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おばあちゃんへ

2026/09/06
おばあちゃんに呼ばれて家にいくと、
「なんかあった時のためにあんたにだけ教えとく。」
って通帳とか実印、自宅内の金庫の鍵の場所を教えてもらった。 

押入れの奥に隠された金庫をみて、
「高齢者ってほんまにタンス預金するんやな。」
と思った。

ダイヤル錠の開け方が書いてある紙を渡されて、
開ける練習ってことでメモリあわせて右回したり左回したり、2回ほどやってみたけど上手く開かなかった。。(当方銀行員ですが、うちの職場の金庫の開け方よりむずいんじゃね?)

結局おばあちゃんに開けてもらって、
宝石とか、金とか、亡くなったおじいちゃんが集めた記念硬貨とか、おじいちゃんの遺言書をみせてもらった。

おじいちゃんの遺言書は自筆だったけど、
丁寧な字で、きちんと形式張って書いてあってとてもおじいちゃんらしいなと思った。

「自分は学のない養子でした」から始まる雑記には
自分の生い立ちとかおばあちゃんへの感謝の言葉じゃなくて、
松下幸之助とか本田宗一郎とかそういった人達の言葉が紹介されていて、それらの銘言がおじいちゃんの「人生の指針」であり「随分助けられた」と記してあって、それもまたおじいちゃんらしいな。

おじいちゃんの遺言書には平成19年12月と書いてあって、亡くなる5年前にそれを作成していたという事実をその時初めて知った。
5年前って、割とタイムリーだなと思った。
当時、おじいちゃんは自分の命が長くないことを感じていた?
私が10歳になったばかりの頃だ。

おばあちゃんが半年ほど前に体調を崩して、
それを機に終活について考えているということはお母さんから聞いていたしなんとなく感じていた。
ついこの間も「公正証書遺言がいいよ〜」なんて
研修で得た知識をひけらかしながら2人でランチを食べた。

金庫の中にあったおじいちゃんの遺言書は、おばあちゃんの相続発生時には効力がないことを伝えると
「それならおばあちゃんも遺言書いた方がいいね。
知り合いの司法書士に相談してみる。」
って言ったのを聞いて、
私が最も恐れている事態は、そう遠くない未来のことなのかなと急に実感してちょっと泣きそうになった。

大好きなおばあちゃん。 
数年前、家族団らん中にみんなの前で
「あんたの弟が一番可愛い。あんたも可愛いけどやっぱり弟が一番。」
なんて言ってたことはもうとっくに覚えてないでしょう?
わたし、その場では笑って流したけど、
家に帰って大号泣したよ。悔しさ、絶望、虚無。

その出来事があってからは、どうせ自分は1番じゃないんだなって卑屈になってたけど、
今日、長男の伯父さんより、娘のお母さんより、初孫のいとこたちより、可愛い弟より、わたしに通帳の場所とか金庫の開け方を教えてくれたっていう事実で、私はまた満たされる。

おぼあちゃんの「可愛い」という言葉や感情だけが、おばあちゃんからの愛の大きさを測る尺度ではないのかもしれない、と今更気付く。

歪んでいたらごめんね。
小さいころ、親からの愛情で満たされなかった私をいつも満たしてくれたおばあちゃん。
そんなおばあちゃんの1番に、未だに私はどうしてもなりたいのです。

私ができることはなんでもしよう。
90歳とは思えないぐらいまだまだめちゃくちゃ元気だけど、時間は有限だから、
おばあちゃんとの時間は絶対に無駄にせず
大切にしようと改めて思った。
いつかくるその時に、絶対に後悔しないように。


追伸
大好きだったおじいちゃんの自筆の遺言書を見れたこと、おばあちゃんが金庫の中のきらきらの宝石がついた指輪を亡くなったら私にあげると言ってくれたこと、私のアドバイスを聞いて真剣に相続について考えていると知ったこと。
おじいちゃんに触れることのできた懐かしさ、嬉しさ、でも二度と会えない哀しさと、おばあちゃんを失う怖さ、でも私を頼ってくれた嬉しさ、
今日の感情全部ぜんぶ忘れたくないからここに記しました。

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