シンギュラリティの前に、電気代の壁がある
素朴な疑問から始まった
AI開発競争の今の実態を聞いた。
ざっくり言うと、こういう話だった。ハードをひたすら積んでいる。そして、推論にかける時間を伸ばしている。
かつてのように「巨大なモデルに、知識を丸暗記させる」という競争から、「適正なサイズのモデルに、じっくり時間をかけて考えさせる」という方向へ、開発の重心が移っている。じっくり考えさせれば、その分だけ賢い答えが返ってくる。だから、思考に使う計算資源を増やしている、と。
それを聞いて、思った。
「じゃあ、今のままではシンギュラリティは来ないのでは」
理由は単純だ。計算資源というのは、要するに電気代の話だからだ。AIがどれだけ賢くなっても、電気を自分で作れるわけではない。
この直感が当たっているのか、少し調べてみた。
AIが自分自身を賢くする、という話
まず、よくある「知能爆発」の話を整理しておく。
AIが、自分より賢いAIを設計する。その賢いAIが、さらに賢いAIを作る。これが繰り返されて、あるとき一気に人間を超える。
理屈としては、分かる。設計する能力そのものが上がっていくのだから、加速するはずだ、という話だ。
ただ、この話には前提がある。賢くなった分だけ、それを動かせるという前提だ。
そして、その前提が、たぶん一番怪しい。
「効率が上がればいい」という反論
ここで、当然の反論がある。
計算資源を増やさなくても、アルゴリズムを改良すれば賢くなるのではないか。 同じ電力で、より賢く動くように工夫すればいい。それこそAIが得意なことだろう、と。
これは、知能爆発を主張する側の、たぶん一番強い論点だ。実際、効率改良は今も進んでいる。同じ性能をより少ない計算で出せるようになった例は、いくらでもある。
だが、過去の技術史を見ると、効率が上がったぶん、消費が減ったことはほとんどない。
十九世紀の経済学者ジェヴォンズが指摘した現象がある。石炭を使う機関の効率が上がったとき、石炭の消費は減らなかった。むしろ増えた。安く使えるようになったので、使う場面が広がったからだ。
ジェヴォンズのパラドックスと呼ばれる。
AIでも、同じことが起きている。トークン単価が下がれば、その分だけ長く考えさせるようになる。安くなった分、より多くの場面で使うようになる。効率改良は、節約ではなく、規模の拡大に消える。
だから「効率が上がるから大丈夫」とは、たぶん言えない。
第一の壁:電気
調べてみて、思っていたより数字が厳しかった。
2026年の世界のデータセンター電力消費は、前年比26%増と予測されている。そのうちAI向けのサーバーは全体の31%を占め、増加の主因になっている。従来型のサーバーはほぼ横ばいなのに対して、AIサーバーは95TWhから175TWhへと、一年で倍近くまで増えている。
電力需要(設備容量)で見ると、2026年で132GW。これが2030年には290GWまで拡大するという見通しが出ている。
しかも、この伸びは「推論」に重心が移ったことで、さらに加速している。学習は一度きりだが、推論はユーザーが使うたびに発生する。じっくり考えさせるほど、一回あたりの消費も増える。
ここで、こう思う人もいるかもしれない。「でも、APIの単価は下がっているじゃないか」と。
確かに、表面上の「一単語あたりの生成単価」は、技術革新で安くなっている。だが、賢い推論モデルは、答えを一行出力する裏で、大量の見えない思考トークンを生成している。
たとえば、最終的な回答が数百トークンでも、そこに至る思考の過程で数千から数万トークンを使うことがある。表に出る出力の、十倍から百倍を裏で消費している計算になる。その間ずっと、GPUのメモリと処理時間を占有し続ける。
つまり、単価が下がっても、一回の質問で実際に消費されるリソースは、むしろ跳ね上がる構造になっている。
つまり、賢くする方法が、そのまま電力消費を増やす方法になっているわけだ。
電気は、すぐには増やせない
そして、この電力不足は、簡単には解消できない。
データセンターに電力を引くには、変電所が要る。送電網の空きも要る。それらを作るには、土地の確保、行政の許認可、資材の調達、そして工事が要る。
どれも、物理的な時間がかかる。
実際、東京圏や千葉県印西市では、新規の受電容量の確保が極めて困難になっていると報じられている。だから北海道や九州への地方分散が進んでいる。
需要は今すぐ伸びているのに、供給を増やすには年単位でかかる。この非対称が、一つ目の壁になっている。
第二の壁:チップ
もう一つ、同じ構造の制約がある。
高性能なAIチップを作れる場所は、限られている。
3nm以降の微細化チップに対する需要は、TSMCの供給能力を約50%上回っていると報じられた(2026年7月時点)。TSMCは台湾で13、海外で5〜6の工場を同時に建設していて、これは従来の4〜5倍の規模になる。それでも、顧客が求める生産能力を確保できていない。
さらに、その上流にも制約がある。EUV露光装置は、オランダのASML一社が世界の100%を供給している。他に作れる会社がない。
つまり、AIは自分で自分を賢くしようとしても、そのための計算機を作る工程に、物理的な上限がある。
もっとも、最近は増産が前倒しで進んでいて、ボトルネックは緩和され始めているという報道も出ている。だから「永久に詰まる」という話ではない。ただ、工場を建てるには数年かかるという事実は変わらない。
第三の壁:実行の速度は、現実が決める
ここまでは、調達や供給の話だった。だが、もう一つ、性質の違う制約がある。
AIは、指示はできる。だが、実行の速度を決めるのは現実の側だ。
AIが、革新的な発電所の設計を考案したとする。優れた工場のレイアウトを出したとする。
だが、それを形にするのは、人間か、人間が作った重機やロボットだ。AI自身が鉱山を掘るわけでも、高圧線を繋ぐわけでもない。
ここで「ロボットがやればいい」という話になる。実際、その方向への投資は今、最も集まっている領域でもある。
ただ、ロボットを作るのにも、工場と電気と時間が要る。結局、同じ制約に戻ってくる。
そして、もっと根本的な問題がある。
現実を確かめるための待ち時間が、計算速度では短縮できない。
シミュレーションなら、一瞬で何万通りも試せる。だが、新しい材料の特性を確かめるには、実際に作って測定する必要がある。薬の効果を確かめるには、臨床試験が要る。核融合炉の設計を検証するには、実際に建てて動かすしかない。
AIがどれだけ賢くなっても、物理実験の結果が出るまでは待つしかない。そして、その結果がなければ、次の設計に進めない。
つまり、知能が光速で進化しても、それを現実に反映する速度は、物理世界の速度に縛られる。ここが、電力やチップの「足りない」という量の問題とは、少し違うところだ。
解決策はある。ただし、間に合わない
電力問題に対する切り札として、核融合が期待されている。
実現すれば、確かに解決に近づく。燃料は海水から取れるし、CO2も出ない。
ただ、時期が合わない。
国際熱核融合実験炉ITERは、2035年にフルパワー運転を計画
日本の産学連携プロジェクトも、発電実証が2035年
商用炉の稼働は、2030年代後半から2040年代
一方、AIの電力需要は今すぐ伸びている。2030年には設備容量が倍以上になる見通しだ。
必要な時期と、間に合う時期の間に、十年以上の開きがある。
この十年をどう乗り切るかは、核融合とは別の話になる。
起きるのは、たぶん地味な話
ここまで整理して、最初の直感は、そう外れていなかったと思っている。
ある日突然、AIが人間を超えて世界が変わるという絵は、物理的に無理がある。賢くなるほど電気を食い、電気を増やすには工事が要り、工事には年単位の時間がかかるからだ。
代わりに起きるのは、たぶんこういうことだと思う。
AIが人間の生産性を少しずつ上げる。その分の余力で、発電所やロボットに投資する。それでまた少し余力が増える。
派手ではない。数十年かけて、じわじわ進む産業革命のような形になるはずだ。
そして、その過程では電気を作る人、工場を建てる人、装置を動かす人が必要になる。AIだけでは、どうにもならない領域が、そこにある。
以前、「AIに仕事を奪われる議論が、知的労働に偏っている」という記事を書いた。あのときは、身体労働の側が語られていないことを問題にしただけだった。だが、理由の一端は、たぶんここにある。物理世界に手を出す速度が律速になる以上、そこを担う存在は必要であり続ける。
知能の限界を決めるのは、たぶん
最後に、最初の疑問に戻る。
「AIが自分自身を無限に拡張できるか」という問いへの、今のところの私の答えはこうだ。
できない。少なくとも、今のやり方では。
限界を決めているのは、アルゴリズムの賢さではない。電力、製造能力、そして物理世界の速度だ。
シンギュラリティが来ないと言いたいわけではない。ただ、来るとしても、それはブレーカーと工事日程に律速される。そういう地味な話だと思っている。
本文で触れた数字の出典
電力関連
→ データセンター電力消費の予測(前年比26%増、AIサーバー95TWh→175TWh、電力需要132GW→290GW):Gartner、2026年6月発表
→ 国内データセンターの電力事情、受電容量の確保困難:国内報道および業界資料(2026年5月時点)
半導体関連
→ 3nm以降の需要がTSMCの供給能力を約50%上回る:EE Times Japan、2026年7月
→ TSMCの工場建設状況、増産の前倒し:財経新聞、2026年8月〜9月
→ EUV露光装置におけるASMLのシェア:AI半導体サプライチェーン関連資料、2026年4月
核融合関連
→ ITERのフルパワー運転計画(2035年):ITER国際核融合エネルギー機構の公表計画
→ 国内の発電実証時期(2035年):産学連携プロジェクトFASTの公表計画
いずれも2026年9月時点で確認できたものです。この分野は変化が速いので、最新の数字は各自ご確認ください。
関連記事
→ AIに仕事を奪われる話は、なぜ「知的労働」ばかりなのか:[noteリンク]
この記事で書いた「AIには手足がない」という話は、上の記事で扱った「身体労働はどうなるのか」という問いと、裏表の関係にあります。


