玄関ドアvsムラタ
春先から玄関ドアが鳴き始めた。
最初の頃は「みぃ〜〜〜」くらいだったのが、8月に入ってからは「ぎゅちぎゅちぎゅち〜〜〜」と鳴くようになった。それはまるで、梅雨明けと夏の訪れを大きな声で喜んでいるかのようである。
北東北の冬は当然の如く寒い。11月頃から徐々に気温が下がり始め、12月にもなれば本格的に寒くなる。年明け前にどかっと雪が降り積もる頃には、気温が一桁あれば小躍りするくらいには嬉しい。
これは全国共通なのか是非知りたいのだけど、私が住んでいる地域はお盆が終わるとスタッドレスタイヤや暖房機器なんかのCMが放送されるようになる。昔はテレビCMだけだったのに、最近はYouTubeなんかの動画配信サービスのCMまで冬支度を促してくるようになった。
まだ全然クソ暑くて、絶賛森羅万象にキレ散らかしている最中だというのに、「もう冬支度ですか」と毎年律儀にげんなりしてしまう。テレビはCMの無いNHKか、Netflixを見るに限る。
氷点下だった最低気温がプラス域に安定して戻り始めるのは3月中旬で、その頃から玄関ドアが鳴き始めたように思う。雪が残る頃は静かだったので、その辺をほっつき歩いている熊と一緒に冬眠から目覚めたのかもしれない。
私の家の玄関は真東にある。そのせいか、日差しがたっぷり当たる午前中の時間帯に特に大きな声で鳴いている。太陽が玄関前を通り過ぎると鳴き声が落ち着くので、家を構成する木材の膨張のせいで鳴き声が響いているのかもしれない。「みぃ〜〜〜」だった頃はそのせいだと思い込んでいた。
「ぎゅちぎゅちぎゅち〜〜〜」になってから話が変わった。ゴムパッキンが日光の影響で劣化した可能性が出てきたのだ。「日中の玄関は明るい方が良い」という誰のことも傷付けないはずの私の偏見が、実は玄関ドアを傷付けていたのかもしれない。
あれ?鳴き声というかこれってもしかしてドアの悲鳴なのか?
だとしたら早急に修繕してやりたいが、ドアとしての機能が失われない限り、多分私はそのままにしてしまうと思う。それで後でしっかり後悔すると思う。珍しく後悔が先に立っていて、「なんとかしておいた方がよろしくってよ」と忠告してくれている。でも今はちょっと忙しい。本を読んだりドラマを見たり映画を見たりと、自分を甘やかすのにとても忙しくしている。
家を建てたのは世の中が平成から令和に変わる直前だった。「新しい元号は令和です」と発表する菅官房長官が、たくさんのカメラのフラッシュでやたらとキラキラしていたのを、新居特有の匂いに包まれながら見た記憶がある。
田舎というのは実に娯楽に乏しく、私の住む町では恋愛をして結婚をして家を建てることこそが「一人前の大人になるための通過儀礼」みたいになっている。詰まるところ、それ以外にすることがほとんど無いのだ。
恋愛をする際の定番デートスポットはやはりイオンモールで、休日にあそこに行けば、会社の同僚が恋人といちゃついているところに遭遇することもしばしば。見つけ次第「うひょ〜」と思いながら、会社では絶対に見られない同僚の顔をチラチラと観察していた。それで週明けに得意な顔で「デートしてたでしょ」と話し掛けて、「え〜見てたの〜恥ずかしい〜」の会話をするところまでがワンセットである。何度やっても楽しくて悪趣味な茶番。
でもそういう時って大抵私も彼氏と一緒にいたと思うので、「うひょ〜」の顔を知り合いに見られていたと思う。本当にイオンモールしか楽しいところが無いのだ。
私もご縁があって、なんとかこのクソ田舎における「一人前」になれたのだが、その通過儀礼の最中に出会った住宅営業のムラタとはかなり折り合いが悪かった。
ムラタは所謂団塊の世代で、昭和の男感溢れるザ・おじさんだった。トミーズ雅をとろ火で8時間煮込んだようなギリギリまろやかな面構えで、物腰も柔らかく、途中まではかなりうまくやっていた。連絡は「良い彼氏のお手本」のようにマメだったし、良い土地が見つかれば何世代前か分からないVOXYを飛ばして都度会いに来てくれた。
そんなムラタと私がギスギスし始めたのは、土地が決まり、いよいよ間取りや内装なんかを相談する段階になった時だ。
私はこだわりが強い。土地が決まった直後からどんな家を建てるか想像してはチラシの裏にメモをしたり、実際に自分で間取りを書くことに専念していた。素人なので縮尺はバカになっているが、「伝われば良いだろ」の精神で、建築士のハセガワさんに恥ずかしげも無く見せびらかしていた。恥ずかしいどころか、むしろ「この間取り、良いだろう〜」くらいの堂々とした気持ちである。
ハセガワさんはとても良い人で、「わ!その間取りすごく良いですね!」と、早速縮尺がきちんとしている図面に私の希望を落とし込んでくれた。私とハセガワさんは二人の世界に入り込み、夫とムラタそっちのけでキャッキャしながら間取りを考えていた。夫はこだわりが全く無かったので、その様子を「微笑ましい」といった面持ちで見守ってくれていたが、ムラタは違った。なんかちょいちょい口出ししてくるのである。
むかつくのが、「私が奥さんだったら」と、まさしく奥さんである私の前で口出ししてくるところだ。「いやだからその奥さんが『こうしたい』って言ってるじゃないか」という気持ちであるが、和やかな雰囲気をブチ壊すのも耐え難いので、「わ〜それも素敵ですね〜」なんて物分かりの良い仮面を被って同調していた。内心「うるせぇ黙ってろ」である。
ムラタが言いたいことも分かる。「住宅営業一筋何十年」とかのやり手なので、多分後悔ポイントなんかも多く知っているのだと思う。とは言えこちらは最初で最後の家づくりで、「後悔もまたスパイス」くらいの心意気であれこれ考えているのだ。私はこういう時、結構潔いのである。
「ムラタNG」になったきっかけがある。相変わらずネチネチと口出しされていたが、ヘラヘラすることでなんとか回避していた。本当の後悔ポイントになり得る事柄は、やはり建築士のハセガワさんの方が明確な根拠を持って説明してくれるので納得ができる。住宅営業と建築士は同じ畑のようで全く違う畑なのだろう。
ある日、ムラタの主語が変わった。「私が奥さんだったら」だったのが、「私が家を建てるなら」になった。
めっちゃ冷めた。あの瞬間から、愛想笑いをしていた私の面はチベットスナギツネになって戻らなくなった。「こいつ、私たちの金で自分の理想の家を建てようとしてないか?」と思ってしまったのだ。そう言えば「自分の家は中古住宅だ」と言っていた。口出ししてくる理由に私情が介入していたのかと一度思ってしまうと、たとえそうでなかったとしても嫌悪感は消えない。
私は頑固者だ。とは言え感情論を好き勝手にぶつけるような子供でも無い。「はぁ、そうですか」とチベットスナギツネの顔で流すことでなんとか自我を保っていたが、この一言でムラタのことが嫌いになってしまった。ちなみに多分ムラタも私のことが嫌いである。「話の通じない頑固ババア」とでも思われていただろう。きっと私とムラタはどこまでも相容れない人種なのだと思う。
そんなこんなで頑固ババアの家が建った。ウォークインクローゼットの壁紙を北欧風の花柄デザインのものにしたいと言ったら、サンプルを見た夫から「しいたけの裏側みたい」と言われた時もチベットスナギツネになってしまった。そうやって言われると、途端にしいたけの裏側にしか見えなくなってしまったので断念したが、今のところ、「たとえしいたけの裏側だったとしても取り入れるべきだった」くらいしか後悔ポイントが見当たらないので、十分満足な仕上がりになったと言っても過言ではないだろう。
新築住宅が完成すると、住宅会社の計らいで、テープカットとか、デカい鍵の形をした保管に困りそうな物体をもらえる仰々しいイベントが発生することがある。私たちが契約した住宅会社もテープカットを実施していた。でも私たちはテープカットをしなかった。というか準備されていなかった。多分ムラタの小さな意地悪だと思う。
そう言えば地鎮祭の日、直前まで晴天だったのに、地鎮祭開始と同時に雷を伴うゲリラ豪雨に見舞われた。全員びっしょびしょになりながら「えい、えい、えい〜〜〜」と鍬入れの儀が執り行われた。もしかしたらあれは「前途多難になりますよ」という、神様からのお告げだったのかもしれない。
ドアが鳴く度にムラタの顔を思い出す。あんなに良くしてくれたハセガワさんの顔は、「黒縁メガネをかけていた」以外全然思い出せない。「何か不具合があれば私に連絡してください」とムラタが言っていたが、私が鳴き止まないドアを放置している理由の一つがそれである。
とは言えいよいよドアの悲鳴が酷くなってきて、視界の隅でチラつくムラタの顔も濃くなってきた。このまま放置してしまうと、いつかドリフで見た家みたいに、バタンバタンと外壁が一枚ずつ倒れていってしまうかもしれない。それは避けたいので、まずは玄関ドアからなんとかしなければ。
私とムラタの相性も、立て付けの悪くなった玄関ドアみたいに「ぎゅちぎゅち」しっぱなしだ。人間関係は修繕するタイミングを失ってしまうとずっと立て付けの悪いままである。だから私とムラタの「ぎゅちぎゅち」した関係はきっとこの先もどうにもならない。ドアが悲鳴をあげる度にそんな気持ちを思い出すので、玄関を真東にしたことも後悔ポイントの一つになってしまった今日このごろである。
おわり
