儲けたいわけじゃない。でも、香りを明日も届けるなら「売上」の話は外せない
今回もまた平日に、こんばんわ。
いつも週末2日間で新しい記事をUPしていますが、
今週末はイベント出店の為、更新が厳しいと感じまして。
楽しみにしていますと言ってくれている方のために、
ちょっと早めの投稿です。
さて、
香りの世界で活動している中で、
価格や収益の話をすると、
時折こんな空気に触れることがあります。
「香りの世界なのに、お金の話をするなんてがっかり」
「売上ばかり気にして、結局は儲け主義なんですね」
数字を口にした瞬間、まるで自然への愛や純粋な情熱を捨ててしまったかのように受け取られてしまう。
そのたびに、胸の中に言葉にしづらい違和感が残ります。
もちろん、利益を出すことは商売として当たり前に大切です。
けれど、「儲けたいから」が一番の理由ではないことくらい、ものづくりや誰かに何かを届けている人なら、きっと分かってもらえるのではないでしょうか。
私にとって売上は、私利私欲を満たすためのゴールではなく、この香りを明日も、1年後も、10年後も誰かの元へ届け続けるために欠かせない「酸素」のようなものです。
活動を続けていくには、精油を仕入れ、遮光瓶や備品を揃え、調香台を整えるための資金がどうしても必要になります。
スタートラインに立つときは、別の稼ぎや貯金から持ち出す時期があってもいい。
けれど、いつまでも外からのお金を補填し続け、赤字のまま回している状態なら、それは厳しい言い方をすれば商売ではなく、ただの「お金のかかる趣味」になってしまいます。
調香台に並ぶ次の精油も、手渡す小瓶ひとつも、すべて「自分が届けた香りが生み出してくれた対価」で買い直す。
そうやって活動の中でちゃんと循環を作れて初めて、人は自分の足で立ち、生業として息をし始めるのだと思います。
私が適正な対価にこだわる理由は、大きくふたつあります。
ひとつは、原料の命と、現場への敬意を守るため。
私は日頃、植物を育て、蒸留釜に向き合う現場のすぐそばに身を置いています。
土を耕し、天候に気をもみ、汗を流して一滴のオイルを待つ人たちの姿を間近で見ているからこそ、その原料を預かる調香師として、安易な値下げや叩き売りは絶対にできません。
現場の流した汗を、「私の気まぐれな安売り」ですり減らすわけにはいかないのです。
そしてもうひとつは、手渡す相手に対して、調香師としての逃げ道を作りたくないからです。
安売りをすることは、一見やさしそうに見えて、どこかで作り手が「この価格なんだから、これくらいで十分でしょう」と言い訳できる余白を残すことでもあります。
でも、私は自分の調香台から送り出すものに、そんな甘えを持ち込みたくありません。
この香りが、あなたの部屋に置かれ、深く沈んだ夜や立ち止まりそうな朝に寄り添うものであるなら。
処方にも、選び抜く素材にも、調香台で息を詰めて向き合う時間にも、
私は一切の嘘をつきたくない。
その責任を真っ向から引き受けるからこそ、価格を曖昧にして自分を甘やかすような真似はしないと決めています。
趣味として楽しむのなら、赤字でも「楽しかった」で終われるかもしれません。
生活の基盤が他にあって、持ち出しを気にせず楽しむ世界があることも分かります。
でも、もしあなたが「自分の足で立ち、何かを長く届け続けたい」と願うなら。
私たちはどこかで、「お金を受け取る罪悪感」や「安売りという名の逃げ」と向き合わなければいけないのではないでしょうか。
安売りをしてその場の誰かにいい顔をすることは、本当にその人のためになっているでしょうか。
自分がすり減り、いつか息切れして活動をやめてしまうことこそが、
待ってくれている人への一番の不誠実ではないでしょうか。
本気で届けると決めた人ほど、お金のこと、対価の責任から逃げないのだと思います。
儲けたいわけじゃない。 けれど、大切な場所を守り、明日も胸を張って誰かに香りを手渡すために。
あなたにとって、自分の歩みを明日へつなぐための「適正な対価」とは、どんなものでしょうか。
今日、調香台の前に立ちながら、そんなことを静かに考えています。
