猪居亜美さんの「バーン」間奏のギター練習動画を切っ掛けに、J.S.Bachの生涯と、小フーガト短調に思いを馳せながら、ディープ・パープルのリッチーとジョンが叫んだ「バッハは偉大なり!!」
猪居亜美さんが、ディープ・パープルの「バーン〜BURN」の間奏部分をもとに、ギター練習風景をFacebookにアップされたのを発見しました。
リッチー・ブラックモアとジョン・ロードのソロパートは、
まさに、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ〜Johann Sebastian Bachにインスパイアされたフレーズを用いているので、
まさに、ナイスなアルペジオ奏法といえますね♥😘🫶♫
これを機会に、大バッハ、ダイバダッタ(レインボーマンのインド修行時代の師匠)じゃないよ。
の生涯を、Wikipediaで初めてチェックしてみました。
彼は、ものスゴくたくさん居たバッハ一族の一員(ヨハン・セバスチャン本人もわからなくなってしまうので、その後、一族に番号を振って記録したそうですが)であり、
当時は、息子たちの方が有名人だったので、その父親だけとしてしか記憶されていなかったり、
一時期は忘れ去られたりと、
いろいろと艱難辛苦の生涯を送ったようですが、
後年、メンデルスゾーンを中心としたフォロワーたちのお陰で再評価が進んで、
遂に「音楽の父」という称号を得て、「大バッハ」と呼ばれるようになったのですね。
したがって、バッハ一族としては、
大バッハ、小バッハ、中バッハが居たようで、
サイズによる知名度と人間性を表現する替わりに、主に地名で区分していたようですね^^;(笑)
私は、昔、NHKの音楽紀行番組で、J.S.Bachが、かつては即興オルガンバトルの名手として知られていたという話を聴いていたくらいでしたが、
Wikipediaでも、対戦相手が、事前にバッハの演奏を聴いて、その超絶技巧に恐れをなして棄権して不戦勝となった話が紹介されていて、
厳しい音楽業界の一端(負けた相手のマルシャンは多くを語らなかったので、バッハの息子たちが父親の偉大さを喧伝する話に仕立てたのかも^^;)を垣間見た思いがしました。
バッハの楽曲を演奏した記憶は、中学校の吹奏楽部で、「小フーガト短調」を演奏したのを一番覚えていますが、
それを想い起こすと、リッチー・ブラックモアとジョン・ロードの曲想に、大バッハの影響が随所に見られるのがよくわかりますね♫
特に、「バーン〜BURN」は、
「バッハは偉大なり!!」と、リッチーとジョンが間奏しながら叫んでいるような気がしますね。

これを機会に、まずは、リッチー・ブラックモアについて、日本版と英語版のWikipediaで調べてみました。
元々、ディープ・パープルについては、シンコー・ミュージック出版社の『ディープ・パープル物語』みたいなタイトルの文庫版を1990年代に読んだ切りで、リッチー・ブラックモアについても、それで良しとしていましたが、なるほど、いろいろと、新たなことを知ることができて有意義でした。
【古典の影響】
ブラックモアは、クラシック音楽の影響をロックンロールに取り入れる先駆者として知られている。
【彼は特にバロック作曲家のヨハン・セバスチャン・バッハを好んでいる。】
例えば、彼はギター・ワールド誌に、 「ハイウェイ・スター」のギターソロのバックにバッハ風のコード進行(Dm、Gm、C、A7 )を使用したことを明かしている。
リッチー・ブラックモアは、三和音のアルペジオを通して、4度コード進行のサイクルを使うことにも熱心だった。
これはバロック音楽、特にバッハの作品では標準的な手法だった。
【注目すべき例としては、「バーン」ソロの後半が挙げられる。】
(後略)
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