<雑談>小説を書くという狂気
私は趣味で小説を書いている。
断片を書き、プロットを組んで、本文を書いて推敲して、ネットに掲載したり、印刷して本にしたりしている。
高校のときに文芸部、大学は文芸専攻と、割と小説を書くことが珍しくない環境にいたので忘れがちだが、たまに親なんかに「どうやって小説書いとるとね」と言われると、急に呼吸の仕方について聞かれたように、分からなくなる。
創作しない人から見ると、"存在しない人間関係や情景を何年も考えて、文章として出力する"という行為は割と変な趣味なのかもしれない。
どうやって小説を書くとね?
「どうやって小説を書くか」という問いに対しての回答はそれぞれあると思うが、私は「書きたい関係や場面があって、それを書くためのプロットを考えて、本文書く感じ…?」という答えになる。
(個人的には、関係や場面先行で書くことが多い。なのでいろんな場面の断片がたくさんある)
そう返したところ、「書きたい関係」や「場面」が理解されなかった。
プロセスは理解されたが、きっかけは理解されなかった。
確かに架空の人物の関係や世界を書きたいという欲望は狂気だと思う。
例えば、
・幼馴染だけど、完全には理解しあえない二人
・年下の明るい男と、他者との距離を取るインテリ
・世界を認識だと思ってる人と、身体で存在を押してくる人
そういう、具体的な物語になる前の関係の形があるじゃん。
親は「????」となる。
創作をしない人にとって、
・人物が先にいる
・関係が先にある
・場面が先に浮かぶ
という発想自体、馴染まないのかもしれない。だって存在しないんだから。
わざわざ苦労して存在しないものを書くという謎
実在したことなら、日記や、記録、ルポルタージュなど分かる。
しかし、フィクションというのは、
・起きていない事件
・いない人
・存在しない会話
を何時間もかけて文章にする。
狂ってる
しかも推敲するし、PDFにしてお金払って冊子にしたりする。
そして金にならない。いや、金にならないのはいい。
趣味なんだから食べ歩きと一緒だ。お金を払って冊子を受け取る。
ここで経済は完結している。
人類で見ると、昔からやっている。
神話とか、物語、演劇、歌。珍しい行為ではない。
しかし、個人単位で見ると
存在しないものに、現実の時間を大量投入していることになる。
しかも身体をつかう。
この人はどう座る。この言葉を言うとき、どう息を吸う。
たばこはどう吸う。この手はここまで伸びるだろうか、とか。
存在しない人間の身体を、自分の身体で一時的に確認したりする。なぜ…
そこまでして何がしたいのか
まぁ、読みたいのだと思う。
この二人が
どう会って
何を選んで
どこで失敗して
何を言わなくて
最後どういう関係になるか
自分で書くからそのキャラクターも関係も知っている。
結末も自分が書くから大体知っている。
しかし、作者はすべてを既知としてテクストに転記しているのではない。
書いてみることで、
・思っていなかった台詞
・想定していなかった反応
・別の関係性
・予期せぬ意味
が発生する。それを、一番に読みたいのかもしれない。
作者は製作者であると同時に、一番最初の読者になりたいのだ。
あとは、自分で書かないと読めないものがある
まぁ、既存の作品で読みたいものを摂取できたらそれでいいのよ。
でも、ない。いや読んで面白いものはたくさんある。
でも、読みたいものが探してもないことがある。
年下の明るい男と、他者との距離を取るインテリが古書店で働く話とか。
なので、自分で書くしかない。
書いた。高校一年のときに。今も書いてる。狂気だ。
「存在しないものを書く」より「存在しないから書く」
先ほど、
存在しないものを、なぜ書くのか
と言ったが、逆なのかもしれない。
創作者にとっては、
存在しないから書く必要がある。
そして、書かれた瞬間、それは少なくとも
テクストとして、
読者体験のフックとして、
文化主体として、
存在が立ち上がる。
(では、書かれる前は"無い"のか?)
(おいやめろ。Ontologyに踏み込むな)
どうやって書くの?
「どうやって小説を書くのか」という質問は、考えてみるとすごい。
だって、創作者からすると、
・関係
・場面
・反復するモチーフ
・登場するキャラクター
・プロット
・本文
は繋がっている。
しかし、創作しない人からすると
白紙
↓
????↓
小説
になるわけで、マジで謎の処理なんだと思う。
なので、なぜ小説を書くか、という問いに対しての答えは
「存在しない人間関係が見たくなります。」
という、まぁまぁ狂気じみた回答になる。
そして、どのように小説を書くのか、という問いに対しては
「存在しない人間関係が見たくなります。」
「その人たちに何が起きるか考えます」
「その出来事が人物をどう変えるか考えます」
「文章にします」
という答えになる。
そして、作者が書いた小説を他の人が読んで
存在しない人物に対して、
何が好きで、誰を好きになって、どういう時に泣いて、
その人が絶対にやらないことまで分かるようになる。
存在しないものを、他人と共有できる形にすることが
小説を書くことなのかもしれない。
