次は、映画館の真ん中の席で|育児とワークライクバランス
久しぶりに1人で映画館に来た。
「十数年ぶりかもしれないな」と少しドキドキしながら、チケット売り場で席を選ぶ。朝一番に来たおかげか、席は選び放題だった。
「この一番端っこの席、お願いします」
気づけば、そう言っていた。
なぜだか私は、いつも端っこの席を選んでしまう。
その理由を巻き戻すように、かつての記憶が蘇ってきた。
当時、私の生活のすべて、つまり「ワーク」のほとんどは育児と言ってもいいくらいだった。
子どもが幼い頃、私は専業主婦で仕事をしていないことに、勝手に罪悪感を持っていた。
だからだろうか、「育児だけは一生懸命しなくては」と自分を追い込んでいた。
「ママ!抱っこ!」と言われれば、たとえスーパーの袋を3つ持っていたとしても抱っこをした。
すぐに抱っこも言わなくなる、そう思っていた私の予想に反して、子どもは小学校に上がる前くらいまで抱っこをせがんだ。
おかげでヘルニアになったのは、今となっては痛い勲章なのかもしれない。
「ママ!見て!」と言われれば、料理の手をとめて子どものちょっと何を描いたかわからない絵を見た。
「かっこいい絵だね!それじゃあ、ママは料理するからね」
そう言った数秒後に「ママ!見て!」と声がする。
私は「見てるよ。ずーっと、見てるよ」と最終的にはホラー映画のようなセリフを言ったこともある。
そんなある日、子どもがその頃ハマっていたアニメが映画化するというので、初めて一緒に映画館に行った。
5歳くらいだったので、もしかしたら途中でトイレに行きたくなるかもしれない。
そう思って私は迷惑にならないよう、端っこの席を選んだ。
案の定、まさに映画のクライマックスというところで「トイレ行く」と小声で伝えてきた。
「今!?」となりながらも大急ぎでトイレに連れて行く。
映画の結末は見られなかったが、ロビーで子どもが「楽しかったねー!」と無邪気に笑った顔を今でも覚えている。
そこから私にとって映画館は、端っこの席に座るのが当たり前になった。
そんな子どももすくすく育ち、今回映画に誘っても「俺はいいかな」とあっさり断られてしまった。だから私は、1人で映画館に来たのだ。
映画好きの私は、子どもを産む前はよく映画館の真ん中の席で、迫力のあるスクリーンを堪能していた。
今回は1人なのだから真ん中の席を選んでも良かったはずだ。
♢
端っこの席に座りながら映画が始まるのを静かに待つ。
暗転し、2時間以上の映画はあっという間に終わった。
長いエンドロールが流れている間、じわじわと感情が溢れてくる。
本当のことをいうと、不安だったのだ。
私はもう、1人でも映画館に来れる。
どこへでも行ける。
でも、私から「育児」というワークをとったら、一体何が残るのだろう、と。
だから今回も無意識に端っこの席を選んだのかもしれない。
でも今思い出すのは、抱っこをしすぎてヘルニアになって泣いた記憶ではなく、子どもとふざけて笑い合っている、苦労と愛情が溶け合った日々だ。
かつて私の「ワーク」は育児だった。けれど、それと同時に私の「ライク」も間違いなく育児だったのだ。
だから、私はきっと大丈夫。
これからは、私のワークもライクも新しく変わっていくだろう。
今の私なら、それを不安に思うのではなく、楽しみだと思えるはずだ。
次は、映画館の真ん中の席を選ぼう。
ポップコーンを独り占めして、声を出して笑いながら映画を観ている。
そんな未来が、今からとても楽しみだ。
