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〔ショートストーリー〕落としもの

落とし物を拾った。いや、正確には忘れ物と言うべきか。荷物をまとめて出ていった直樹が、玄関に落として行った古いキーホルダー。初恋の彼女にお土産でもらったって、悪びれもせず言っていたっけ。


直樹は何も隠さなかった。初恋の話も、これまでに付き合ってきた歴代の彼女の話も、彼女たちと別れた原因も。きっと今ごろ、私と別れた理由も、新しい彼女に話しているんだろう。自分に都合が良いように、適当に省いたり盛ったり、脚色したりしながら。その話の中の私は、私に似ているけれど私ではない。これまで私が聞いてきた彼女たちと同じく、直樹に都合がよいように歪められているから。


可愛い男の子が付いた、だいぶくたびれたキーホルダーをつまみ上げてじっと眺めてみる。直樹によると、これは海外の物らしい。
初恋の彼女の家は裕福で、あちこちに旅行に行っていたそうだ。でも、お土産をもらったのはこの一度だけだという。彼女いわく、
「何だかこの人形の顔、直樹くんに似ていたから。」
と。優しげな人形の顔は、確かに眉の辺りが似ていなくもない。が、直樹はこんなに優しい目をしていない。私を見る目はもっと冷たく、値踏みをするようだったから。初恋の彼女へは、こんな優しい眼差しを向けていたのだろうか。だとしたら……いや、だとしても、もう私には関係の無いことだ。


直樹と暮らした1年は、時には夢のようで、時には悪夢のようだった。こうして一人に戻ってみると、今の方が普通なのだと気が付く。
直樹は麻薬のような男だった。安物の指輪で私を喜ばせて天国に連れて行ったり、浮気を重ねて地獄に連れて行ったりしながら、私のその時の反応を楽しむような。もう絶対に、あんな日々には戻りたくない。
実際、彼が出ていくと言ったとき、私は心のどこかでホッとしたのだ。もうこれで、嫉妬でおかしくなったり、それを必要以上になじられたりすることはない、と。これで私は、私のままでいられる。


その時、ピコン、とスマホが鳴った。直樹からのラインだ。
「あのキーホルダー、部屋に忘れてないか」
何の遠慮も躊躇いもない、用件だけのライン。私は、直樹が嫌いだったタバコに火をつけると、ゆっくりと煙を吐き出す。久しぶりに味わうメンソールに、思わず口の端が上がった。しまい込んでいた小さな灰皿を棚から出して、じっくり味わいながら1本吸い終わると、スマホを手に取る。
「探してみたけど、どこにも無いよ」
それだけ送ると、少し間が開いて返信が届いた。
「了解」
私はテーブルにスマホを放り出した。本当に失礼な男。いつまでも私が従順なおもちゃだとでも、思っているのだろうか。1年も暮らしたのに、直樹は私のことを何も分かっていない。そりゃそうだろう、分かろうともしていなかったから。
私は2本目のタバコに火をつけると、キーホルダーに向かって思い切り煙を吐き出した。薄汚れたキーホルダーの顔が、気のせいか歪んで見える。
この落とし物はささやかな人質みたいなもの。きっと直樹は探し回って、その度に実らなかった初恋の想い出が甦り、少しだけ胸を痛めるだろう。そう、少しぐらい無くしたものを悔やめばいいのだ。たとえそれが、私のことでなくても。


私はスマホを持つと、ようやく直樹をブロックする。さっき一瞬でもときめいた自分への、戒めのように。つけっぱなしのテレビでは、軽薄そうなタレントが恥ずかしげもなく嘆いていた。
「別れたあとって、女の人はみんな、切り替えが早いよな。俺ら男は、結構いつまでも引きずるのになあ!」
バカバカしい。あんたがそんな女としか付き合ってこなかっただけだろう、と呟いてみる。私は、あんたなんかと付き合う女とは違う。偉そうに言うけど、女のことなんて何も分かっていないよね。
2本目のタバコを吸い終わって、もう一度キーホルダーを眺める。確かに、眉の辺り以外も、少しは彼に似ているかも知れない。そう、ほんの少しだけれど。ぼんやりとそんなことを考えながら、そっと人形の頬を薬指で撫でる。指輪の跡がやけに白く見えた。
(完)


こんばんは。こちらに参加させていただきます。

ナルさん、お手数かけますがよろしくお願いします。
読んでくださった方、ありがとうございました。あと、もしどこかに「キュン」が落ちていたら、どうか私に教えてください。全力で拾いに行きたいと思います!

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