三浦綾子と井上靖、文学が息づく魅力的な街旭川
オホーツク海沿岸の街紋別から高速バスに乗って約3時間。札幌に次ぐ北海道第2の都市旭川はさすがに最果ての、寂寥感漂う紋別とは異なり、大都市の活気に満ちていました。
まず向かったのが三浦綾子記念文学館。旭川駅から徒歩で25分くらいのところにあり、たどり着いたとき閉館時刻である午後5時にはまだ少し余裕がありました。
文学館は自然環境が豊かな外国樹種見本林の入口にあります。外国樹の生長を観察するために植林された国有林。三浦綾子の代表作「氷点」の舞台にもなっていて、森林浴や散策には格好の場所です。

文学館のオープンは平成10(1998)年6月13日ですが、ほかの大多数の文学館と異なるのは民間によって運営されていることです。地域の人々やボランティアの善意、寄付によって成り立っていることに一つの奇跡を見る思いがます。それだけ、三浦綾子の文学が人をひきつけるのでしょう。
三浦綾子は大正11(1922)年旭川に生まれました。小学校教師、13年にわたる闘病生活を経て、昭和39(1964)年「氷点」で作家デビュー。テレビドラマになったことは鮮明に覚えています。「人はどう生きるのか」を真摯に追求した作家であり、クリスチャンであることが作風とリンクしています。

私は「氷点」のほか、「塩刈峠」と「母」くらいしか読んでいず、熱心な読者とは言えません。でも、読み終えた作品はみな、深い印象が残っています。中でも「母」は官憲により虐殺された作家小林多喜二の母を描いていて、二度とそういう暗い時代には戻らせまいという強い正義感を感じ取ることができました。
旭川を代表する作家をもう一人あげるなら、井上靖ということになるでしょう。やはり記念館があります。
井上は明治40(1907)年旭川生まれ。軍医をしていた父の仕事の関係で一家はやがて旭川を離れますが、井上は母が語る旭川のことを聞いて育ったこともあり、旭川を故郷と思う気持ちが強かったそうです。
京都帝国大学文学部を経て大阪毎日新聞社(学芸部)に入社、記者をしながら小説を書きました。昭和25(1950)年「闘牛」によって第22回芥川賞を受賞した後、専業作家に。

「天平の甍」「敦煌」などの歴史小説を得意とし、壮大なスケールの大きい小説を発表し続け、文壇での地位を確立しました。私は「しろばんば」「夏草冬濤」のような自伝的色彩の強い小説が好み。多くの賞を受賞し、日本ペンクラブ会長、日中文化交流協会会長などの要職を歴任しました。
記念館には旭川への思いをつづった自筆ノートや直筆原稿など、井上の生涯を紹介する豊富な資料が展示されているほか、かつて過ごした世田谷の自宅にあった書斎が再現されています。
三浦綾子や井上靖以外にも安部公房、小熊秀雄など旭川ゆかりの文学者は多くいます。そうした文学者を一堂に集めて広大なスペースで展示しているのが、旭川文学資料館。企画展示コーナーのほか読書コーナーが設けられ、ゆったりとした気持ちで文学を味わうことができます。
文学が深く息づいている、旭川はとても魅力的な街。
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