珍しかったのか、大割引にしてくれたのだろう。

おわりに

昔の上司に世界中の切手を集めるおじいさんがいた。当時はハガキに貼らないのに切手集めてどうすんの?みたいに思っていたけど、昔の紙幣に興奮する今では、おじいちゃん上司の気持ちがわかる。

インドネシアの全てを知る上で、スハルト、オランダ時代、ましてやヌサンタラまでタイムトリップすることは不可能だけど、何かしらのアイテムを通して歴史に触れることはできる。

気になった人は古いお金コレクションを趣味にすると私生活が少し充実するかもしれない。