【実話怪談】電卓が飛んで、人が消えた話
この物語は今から20年以上前、若き日の猫めがねが、
東京・池袋の某商業施設で働いていた頃に体験した、
世にも不思議な出来事である……。

平日のある日。お客様のいない店内で、
新人のRちゃんと私は届いたばかりの商品を検品していた。
カウンターに、計算用の電卓を一台置いた。
伝票が風で飛ばないように、入り口のドアは閉めてあった。
店内は無風である。すきま風も吹き込んでいなかった。
Rちゃんも私も、その時はカウンターから離れて作業していた。
バタン!
何かが床に落ちるような音がして、二人は顔を上げた。
カウンターにあったはずの電卓が床に落ちている。
ん?!
電卓の落ちている場所がおかしい。
ただ落ちただけなら、カウンターの下にあるはずだ。
なのに、ずいぶん離れたところに落ちている。
これ、飛んだ?!
「Rちゃん、いま電卓投げた?」
「投げるわけないじゃないですか!」
「この電卓さ、カウンターに置いたやつだよね」
「……床に最初から落ちてたとか?」
「いやいや、だってさっきそこに置いたんだよ?」
私たちは店内を見回した。
店内には私たち以外誰もいない。ドアも開いていない。
私は電卓を拾って元の場所に置いた。
そして、不思議そうに首を傾げるRちゃんに、
「とりあえず、検品終わらせちゃおうか」
と言い、それ以上考えるのをやめた。
電卓は、それきり動くことも落ちることもなかった。
それから数日後──
Rちゃんと私は昼休憩のタイミングが同じになり、
商業施設のレストラン街で一緒に食事をした。
電卓が飛んだことについては、あれから忙しくて気にしていなかった。
食後、私たちはトイレに並んだ。
私が先に並び、後ろにいるRちゃんの方を向いて話していた。
列が進み、私が先頭になったところで、
私たちの横を女性が一人、通り過ぎた。
ん?と思って、女性の姿を目で追った。
長い黒髪。
白っぽいワンピースを着て、手提げの紙袋を持っている。
女性はまっすぐ一番奥の個室に進み、すっと中へ入っていった。

「あ、奥が空いてたんだね」
私はRちゃんの方を向いて言った。
「先に入られちゃいましたね……」
Rちゃんも気まずそうにしている。
しかし私は、ここで気づいた。
私たちの後ろに並んでいる女性たちが、
誰一人として、今個室に入った女性のことを気にしていないのだ。
「順番抜かされた」「ずる~い」ぐらいの声があってもよさそうなのに。
それどころか、「入らないの?」とでも言いたげに、私の方を見ている。
そんな目で見られても、たった今、黒髪の女性に横入りされたばかりだ。
そう思って再び前を向くと、奥の個室の扉が少し開いている。
(あれ?!誰もいな……)
「Rちゃん、今あそこに女の人、入ったよね?」
念のため、私は小声でRちゃんに確認した。
「入りましたよ。見ましたもん」Rちゃんも小声で答える。
なのに、扉は開いている。手を洗いに戻ってきた様子もない。
「Rちゃん、先入って」
私はダチョウ倶楽部ばりに「どうぞどうぞ」をした。
「いやいやいや、めがねさんが先にどうぞ!」
Rちゃんも頑として動かない。
後ろに並ぶ女性たちの視線が鋭くなってきたので、
私は意を決して奥の個室に進んだ。
半開きになった扉の陰から、そっと中を覗く。
誰もいない。
手も洗わずに、さっさと出て行ったのだろうか。
でも、こちらに戻って来る姿は見ていない。
背筋がすーーっと冷えるのを感じて、私はそのまま回れ右をした。
「ほかのフロアのトイレに行くね」
Rちゃんに小声で伝えて、私は足早にその場を出て行った。
Rちゃんが慌てて追いかけてきた。
後ろの女性に順番を譲ったようだ。
私は立ち止まって、Rちゃんに聞いた。
「髪の長い女の人だったよね?」
「はい。このぐらいの長い髪で……白い服着てましたよね」
Rちゃんは答えた。
「……なんで、いなくなったんだろうね??」
「そもそも、最初からいたんですかね??」
「……やばっ!! 逃げよう!」
私たちはエスカレーターを駆け下りた。(良い子は真似しないでください)
ひとつ下のフロアまで降りると、私とRちゃんはほぼ同時に口を開いた。
「Rちゃんと一緒だとさぁ……」
「めがねさんと一緒にいると……」
怪奇現象をお互いのせいにしながら、別のトイレで用を済ませた。
店に戻ってから、同僚や先輩に「飛んだ電卓」の件も含めて話した。
「気のせいだよ〜」「見間違いだよ」と、誰にも信じてもらえなかった。
だが、私とRちゃんは、ほぼ同時に同じものを見ているのだ。間違いなく。
その後は、不思議な現象は起こらなかった。
Rちゃんも私も、結婚を機に退職した。
そして、その商業施設も今はなくなっている。
最後までお読みいただき、ありがとうございm
あっ!!
今、あなたの後ろで何か物音がしませんでした?!!
