素敵な呪いをかけましょう
昨日の夕方、カレーを作った。夏のカレーは衛生面を考えると少しばかり緊張感が走るが、いかなる季節も大きな鍋いっぱいにこしらえるのが私の流儀である。
じゃがいもは拳くらいのサイズのものを4〜5個、にんじんは一本、玉ねぎは半玉用意する。肉は絶対に豚肉で、「カレー用」と明記されたものを気持ち多めに使用する。部位は知らん。カレー用と謳っているのだから間違いない。
我が家のカレーは具材を大きめに切った食べ応え抜群のゴロゴロカレーである。ルウは絶対に『バーモントカレー甘口』だ。舌が小学生の時から成長していない私にとって、これが一番美味いのである。
具材はマヨネーズで炒める。料理の専門家でも食通でもなんでもないが、肉が硬くなりにくいうえに、全体的にまろやかな雰囲気になる気がする。肉、玉ねぎ、じゃがいもとにんじんの順番に炒め、じゃがいもの外側がほんのり透けてきたら炒める作業を終える。
具材がひたひたになる程度の水を入れ、コンソメを「えいやっ」とブチ込む。夫が「自分で作ると一味足りない」と言っており、その理由について思案していたが、多分コンソメだと思う。親切にそのことについて教え、「コンソメかぁ〜!」と唸りつつも、次回作る時にはすっかり忘れてしまうのが夫である。
今回も「隠し味なんだっけ?」と聞かれた。懲りずにコンソメの存在を毎度のごとく仄めかしたが、「コンソメかぁ〜!」と初耳のようなリアクションをしていた。彼が作るカレーの「一味足りない」は、どうも一生解決しなさそうである。
カレーには約束された未来が存在している。「明日の夜までカレーが食べられる」という素晴らしい未来だ。一回作ってきちんと保存すれば、なんと次の日は何もしなくて良くなる。なんて素晴らしい食べ物なんだ、カレー。
一食目は無難にカレーライス。やはり炊きたてアツアツごはんとカレーの相性は、辻希美と杉浦太陽くらい相性が良い。ハフハフしながらゴロゴロカレーを食べるのは、折り紙付きの幸せである。
二食目は朝カレー。カレーの相棒はトーストになったり、相変わらずごはんのままだったりする。超新塾くらい相方が多くても臨機応変に対応出来るのが、カレーの素晴らしいところの一つである。
朝カレーは美味いが、やはりズッシリと腹に溜まる。それゆえに昼食は不要になることも多い。腹持ちの良さまで兼ね備えているなんて全くシゴデキな食べ物である。
三食目、或いは四食目は、大体最後のカレーになることが多い。切なさを胸に潜ませながら、私は鍋に残ったカレーをカレーうどんへと変身させる。カレーうどん。なんとも耽美な響きである。美味しいうえに、鍋の側面にこびりついたカレーまで綺麗になるので一石二鳥である。世の中に数多存在する一石二鳥案件の中でも、結構上位に君臨している一石二鳥だと思う。
この様に、カレーには約束された確かな未来がある。
「大人になってもお互いに恋人がいなかったら結婚しよう」とか、「note収益化で豊かな生活」とか、そういうのより確実で、美味しく平和な未来である。
今朝ももちろんカレーを食べた。夕飯同様に、朝から大盛りカレーライスにしてしまったもんだから、私の胃袋が「お昼は結構です」と遠慮していた。
思ったよりもカレーが沢山残っている。これはもしかして、もう一度カレーをライスで食えるかもしれない。いや、カレーの比重が多めのカレーうどんもまた良い。非常にむずかしく、しかし素敵な問答である。
あ、そうそう。
忘れていたが、「カレー」という言葉にはある種の呪い的な要素が含まれている。嘘ではない。あなたの脳内はきっと今、カレーを食べることでいっぱいになっているだろう。
ここ三日以内にカレーを食べるご家庭が増えるだろうということを、ここに予言しておくとしよう。
あなたもカレーを召し上がれ。


おわり
